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26話 閉ざされた決戦場


「木嶋ッ!! 今何処にいるんだッ!!」


 あまりの俺の感情的な声に、市ヶ谷もネシャートも肩を震わせて驚いた。

 同時に何か異常事態が発生したのだということを二人とも感じ取っていた。


「…………自宅から……少し離れた……所、だよ……。と、言っても……どの辺りか、わから……ないだろう?」

「場所がわからないからって探さない理由にも助けない理由にもならねぇよッ!!」

「……………………ッ!」

「おい……木嶋?」

「…………笠羽くん……お願いだ、僕を…………助けてくれ」


 ブツッと音がして突然通話が切れた。

 俺はスマホを握りしめたまま市ヶ谷とネシャートに向き直る。

 よほど怖い顔をしていたのだろうか、二人とも俺を見て半歩下がった。


「笠羽くん……今の電話って……」

「木嶋だ……何者かに刺されたらしい」

「えっ!?」

「そ……そんな」


 ネシャートが驚愕の声を上げ、市ヶ谷は蒼白になって息を呑んだ。

 当然だろう。

 かつて自分が遭遇した事件。それを想起させる。

 俺もあの時のことを思い出し、全身に余計な力が入っているのを自覚している。


「す、すぐに助けに行かないとッ! 場所はッ!?」

「木嶋の自宅のそばらしい。市ヶ谷、木嶋の家は知ってるか?」


 市ヶ谷は震えながら黙って左右に首を振る。

 そうだよな。

 俺だってそこまで木嶋と親しい訳じゃない。

 かといってこのまま手をこまねいている暇はない。

 何か手を……。


「ご主人様、私に願ってくださいッ!」


 ネシャートの叫びに冷水を浴びたような気分になり、血が上って熱くなった思考に冷静さが戻ってくる。

 そうだ。

 俺にはまだ強い味方がいるじゃないか。

 俺はネシャートに向き直り、その小さな肩を掴んだ。

 ――より強い願いであれば願いの上書きはできる。

 ネシャート本人に叶えて貰っている願いを、新たな願いで上書きする。


「『木嶋を助けたい』そして『市ヶ谷も守りたい』。俺の願いを叶えてくれ。ネシャート」

「はい! ご主人様の仰せのままにッ!」


 ネシャートは快活にそう言うと、制服姿から一瞬にして魔人として俺たちの前に現れた時の姿になる。直後、俺と市ヶ谷、そしてネシャートは強い光に包まれ、砲弾のように一気に空に打ち出された。

 通りすがりのサラリーマンに見られた気もするが、これだけ光が強ければ何が起きたか確証を得ることもできないだろう。仮に誰かに見られたとしても、今の俺達にはそれはどうでも良いことだった。

 呼吸を二回ほどする程度の僅かな時間浮遊したかと理解した直後には、俺たちはフワリと地面に降り立った。

 周囲を見回すと建物が建っていない野ざらしの空き地。青々とした雑草がくるぶしくらいまで伸びている。周囲には今は使われていない老朽化した建造物。背後の門までは一〇〇メートルはありそうだ。そのせいか、周囲の音が遠い。この廃墟の向こう側には住宅がありそうなものだが、生活音は聞こえない。出勤、通学の時間帯とは思えないほど静かだった。

 いや、何かがおかしい。

 建物に囲まれて日陰になっているとは言え、薄暗すぎる。空を見上げれば雲一つない晴天にもかかわらず、曇天のような明るさしか感じない。

 そんな空き地の奥、壁の崩れた建造物の近くに木嶋はが瓦礫に背中を預け、両足を投げ出して座り込んでいた。

 その腹部は赤く染まっている。

 俺たちは木嶋に駆け寄る。


「…………やぁ……お、はよう……」


 まだ意識のある木嶋は少しだけ顔を上げると、血に濡れた唇からそんな言葉を漏らした。


「馬鹿、しゃべるな」

「笠羽君、おかしいよコレ、なんでここ圏外なの?」


 市ヶ谷の発言に、俺は先程から手にしたままのスマホを見る。

 市ヶ谷の言う通り、俺のスマホも圏外表示となっていた。

 これでは救急車も呼べない。

 だったらまずは木嶋の傷をどうにかするのが先決か。


「ネシャート、木嶋の怪我を直してほしい」

「はい! ……ですが、少し時間が掛かるかもしれません」


 ネシャートは木嶋の服を捲って、露になった腹部に付けられた傷の治療を開始しながら、そう口にした。

 一瞬、俺にはネシャートが何を言っているのか分からずに聞き返した。


「……なんだって?」

「この場所、普通じゃありません」


 そうネシャートに言われて俺は再度周囲を見渡すと、ここに来た時に感じた違和感が大きくなっているのを自覚する。

 いや、明らかに周囲の状況が変わっていた。

 確かに広い空き地だったが、ここまでは広くなかった。学校の校庭より広い。

 そして薄暗い。というか色がない。モノトーンというかセピア色というか、彩度が足りないという言葉がしっくりくるだろうか。


「なんだよ……コレ」


 違和感というより異物感。視界の一部が歪んで、歪まずに見える俺たちの存在が、逆にこの場所では異物のように見える。


「これは……何者かに結界を張られました。それもかなり強力な……」

「じゃあ、木嶋の傷が治りにくいのも……」

「はい、この結界の影響です」


 ネシャートが神妙な面持ちで言った。


「き……君たちは何の話を……それにネシャート君のその姿は一体……」

「話は後だ、木嶋。今は黙ってネシャートの治療を受け入れてくれ。必ず助けるから」

「……分かった。後で必ず、説明してくれよ」


 そう言うと、木嶋は大きく息を吐きだして安堵する。

 だが、俺としてはあまり安心できる状況じゃない。

 ネシャートが言うように、木嶋の怪我の治りがかなり遅い。

 この間、市ヶ谷が刺されたときは、瞬く間に傷が塞がったのだが、今は出血こそ少なくなっているものの、いまだ止まる気配がない。


「で、ネシャート。ここから出る方法だけど……」

「結界を張った者が結界を解くか、結界を張った者からの魔力供給を断つか」

「ネシャートに願っても無理なのか?」

「難しいように思います」

「となると、要は結界を張ったヤツを倒せば良いってやつか」

「そうですね。それで可能です。ただ、結界を張った存在が結界の中にいれば、ですが」


 確かにその通りだ。そいつが結界の外にいたら、俺達には手の出しようも無い。


「多分だけど、外にはいないんじゃないかな?」

「どうしてそう思う?」

「手順が回りくどいもの」


 市ヶ谷の言葉に、確かにそうかと自分でも感じる部分がある。

 確かに回りくどい。

 相手の目的も分からないが、俺たちを結界に閉じ込めることが目的なら、わざわざ木嶋を刺したりする必要が無い。

 というか、そもそもの犯人の予想は付いている。

 ネシャートが言っていた《マリシアス》に間違いないだろう。

 只の人間に、結界を張るなんてことが出来る筈もない。もしかしたら結界を張れる人間も世の中には存在するかもしれないが、そんな人間と関わる理由が思いつかない。

 《マリシアス》が犯人だとすれば、ヤツの目的は俺か市ヶ谷、またはネシャート。そしてこの三人を結界に閉じ込めたいのならば、市ヶ谷と合流したときにその場で実行すれば、事足りる。

 なのに木嶋を巻き込まなけりゃならない理由……それは……。


「ネシャートちゃんの行動を制限すること」


 市ヶ谷が俺より先に答えを導き出す。

 俺はそんな市ヶ谷の腕を掴み、ぐいっと引き寄せた。


 「えっ?」


 俺の突然の行動に、市ヶ谷は倒れそうになって俺にしがみつく。そのまま俺は市ヶ谷と身体を入れ替え、先程まで市ヶ谷がいた空間に前蹴りを放った。

 市ヶ谷のすぐ脇にあった廃墟の影から飛び出してきた男は、俺の前蹴りを下腹部に食らってよろめいた。


「気付いてないとでも思ったか。最初から警戒してたんだよ!」


 俺は見覚えのあるパーカーを着た男にそう言い放つ。

 間違いない。

 かつて市ヶ谷を刺した細身の人物。パーカーのフードを深く被り、その手には忘れようもない小型のナイフが握られていた。


「なんでだ……なんでだ……」


 フードの奥からブツブツとそんな言葉が聞こえた。

 どこかで聞いたことのあるような声に、どこだったかと思考を奪われそうになり、慌てて考えるのをやめる。今は何かを考え込む余裕なんて俺には殆ど無い。目の前の危険な男がどう動いても対処できるよう心構えることが今出来る精一杯だと自分に言い聞かせる。


「何でなんだよ……市ヶ谷さん……そんな男と……」


 市ヶ谷を知っている? やはりコイツは市ヶ谷を狙っているのだろうか。

 市ヶ谷は震えながらゆっくりと下がる。

 合わせてフード男はゆっくり近づく。

 俺は市谷を庇う様に、その間に割って入った。


「お前、誰だよ? そんなモンで何する気だ?」


 俺はそうフード男に問い掛ける。

 本当は凄く怖い。

 フード男の敵意は明らかに俺に向けられている。他人からの本気の殺意がこれほど怖いとは思わなかった。内心、俺は恐怖に震えていて、それを表に出さないよう必死に隠していた。可能なら今すぐ逃げ出したい。

 だが、市ヶ谷はもっと怖いだろう。もっと逃げ出したいだろう。

 木嶋もそうだ。

 今木嶋が怪我をしているのも、間違いなくこのフード男が刺したのだろう。木嶋の表情がそれを如実に物語っている。

 そんな二人を置いて逃げるなんて出来るものか。そんなことをしたら、俺は佳奈に合わせる顔がなくなる。いや、合う資格すら失う。

 結界さえ張られていなければ、ネシャートに願って一緒に逃げるという選択肢もあったのだが、ネシャートにもそれは難しいと断言されている。

 何より、このままこの男を放っておいたら、市ヶ谷は何時まで経っても襲われる可能性が残るということだ。それではこの町で安心して暮らすこともできないだろう。

 ならば何とかしてでもこのフード男を取り押さえないとならない。

 こいつ自身が《マリシアス》である可能性は低いだろう――もしこの男が《マリシアス》なら、とっくにネシャートがそう指摘していると思う――が、それでも《マリシアス》に繋がっているのは間違いない。

 何とかして取り押さえて……。


「お前さえ邪魔しなければああああああぁぁぁぁあぁぁぁあああっ!」


 突然フード男が激昂し、俺に襲いかかってきた。

 市ヶ谷を庇った事で、何か火がついてしまったのか、フード男はなりふり構わずナイフを振り回して来る。拍子にフードがはらりと落ちて素顔が見えた。


「お前……確か……」


 知っている。というか見たことがあった。

 先週の金曜日、そして昨日、教室の入口でぶつかりそうになった男子生徒。思い返せばあの時、あの男は俺たちの教室の中を……市ヶ谷を見ていなかったか。

 名前は……。



はい。

すみません。

これ書いてる時、頭の中から日曜日の朝の特撮番組のシーンが頭から離れませんでしたw

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