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31話 一番大切な別れと出会い

この話から航一視点になります(´・ω・`)



      ■



 死に瀕しているせいか、過去の記憶が次々あふれ出す。

 ああ、コレが走馬燈か…………。

 ヤバいなとは思うんだが、どうにも感情が付いてこない。

 疲れ切って何もかも後回しにしたい。

 そんな疲労感にすべてを委ね、俺は眼の前に浮かび上がる光景をただ眺めていた。

 佳奈との思い出、子供の頃の記憶。

 ああ、こんなことがあったなぁ……と浸ってる場合じゃないのは分かるんだけど……。

 中学校の頃の記憶、小学校の頃の記憶。

 その記憶のすべてに佳奈がいる。

 そうだよ。これが俺の記憶だよ。

 いつの間にか俺は自分の記憶にも自信がなくなっていた。

 だが、今なら確信する。

 これが俺の記憶なのだ。

 周囲の誰もが忘れたとしても、全世界の人間に否定されたとしても、これが俺の記憶であり、佳奈がいたことが俺にとって大切な事実なのだ。


 やがて佳奈と出会った頃の記憶が浮かぶ。

 うーん、前から思ってたけど、この頃の記憶が曖昧なんだよなぁ? なんでだ?

 まあ、ちょっと思い出したくない記憶なのは確かなんだが。

 そう思った俺の前に、ガキの頃の俺が泣いている絵が映し出された。

 うわ。ちょっと見たくない。つか恥ずかしい。

 何故なら、その餓鬼の俺は泣いていたのだ。

 しかも、女々しい理由で。

 つまり、別れが辛いと泣いていたのだ。

 ただ、そこで泣いているのは俺だけじゃ無かった。

 もう一人、同い年くらいの女の子が泣いていた。

 その少女は……市ヶ谷一花――いや、『チカちゃん』だった。

 アルバムに残っていた十年前の写真の女の子。その子も俺を前にして、別れたくないと泣いていた。

 それを見て、当時の感情が少しだけ甦る。

 そうだった。俺は当時、『チカちゃん』のことが好きだったんだ。多分、これが俺の初恋。そうとは自覚していなかった俺の、最初の恋。

 引っ越しの為、『チカちゃん』と別れる前日の記憶。


 結局、子供の力じゃ何もできず、別れの日を迎えるしかできなかった頃の思い出。

 そうだ、思い出した。

 翌日、俺は『チカちゃん』と最後の別れをした。

 そのとき、『チカちゃん』から貰ったんだ。

 太陽の光を虹色に反射する、表面に細かい模様が刻まれた小さな指輪を。


『これね。わたしがむかしからもってるゆびわなの』


 僅かに声を震わせて、『チカちゃん』が手に持った指輪を俺に差し出す。


『ねがいがかなうゆびわなんだって』


 当時の『チカちゃん』が眼に涙を溜めながら、必死に笑顔を作って俺に言う。


 ――ねがい?


 曖昧になった過去の記憶が断片的に鮮明になる。

 そうだ、この時『だったらお別れしたくない』って言おうとしたんだっけ。

 でも先に『チカちゃん』に言われた言葉があったんだ。


『コレがあれば、きっとまた、あえるよ』


 きっとこの時の『チカちゃん』の行動はある種の決意だったんだと、今なら分かる。

 お互い何時までも別れを惜しむのじゃなく、いつか会える約束をして未来につなげたかったんだ。もしかしたら『チカちゃん』の両親にそうするよう言われたのかもしれない。

 きっと、この時の言葉は本意では無かったんだろう。

 再会した市ヶ谷が、この時の別れを引き摺っているだろうことは、市ヶ谷の言葉の端々からも感じ取れた。


 『チカちゃん』が俺の左手をとって、薬指にその指輪をはめた。


『コレがあれば、もういちどあって『けっこん』できるよ』


 瞳を潤ませながら、そんなませた事を恥ずかしそうに『チカちゃん』が言う。


 ――けっこん……ってなに?


『わたしとコウちゃんが、ずっといっしょにいて、パパとママになってしあわせになることだよ』


 そう言って幼い俺と『チカちゃん』はキスをした。

 …………………………こんなことしたんだっけ?

 つうか、すげぇ恥ずかしいんですが、ナニコレ? 目も背けられないとかどういう羞恥プレイっすかッ!

 なんか俺の唇に、幻のように当時の感覚が甦ったよ。まるで今さっき唇を重ねていたような感覚が残ってるし……この恥ずかしさをどうしたらいいんですか?


 どの位時間が経っただろうか。身悶えするのも疲れてきた頃、『チカちゃん』はやっと俺から離れ、今度は耳元に口を近づけた。

 そして……。


『ぜったい、もういちどあおうね』


 と幼い俺に囁いた。


 いたたまれない気分の俺の心情を無視して、その後も断片的な記憶が甦る。


 車に乗せられて泣き叫びながら『チカちゃん』と別れるガキの俺。

 その手には『チカちゃん』から貰った指輪が光っていた。

 ふとそこで疑問が浮かぶ。

 俺、この指輪、いつなくしたんだっけ?

 いくらこの後佳奈に出会ったからと言って、この時の指輪をどこかに無くしてそのまま忘れるなどと言うことがあるだろうか?

 少なくとも当時の俺にとって、この時の別れは相当に辛い思い出だったと思う。それこそトラウマになるくらいには。

 他人との別れを悲しんでいた過去は憶えている。

 だが、この指輪を持っていた記憶が無い。僅かも残っていない。完全に忘れていた。それどころか、過去の記憶を見せられても、実感が湧いてこない。指輪に関するエピソードだけ、何かの創作物を見せられているかの様だった。

 ただ、当時の俺はやはり相当ショックな出来事だったらしい。

 新しい土地に移ってからも、記憶の中の幼い俺は泣いてばかりだった。

 確かに、泣いてばかりいた記憶はある。

 記憶と一致しないのは、この時の俺は『チカちゃん』から貰った指輪を見ては、別れを思い出して泣いているのだ。我が事ながら、当時の俺を泣くなと叱咤してやりたいほどに。

 そんなことができるはずも無く、当時の俺は布団の上に横になったまま、指輪をしている左手を右手で抱きかかえるようにして泣いてばかりだ。

 当時の母親も流石に困り果てていて、どう俺に接して良いか分からなくなっているようだった。

 この頃の親父は転勤の無い部署への転属希望も出していたらしい。ただ、代わりの者がいないので難しいとこぼしていたと、後になって聞いたことがあった。

 確かに、親としては引け目も強かっただろう。

 自分たちの生活の為とは言え、そのせいで自分たちの子供が泣いてばかりでは本末転倒だし、それが求めていた幸せとはかけ離れていると感じていただろう。それは目の前の記憶の中に出てくる両親の表情を見れば容易に想像できた。

 それから何日たっただろう。

 多分小学校の入学式の少し前だと思う。その証拠に部屋の中にある新品のランドセルが目を引く。

 だが、当時の俺はそれには見向きもせず、布団に籠もったまま出てこない。

 流石に泣き続けるのは治まったが、悲しまなくなった訳ではない。ただ、声を上げて泣かなくなっただけだ。

 時折、左手の指輪をかざしては、またそれを抱きかかえるようにして丸くなる。

 流石に俺も当時の俺をぶん殴りたくなった、そんな時……幼い俺が左手の指輪を数回、右手でこすった。


 そして、それは起こった。


 突如として指輪が膨大な光を発する。

 それはネシャートと初めて会った時と同じ現象。

 目も開けられない程の膨大な光量に驚き、声も出なくなっている幼い俺の前で、その光が渦を巻き凝縮する。

 やがてその光の塊は一人の女性の姿を作った。


「え? マジかよ?」


 思わず今の俺の口からそんな言葉が漏れ出す。

 記憶の中のその女性……いや、魔人の姿に驚倒する。

 褐色の肌と透き通るような金髪の魔人。だが、それ以外の顔立ちや身体的特徴に見覚えがあった。いや、俺が見間違えるはずがない。その女性は、肌と髪の色以外は俺のよく知る神成佳奈そのものだった。


主様(あるじさま)! どの様な願いでもお申し付けください! 私は貴方の下僕。その指輪の契約者の奴隷でございます!』


 そしてその魔人は、佳奈の声でそう言った。


 ――どれい……ってなに?


 そう答える幼い俺を前にして、魔人がちょっと驚いていた。


『まさか、こんな子供に呼び出されるとは……っていうか、この姿は何? この子の願いのイメージなの? なんか魔人というより……本来の姿に近いんだけど……』


 魔人は、そんな事をボソボソと独り言つ。

 対する幼い俺は、何を言っているのか聞き取れなかったのか、それとも目の前に起きた事を理解できずにいたためか、黙ってその様子を見ている。

 どっちだったかな?

 確か状況についていけなくて、呆然としてたんだっけ。


『で、君はどうしたの? なんでそんなに泣いているの?』


 魔人がそう質問する。

 この時は俺の事を案じているというより、魔人としての使命を果たそうとしていたんだろう。まずは契約者となる俺を宥めて、願いを聞こうとしているように見えた。


 ――う……うううぅぅぅ。


 再び泣きだそうとする俺に魔人は慌てて言葉を続ける。


『わあッ! ちょっと泣かないでッ! えとえと……そうだ! 君が泣かないで済むように、お姉さんが君の願い事を叶えてあげるよッ!』


 そう言って胸を張る魔人を見て、今度は今の俺の方が泣きそうになった。

 その仕草、話し方はまるっきり佳奈のままだったんだ……。

 やべぇ……ガキの頃の俺の事なんか言えた義理じゃないじゃねぇか。そう思うが、久々に見る『佳奈』の姿を前にして、それ以上何か考えることもできなくなる。今はただ、その姿を見ていたかった。


 ――ヒック……ヒック…………ねがい? ……あのね……。


 そう言って、当時の俺はポツポツと語り出す。

 父親の仕事の都合で友達ができないこと。

 出来てもすぐに別れることになること。

 仲良くなればなるほど、別れるときに悲しい思いをすること。


 ――だったらもう……だれとも、なかよくなんかなりたくない……。


 昔の自分が言った言葉は、痛烈な一撃となって俺の胸に突き刺さった。

 両親がこの言葉を聞いたらどう思っただろうか。

 少なくとも自分たちをもっと責めていただろう。

 そして、当時の俺は、そんな思いを両親にして欲しくなくて、この心の内を打ち明けずにただ泣いていたのだ。

 『チカちゃん』に会いたいとか、そんな思いをとっくに通り越し、すでに未来に絶望していたのだ。僅か六歳程度の子供が……。

 そんな俺の『願い』を聞いて、魔人は微動だにしなかった。

 いや、固まっていた。

 固まったまま、両目からボロボロと涙を流していた。


 ――どうして、おねえさんがなくの?


『……これはね……君の悲しみが移ったんだよ。独りは寂しいよね……分かるよ、お姉さんも独りだから……』


 そう言って魔人は幼い俺を抱きしめた。


 ――おねえさんもひとりなの。さびしくないの?


『独りだよ……ずぅーーーーーーーーーーっと独りぼっち。すごく寂しかったよ。だから君の気持ちは良く分かるよ……だから、君の願いを叶えてあげる。もう一度、『チカちゃん』に会わせてあげる』


 ――ほんとうにッ!?


『うん、本当だよ。だから何時までも泣いてないで笑って……』




佳奈「や……やっと復活」


航一「俺が思い出しただけで、復活した訳じゃないんじゃ?」


佳奈「うっく……って言うか、コウちゃんももっと早くに思い出してよッ!!」


航一「……悪い……でもなんで思い出さなかったんだ?」

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