25話 決意と悪意
よし、(自分にしては)良いペースだと自画自賛。
モチベ維持のためには必要、自画自賛。
みんなもやろう、自画自賛(ォィ
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「あの、ご主人様? 大丈夫ですか」
「あ……ああ、大丈夫だ。そうか、そうだな」
佳奈のいない世界。この世界は俺の世界じゃない。
佳奈がいた世界。それこそが俺の世界であり、俺が取り戻さなければいけない世界なんだ。
そんな簡単なことにも気が付けなかった俺に一番大切なことを教えてくれた可憐と言っていい魔人に、俺は心から感謝した。
その気持ちを少しでも表したくて、俺はネシャートの頭にそっと手を乗せ軽く撫でた。
「ありがとう、ネシャート。まだ手段は分からないけど、俺は必ず佳奈を取り戻すよ。約束する」
ネシャートは猫のように目を閉じ、小さく頷いて笑った。
■
翌日。
ネシャートに起こされた俺は、早々に着替えて食卓に向かう。
かなり早い時間だが、市ヶ谷の家に寄るのであれば、それほど余裕もない。
昨日も感じたが、やはり違和感のある朝。
でも、昨日のネシャートとの約束のせいか、昨日までともほんの少しだけ違うように思えたのは、俺の気のせいだろうか。
昨日の朝は、目が覚めて最初に佳奈の姿を探してしまったが、今日はそんなこともなかった。
佳奈がいなくなった事実、それについては昨日よりも明確に自覚している。それだからなのか、今日はこれからどうやって佳奈ともう一度会うか、どうしたら再会できるか、そんなことを考えながら朝食を取っていた。
昨日までは自分の中で混乱が先に立ち、気持ちの整理が出来ていなかったが、昨日、目的を明確に口にすることで、取り合えず心の落ち着けどころといったものを自分の中に作れたんだと、漠然と認識していた。
ネシャートはそんな俺の様子に何か気が付いている様子だったが、今のところは何も言ってこない。
むしろお袋がそんな俺たちを見て不思議そうな顔をしているのが、何か可笑しくて、俺とネシャートは二人して小さく笑いあった。
俺とネシャートは朝食を済ませると、足早に家を出た。
途端に市ヶ谷から連絡が来る。
市ヶ谷は俺が来るまで家で待つことにしたらしい。俺はすぐさま了承した。
ネシャートの分身が張り付いているとは言え、下手に行き違いにならないとは限らないので、市ヶ谷の提案は寧ろ有難かった。
市ヶ谷の家に向かう間も、俺はどうやって佳奈を取り戻せるか思案を続けていた。
「ずっと何か考えていますけど……」
「ああ、どうやったら佳奈を取り戻せるか考えてた」
「良い案は浮かびましたか?」
「う……」
実は全然浮かんでません。
馬鹿の考え、休むに似たりとは昔の人はよく言ったものですって、感心している場合じゃない。
いや、取り戻すには佳奈の宿っていた神器を手に入れなきゃいけないことは分かっているんだが、どうやったらそれを手に入れられるのか、手がかりがなさすぎる。
「まずは思い出すことが一番の近道だと思います」
「思い出すこと? 佳奈と初めて会った時のことか?」
「いえ、少し違いますね。佳奈さんと会うという願いを口にした時のことです」
……佳奈に出会うという願い……その願いを叶えて貰った時か。
「ネシャートに思い出せるように願えば……」
「それは、無理かもしれません」
「え?」
「ご主人様がその時のことを覚えていないのは、佳奈さんによって意図的に隠されているからです」
隠されている?
それってつまり……。
「佳奈によって、その時のことを忘れさせられてるってこと?」
「はい、実はご主人様のその時の記憶に触れようとしたんですが、強い力で反発されました」
「そうか、魔人は……いや、ジーニーは基本的に他のジーニーに干渉できない、だっけ?」
「はい」
だからネシャートはその時の俺の記憶に干渉できないと……。
あれ?
「でもそれって、おかしくないか?」
「ええ、実はかなり異常なことだと思います」
「やっぱりそうだよな」
本来、魔人が契約者の願いを叶えている状態では、他の魔人の願いは叶えられない。だからこそ、最初の「寿司が食いたい」って願いは叶えられなかった。
そして前の願いを超えるより強い願いによって、最初の契約は無効化される。市ヶ谷を助けたいと願ったのがこの時だ。
その後、市ヶ谷を守っ欲しいという願いは、なんの抵抗もなく今現在も継続している。
つまり、俺が佳奈に叶えて貰った願いは現時点でご破算となっている筈なのに、契約が切れた今も俺の記憶には佳奈の力が働いているということだ。
「もしかしたら、ご主人様の記憶を封じたのは佳奈さんがそう願ったから、かもしれません」
「佳奈の……願い?」
「恐らくは……ですが」
「でも何のために?」
「それは流石に分かりかねます。むしろご主人様の方が想像できるのではないでしょうか?」
「俺の方が?」
「ええ、佳奈さんがどんな想いで契約時の記憶を封じたのか、その想いを感じ取れるのはご主人様だけだと思います」
俺だけが、佳奈の気持ちを感じ取れる?
いや、そうだ。俺だけはそれを出来なきゃいけない。そうでなければ佳奈を取り戻すなんてできるはずもない。
「でも、魔人ってそんなこと出来るのか?」
「それについては私も疑問が残ります。佳奈さんの魔人としての《格》にもよるかもしれませんが、契約者の意図に乗る行為だとしても、契約者の願いとは別の願いを望むことが出来るのか……もっとも佳奈さんの力ではなく、ご主人様の力の可能性も僅かながらにありますが」
「俺の?」
「はい。以前も申し上げたように、ご主人様の魔力は強大で純粋です」
「ああ、その話? あまり自覚はないんだけど……」
「または特殊、と言い換えてもいいかもしれません」
そっちも自覚ねぇなぁ。
「自覚はないかもしれません。ですがご主人様はある意味、佳奈さんと私、二人の魔人、いえジーニーと同時に契約している状態なのです」
あ……。そうか……。
「俺の記憶が封じられているのは佳奈との契約、市ヶ谷を守りたいと願ったのは……」
ネシャートが神妙な顔をして首肯する。
ジーニーはお互い不干渉が原則。それでありながら佳奈とネシャートの双方の影響を受けているのは、佳奈やネシャートではなく、俺の方に原因があると考えるほうが確かに自然だった。
「でも何が原因で……」
「それは分かりません。ただ言えることはご主人様の封じられた記憶を呼び起こすのは、現時点ではご主人様だけが可能だということです」
そうだ。
結局は俺が当時のことを思い出すしかない。ネシャートに俺の記憶の蓋を開けることはできないのだから。
そして当時の記憶を思い出すことが全ての解決の糸口だと、そう確信した。
あとは佳奈が当時何を思って……。
そこまで考えて小さな疑問が浮かんだ。
俺の記憶が封じられているのは佳奈の想いが本当に原因だろうか?
俺の知る《神成佳奈》は自分の一方的な思いだけで俺の記憶を消すだろうか?
ひょっとしたら、当時俺が何を望んでいたか、思い出すことが一番の近道ではなかろうか。
確信には程遠い、しかし小さな予感めいたものが俺の中にはあった。
■
「おはよう」
そういつも通りに、ともすれば素っ気なく聞こえるような口調で市ヶ谷に挨拶される。その様子を見る限り、何か変わったことは無さそうだった。
「ああ、おはよう」
「おはようございます」
俺とネシャートも挨拶を返す。
「あれ? 何かあった?」
市ヶ谷は俺を一目見ると、そう言葉を漏らした。
「何かって?」
「ううん? 気のせいなら……いや、気のせいじゃないわね。何か昨日に比べて吹っ切ったというか、気持ちが晴れたような顔をしてるから……」
「ああ、そう言うことか。まあ何かあったわけじゃないんだけど、ただ悲しんだり嘆いたりするのは止めたんだ」
「どうして?」
「やるべき事というか、取り敢えずの目標のようなものが出来たからかな?」
「どんな目標か聞いても?」
市ヶ谷の問いかけに俺はほんの少しだけ躊躇した。だが昨日も散々迷惑をかけたんた。ちゃんと説明すべきだろう。
俺は昨日のネシャートとの会話と、当時の記憶を思い出すことを歩きながら市ヶ谷に説明した。傍にいたネシャートも分かりにくい俺の説明の補足をしてくれた。
道中、市ヶ谷は少しだけ寂しそうな感情を表に出したが、それでも俺の決めたことには全面的に賛同してくれた。
「当時の笠羽君は何を一番に望んていたのか……ってことなのかしら」
「そうなるな」
「どんな願いを言ったのかは覚えていなくても、当時何を望んでいたのかは覚えてる?」
何を望んでいたのか……それは……。
「ああ、それは覚えてる」
「どんなこと?」
市ヶ谷は多分、何気ない流れでそう聞いたんだろう。
俺もあまり気にせず、市ヶ谷の問いに答えた。
「多分、『チカちゃん』と別れて寂しかったんだと思う」
「ぶふッ!」
市ヶ谷が横で、女の子があまりしちゃいけない反応を示した。その反応を見て俺も自分が何を言ったか理解する。同時に顔が赤くなるのを止められないことを自覚する。
「あ、いやゴメン。なんか変なこと言った」
「謝らないでよ! もう……恥ずかしいなぁ……」
そういって顔を両手で覆う市ヶ谷の反応は、ちょっと可愛らしくて、当時の『チカちゃん』を思い起こさせた。
なんて言ったら怒られるだろうな。
唐突に俺のスマホがけたたましく着信音を鳴らし、登校中の俺たちの間に流れる微妙な空気をあっさりと吹き飛ばした。
これ幸いと俺は懐からスマホを取り出す。
いつもよりも早くに家を出ているというのに、こんな時間に電話をかけてくる物好きは誰だろうかと画面を見ると、そこには……。
「木嶋? こんな朝から?」
少しだけ訝しく思いながら俺は電話に出た。
最初に聞こえたのは、弱弱しい息遣い。
「木嶋?」
「朝から……済まないね。は……いきなり電話など……くぅっ……かけてしまって……」
「どうした? 何か調子でも悪そうけど?」
続けられた木嶋の言葉に、俺はかつて感じだことのある誰かのドス黒い意図を感じ取り、同時に戦慄と動揺を覚えた。
「そう……だね……くっ……先程、何者かに、刺されてしまって……ね……血が、止まらないんだ……」
そしてまた不穏な空気へ
佳奈「あの、この作品のメインヒロインって誰? 私じゃないの?」
さあ?




