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3話 叶わない願い

 佳奈は呆然としているだけだが、お袋は机に突っ伏し判りやすい態度でがっかりしている。

 俺はといえば何故だかちょっとホッとしてた。


「ところで条件って?」


 願いを叶えるのに何か特殊な条件が必要なのか?


「あの……条件というのはですね。まだご主人様に資格が無い場合とか……あとは何らかの理由により願いを叶えるのに阻害となる要因がある場合とかですね……とにかく、その条件を整えないとならないんです」

「え?俺資格ないの?」


 だとしたら、かなりガッカリだ。


「いえ! まるっきり資格がないとしたら、そもそも私がランプの外にに出ることも無いんです! だからご主人様の願いを絶対に叶えられないって事では無いと思います!」


 かなり想定外の事態なのだろう。ネシャートは相当に狼狽していた。


「じゃあ『阻害する要因』ってのがあるってこと?」

「はい……恐らくは」

「例えば?」

「例えで言うなら……ご主人様が現時点で私と同格の別の存在から、現在進行系で願いを叶えて貰っている場合とか……」

「いや、流石にそれは覚えが無い」


 今、何か願いを叶えて貰ってるってことだろ?

 今まで普通の日常を繰り返してきた俺のどこに願いを叶えて貰っているというのだ。


「そうでなければ、何らかの呪い等によって願いが叶えられない状態にある場合とか……」

「もっと覚えが無いよ!」


 あってたまるか。というか何で普通の高校生が『ランプの魔人に願いを叶えてもらえない』なんて呪いを受けなきゃならんのだ。

 普通の高校生はランプの魔人に願いを叶えて貰う事は無いってツッコミは無しの方向で。


「そうですよね……あとは……願いを望んでいなかった場合とかですけど……」

「うーん……多分それも無いなぁ。」


 腹が減っていたのは本当だ。寿司を食べたいという気持ちは今でも強い。というか、食べられない可能性が出てきた今、無性に寿司が食べたい。それ以外の食事は考えられない。

 ネシャートは肩からがっくり項垂れ、心底困ったような顔をしている。


「え? 願いを叶えられないってそんなに残念なことなのか?」

「私はランプの魔人です。ご主人様の願いを叶えるために私は存在しているんです」


 そう言われてしまうと、そう言うものと納得するしかない。いや、無条件に納得してしまうほどネシャートの目に強い使命感の如き光が宿っており、正直少々気圧されていた。

 その目を見て新たな疑問も浮かぶ。魔人は何の為に契約者の願いを叶え続けるのだろうか。単に存在意義ってだけとは到底思えなかった。

 それを聞こうとした矢先に、佳奈がネシャートに問いかけた。


「あのさ……何か他に良い手は無いのかな」

「……魔人としての力を使わない願いとかでも良いのですが……ご主人様が願っていないことでは意味がないですし……」

「魔人としての力を使わない願い?」


 あの魔法みたいな力を使わない手段ってことなんだが……具体的に何ができるんだ? しかも俺の願いって……さっきの……。


「……その、えっちなこととか」

「ちょっと! コウちゃん! 何願ってるの!」

「願ってねぇよ!」


 俺が一言でもそんなこと言ったか!?


「航一……母さん、アンタの女の子の趣味に口出すつもりは無いけど……かなり特殊な趣味嗜好だと思うわよ?」

「そういう話になった瞬間に食いつくんじゃねぇよ!」


 今まで黙ってた癖になんでこういう話になると食いつくの? また話が進まなくなるじゃねぇか。


「コウちゃん、本当は胸が小さい方が……」

「でかい方が良いにきまってんだろ!」


 思わずムキになってビシィッと佳奈を指さす。はい、そうです。俺はどっちかと言えば巨乳好きです。いえ、むしろ大きいのが大好きですって何口走ってんだ、俺。

 そんな俺の反応をみた佳奈は慌てて胸を両腕で隠し、赤面してこっちを睨んでいる。


「コウちゃん……ヒトの胸を指差してそういうこと言うのはセクハラなんじゃないかな?」


 貧乳好きを否定したらその返しですか。もう、どうしろと?

 佳奈に一言文句でも言おうかと思ったが、直後にぐぐぅと腹が鳴る。あまりに大きな腹鳴だったからか、それまでの妙な空気が完全に一掃された。


「ふう……ああ、もう。取り敢えず落ち着くために、まずはご飯にしましょう」


 お袋が少しばかり呆れたように嘆息してから、珍しく前向きな提案をする。


「全面的に賛成だけど、何にするんだよ?」


 そう、気分は完全に寿司なのだ。

 出来れば回らないヤツ。


「勿論、この流れでお寿司以外ありえないでしょう!」


 ビシッ! と俺を指差し得意気に断言する。

 なんでそんなに得意気なのかと言いたかったが、ここで何か言ってお袋の機嫌を損ねたら寿司を食えなくなる可能性があったので、何も言わない。


「ただし、アンタも半分お金を出しなさい!」

「俺も出すのかよ!」

「当たり前でしょ! アンタのせいでお寿司以外考えられなくなったんだから!」


 そう言われると何も言い返せない。いや、言い掛かりのような気もするが……ここまで断言されるとそうじゃないかと言う気がしてくるから不思議だ。

 ……これ、詐欺師とかに騙されるパターンじゃないか? 本当は俺に責任がある訳じゃないのに、さも責任があるような言い回しをして誘導する方法だよな……。

 そう考えつつも俺の中にも確かに寿司以外の選択肢が存在しないことにも気付く。

 ぐぬぅ……まあ、仕方ないか。いや、あんまり高い寿司じゃなくても……宅配の安いヤツでもいいかなー……などとこの時の俺は思っていた。



■■■



 目の前に大きめの寿司桶が二つある。それ以外には湯飲みが四つ。

 結局、お袋がちゃんとした寿司屋の『値段の高い寿司』を注文した。


「いやぁ~~。高い寿司はやっぱり美味しいわねぇ♪」


 握り寿司を頬張りながら、お袋は心底嬉しそうに笑う。だから、『高い寿司』じゃなくて『美味い寿司』じゃ駄目だったのかと。というか、半分とは言え結構な出費だったんですが……。いや、確かに美味いけどさ。素直に喜べない自分がいるわ。


「ところでネシャートちゃん、願いを叶えられない場合、ランプには戻れないんじゃないの?」

「え?」


 四人で寿司を平らげた後、お袋の言葉に残念そうにネシャートは頷いた。

 確かに。物語などの魔人は一つ願いを叶えれば普通はランプなり指輪なりに戻る。

 だが、目の前の魔人――未だに魔人と呼称するには違和感があるが――は願いを叶えられなかった為か、いまだランプに戻ることが出来ていない。


「流石に戻れないとマズいよな?」

「いえ、外に出ている間、過ごせる場所があるならそれで大丈夫だと思うのですが、このような事態になった経験が無いので……出来れば早めにご主人様に願いを叶えて頂けるよう、条件を整えていただくのが最善ではあります」


 そう口にしたネシャートの表情は何処かすぐれない。まあ、願いを叶えられないという状況になったことが無いから不安なのかも知れない。


「その条件って……一体何が阻害要因となっているか解る?」


 条件とやらの仕組みや阻害要因に見当がつかないので、ネシャートに聞いてみるが、首を左右に振る。


「私にも明確には分かりかねます……予測出来る事はあるのですが、確証がないため今はお話することが出来ません。なによりこんなことは初めてで……ただ……」

「ただ?」

「より強い願い……願いを叶えたいという想いが阻害要因を打破出来るほど強ければ、強引にではありますが、願いを成就する事が出来ると思います」


 そう言われると、余計に困る。困りすぎるほど困ってしまう。

 始めにネシャートに願いを聞かれた際、これといった願いが無かったからこそ「寿司が食べたい」などと(のたま)ったのだ。

 ある意味、今の生活に満足しているという贅沢な環境なのだろうが……だからこそ、『阻害要因を打破出来るほどの強い願い』など持っている筈が無い。

 だが、願いを叶えられないことで不安を抱えている女の子──魔人だけど──をこのまま放置するなんて真似も出来ない。

 だが焦れば焦るほど強い願いなんか浮かばない。

 いや、強い願いが出ないということは本当に幸せなことなんだと思う。

 だが、今はなるべく早く願いを出さねばならない。

 思考の悪循環に陥ってる気がする。


「あの……そんなにご自身を追い詰めないでください。私なら多分しばらくは大丈夫ですから」

「え? でもさ……」


 ネシャートは俺の手を両手で包むようにそっと握った。ちょっとだけドキッとしてしまうが何か背中に悪寒を感じたので、務めて平静を装った。


「私がご主人様の前に顕現したのは必ず意味があると思っております。そうで無ければ今こうして実体化できている筈がありません」

「そ……そうなのかな?」


 あまりに真っ直ぐで純粋な目で俺をみてそう断言するネシャートに対し、俺は自信なさげに少し視線をそらしてしまった。つか、何という純粋さ。本当に魔人なの? この娘。


「はい! 先程も申し上げた通り、資格が無い者は私を呼び出すことすら出来ません。ならば必ず、この出会いには意味があります!」

「本当に?」

「ええ、必ず」


 気が付けば俺が励まされてるような、そんな気になっていた。

 ネシャートの方がずっと不安だろうに、逆に俺はネシャートを励ますことも安心させることもできないというのに……。


「いつまで手を握ってるのよ」


 横から佳奈に凄まれ、俺達は慌ててその手を離す。

 なんか、佳奈がえらい不機嫌なんですが……。


「で……願いを叶えない限りランプに戻れないなら、それまでネシャートちゃんは何処で過ごすのかな?」

「勿論、ウチに泊まって行くしかないじゃないの!」


 嬉々として即答したお袋の発言に、佳奈は刺し殺すような鋭い視線を俺に向けている。

 いや待て、俺に怒りを向けることは筋違いだ。


「よろしいのですか?」


 恐る恐るネシャートがお袋に尋ねると「当たり前じゃない!」と満面の笑みで答えるのだが、その笑顔になにやら悪巧みが見えるのが腹立たしい。


「嬉しいです……あの、ご主人様……これからよろしくお願いいたします。ご迷惑かもしれませんが、ご主人さまの願いが叶えられるまでお側に仕えさせて頂きます。」

「え? お側にって?」

「はい、願いが叶えられるようになったら直ぐにでも叶えられるよう片時も離れずお側に仕えさせて頂きます」


 そう言ってネシャートは深々と頭を下げた。

 片時も離れずという言葉に一瞬困惑したが、お袋の「まあ、アンタが学校行ってる間は私が面倒を見るから」という言葉に「こちらこそよろしくお願いします」と頭を下げるしか無かった。


 視界の端で佳奈の額に青筋が浮かんでいるように見えたのだが、気になりつつも敢えて確認はしなかった。というか出来なかった。


 いや、だって今の佳奈、すげぇ恐いんだよ。

 なんだって、あんなに怒ってるんだ?


「アンタももうちょっと気が回ると良いんだけどねぇ……」


 お袋はそんな事を溜息交じりに呟いた。

 俺には理由が全然わからないんだが……。


 ただ、もしかしたら今日からこんな騒がしい日が続くのかと、日の暮れたリビングでそんな予感だけをひしひしと感じていた。



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