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18話 《ジーニー》と《マリシアス》

「魔力?」

「はい、魔力です」


 聞き返した理由は簡単だ。《神の工芸品》から魔人を呼び出すのに魔力が必要なら、俺自身が魔力を持っていることになる。ただ、その自覚がないので聞き返したのだ。


「魔力って……その魔法を使う力みたいな?」

「はい、その通りです。ただ、今の時代には魔力を持つ人はいても、魔力の使い方が人々の記憶から失われて久しいため、それを意識することができません。魔力を使えないということは、魔力の増幅ができない、大きな魔力を持てるように訓練をすることも出来ないのです。そして私達魔人を呼び出すのにはある程度大きな魔力が必要となります」


 説明を受けても、いまいちピンと来ない。

 現代に生きる人間にとって魔力なんてものは使い方が分からない上、実在を感じる事も出来ないのだから、どこか腑に落ちないのは仕方ないのだろう。


「うん? どういうこと? 魔人は自分の力で願いをかなえるんじゃないの? 契約者の魔力で叶えるの?」


 市ヶ谷が首を傾げて聞いてくる。

 確かに……普通は魔人の力で願いが叶うと思うよな。昨日までのネシャートの口振りからしても、そんな感じだし。


「そうですね。正しくは私達魔人の力を使って契約者の願いを叶えるんですが、その力を放出するための出口ーー『扉』をあける必要があります。その『扉』は私達魔人の、それを開ける『鍵』は契約者の魔力で作られます」

「なるほど、つまり扉に対して鍵を生成できる魔力の持ち主でなければ、契約者としての『資格』が無いことになるのね?」


 市ヶ谷の質問にネシャートは大きくゆっくり頷いた。


「さらには、その時できる『扉』と『鍵』が大きければ大きいほど、叶えられる願いが大きくなります。そして『鍵』の大きさは……」

「契約者の魔力に比例する?」


 ネシャートが首肯する。


「じゃあ、『扉』の大きさは?」


 市ヶ谷が横合いから小さく問いかける。そうだ。鍵の大きさが魔力に比例するなら、扉の大きさは何によって大きさが変わるのだろうか。


「『扉』の大きさは、私達魔人の『格』によって異なります。そして『格』は主に《神の工芸品》によって決まります。正しくは魔人の力によって宿れる《神の工芸品》が異なります」

「宿る《神の工芸品》は何でも良いという訳ではないのね?」

「そうですね、例えば指輪などの『装飾品』にしか宿れない者、上位の『装備品』に宿れる者など、その対象によって大体の『格』が決まります」


 そんな基準があるのか。

 となると、ランプの魔人であるネシャートの格は……?


「ネシャートの『格』ってどのくらいなんだ?」

「私は『ランプの魔人』……『調度品』の魔人に属しており、その格は第二位、装備品の上になります」

「「おお!」」


 俺と市ヶ谷から感嘆の声が上がる。

 外見から今一つ凄さを感じにくいが、まさかそんなに格上の魔人とは思わなかった。


「『調度品』より上ってどんなものに宿るんだ?」

「そうですね、王家に伝わる『アーティファクト』、例えば『王錫』とか『王冠』などになります。もっとも《神の工芸品》として現存しているものは皆無と思われますが」


 王家に伝わる……それはまた豪華なというか、縁の無さそうな《神の工芸品》もあったものだな。


「でも、皆無ってどういうこと?」

「そうですね、王家に伝わるような『アーティファクト』は通常、何百年、何千年と一つの国に伝えられているため、祭事などに願いを叶えている場合が殆どです。私達の願いを叶える力は有限ですので、力を使い切れば《神の工芸品》は役目を終え、唯の道具となります。その為、そのクラスの《神の工芸品》は現存は皆無と考えられます。途中で滅んだ国などの場合でも、滅ぼした国が『アーティファクト』を奪って引き継いでいる場合が殆どでしょうから、何処かの遺跡に埋もれ続けるなどしない限り、《神の工芸品》として残っていることは無いと思います」


 力を使う機会が多かったから早々に力を使い果たしたのか。

 でも、普通の家でも代々伝わったりするもんじゃ無いのかな?


「勿論、その家の家宝などとして代々伝わる場合もあるのですが、王家とかと比べますと、記録なども曖昧ですので、何時しか忘れられてしまう場合が幾度もあります。例えるなら一族に魔力を持つ者が現れず、魔人の力を過去のお伽噺か何かのように伝えられ、そのまま廃れる場合などですね」


 ネシャートが俺の疑問を察したのか、それとも偶然かは分からないが捕捉する形で説明を続けた。

 そうか、魔力を持つ者が長いこと生まれなければ、伝承はあくまで伝承――過去のお話として語り継がれて終わるのだろう。

 魔人を……ネシャートを呼び出せなければ、ランプは単なるランプであり、骨董品以上の意味は無くなる。

 そうなればそのうち、価値が分からず売りに出されてしまっても仕方ない。


「ですから、昨今では大きな願いを叶えられることも無かったはずです。特に契約者が一人だけの場合、その者が余程大きな魔力を持たない限りは、それこそ世界を変える程の願いは叶えられません。無理に叶えようとした場合、長い年月と、契約者の努力が必要となるのですが、それでも途中で魔力が枯渇する事が殆どだと思います。よって殆どの契約者は短期的な願い……大金が欲しいとか、そういう願いに終始します」

「でも、それがもし集団なら……世界を書き換える可能性がでるってことか」

「はい、ご主人様のおっしゃる通りです」


 なるほど、なるほど。

 そうならないため《ジーニー》は、不干渉の原則があるのか。


「つまりお互い不干渉であれば、例え偶然に複数の魔人が集結しても、お互いの願いを重ね合わせる事ができないって事なのかな?」

「そうなります。ただ先程も申し上げましたが、契約者個人の魔力が膨大である場合、一人でも世界を書き換える可能性があります」

「それってさ……今は生まれながらに魔力の大きさが決まっているということになるのか?」

「いえ、必ずしも生まれによって決まるものではありません。心が純粋なほど、強い魔力を生成できます。逆に欲望が強いほど難しくなります」


 純粋さ……?


「例えば純粋な子供の頃などは、容易に強い魔力を保持することになります」


 俺は佳奈に願いを叶え続けて貰い、またネシャートにも叶えて貰った。

 ということは俺は強い魔力を持つと言うことなのだが、その要因となるのが、純粋さといわれると……なんかこう、違和感というか居心地の悪さを感じてしまう。


「なんか、こう言っては何だけど、純粋さって笠羽君のイメージではないわね」


 ネシャートの言葉に市ヶ谷がもっともな意見を口にする。実のところ俺も『純粋な心が強い魔力を保持するようになる』と言われて疑問に思ってしまった。


「市ヶ谷の方が純粋なような気がするんだが……」

「え、ちょっと……」


 市ヶ谷が顔を赤くして抗議の視線を俺に向けた。

 いや、だって。俺、お前が幼稚園の頃の『チカちゃん』だって気が付かなかったし。そんな小さな頃の記憶を大事に憶えていたなんて、充分に純粋だと思うのよ。


「確かに、市ヶ谷さんにも私を呼び出せるだけの魔力があります」

「ほらな」

「え、ちょっとやめてよ」

「それでも、ご主人様程ではありません」


 え? 俺が市ヶ谷よりも純粋なの?

 益々、腑に落ちんわ……。


「いえ、ご主人様は途轍もなく純粋な方です。でなければ十年もの間、それこそ世界を改変するに等しいほどの願いは叶わなかった筈です」


 世界の改変?


「俺ははそんな大仰な願いをしたのか?」


 まあ、どんな願いをしたのか記憶に無いので、したかどうかは分からないのだが……。


「どんな願いをしたか正しくは分かりません、ですが今までご主人様の話を聞いた限りでは、世界改変に近しい形で願いが叶えられていたと思います。そうで無ければご主人様と佳奈さんとの距離はもっと適切な距離に離れていたと思います」


 俺は息を呑む。自身のしでかしたことという自覚がないから、何を願ったのか少しだけ恐くなった。


「ずっと一緒だったのでしょう?」


 ネシャートの言葉に胸の奥がズキリと疼く。ネシャートなどの魔人達に対する興味を前面に押し出すことで考えないようにしていた事柄が俺の心の中で、溶けた鉛のように重く溜まる。


「……何かがある度に二人が離れないように、失わないように、過去を調べられても不都合がないように世界に干渉し続けていたはずです。疑似的に家族や……恐らくは親類まで作って……神成佳奈さんがいる世界を構築し続けたのです。矛盾がないように、ご主人様にとって佳奈さんの存在が嘘にならないように……いつか佳奈さんが自分の正体についてご主人様にお話しするその時まで……ずっと優しい嘘をつき続けられるように……それで有りながら、隣から離れないように……不自然な程、その隣に存在し続けたのです。少しでも離ればなれにならないよう……ずっと隣に寄り添って……」


 ネシャートの言葉が心に深く突き刺さる。

 ああ、俺はなんでこんなに大切なものに気がつかなかったのか……。


「おそらくご主人様の当時の願いは、誰かに傍にいて欲しかったんじゃないでしょうか?」


 ああ、きっとそうだ。願いで言ったかは曖昧だが、確かに俺は佳奈にそう言ったことがある。


「富や名声じゃ無い、そんな些細な、でも大切な願いを一番に叶えたいと思った人が純粋じゃなくて何だというのですか!」


 ネシャートは哀しそうな、それでいて憧れを見るような顔を天井に向けた。


「私は佳奈さんが羨ましいです。誰かを傷つけるのでもなく、陥れるのでもない……ただ寂しさを埋めるための小さな願いを十年も……そんな純粋な願いだからこそ、世界を書き換えるほどの丁寧さで叶え続けたんだと思います。それほどまでに丁寧に叶えられた願いだからこそ、その願いがどれほどご主人様にとって大切だったか分かります……なのに……」


 ネシャートの酷く哀しそうな瞳が俺を捉える。

 哀しそうでありながら、その目から涙はこぼれていなかった。今にも泣きそうな顔をしながら、まるで泣くことを許されないように堪えていた。


「なのに私はッ! 自分の願いを叶えて頂くことを優先してしまったッ! ご主人様の想いも、佳奈さんの優しさも全て踏みにじってッ! 私は……私は……すみません、私は泣く事すら許されないことをしたのに……」


 ネシャートの眼から、光るものが……涙が溢れ、頬を伝う。

 心の自由すら許されないと言っていた少女の瞳から、自由な心が溢れ出す。

 気が付けば俺はネシャートを抱き寄せていた。

 もとより俺は……。


「ネシャートのせいじゃない……むしろネシャートがいなければ市ヶ谷は助けられなかった。ネシャートのおかげで市ヶ谷は助かったんだ…………俺が礼を言うことがあっても、お前が謝る必要は無いんだ。それにあの時佳奈が目の前にいたら、きっと願いを叶えて貰えって言ったさ」


 そうだ。佳奈なら絶対にそう言った。その確信がある。きっととぼけた顔をして、「ネシャートちゃんにお願いすれば良いんじゃ無いかな? いやきっと今度は絶対大丈夫だよ!」って言ったに違いない。

 市ヶ谷がバツの悪そうな顔をしているが、もちろん市ヶ谷のせいでも無い事を伝える。

 そう、悪いのは誰でも無い。この俺なのだ。

 俺が佳奈とどう出会ったのか忘れてしまったから、どうやって願いを叶えたのか忘れてしまったから。それさえ覚えていれば、思い出せればもう一度佳奈に会うことが可能な筈だ。

 これは俺自身の問題であり、俺自身が解決しなければならない。


「だからネシャートは今の俺の願いを叶え続けてくれ……」

「はい、市ヶ谷さんを必ずお守りします」

「え? どういうこと?」


 いきなり話が自分に振られたので、かなり驚いたようだ。

 俺とネシャートは市ヶ谷が刺された件と、《マリシアス》の存在について説明する。



  ■■■



「《マリシアス》……そんなのがいたんだ……」

「もちろん、たまたま気配を感じただけかも知れません、ですが用心するに越したことは無いと思います。ですから私が市ヶ谷さんをお守りすると、ご主人様はそう願われたのです」


 やや怯えの色がみえる市ヶ谷を安心させるようにネシャートが言う。


「その《マリシアス》の願いはなんなのかなぁ?」

「そうですね、一般には契約者の魔力を吸い上げるだけ吸い上げ、魔人の力は自身の為に使ったりします。その為、契約者の願いをその者の意図とは大きく異なる形で叶えたり、最悪何も叶えないこともあるようです」

「その『意図とは異なる形の願い』で私は襲われたのかな?」


 ネシャートも流石に考えが及ばないといったように首を振る。


「《マリシアス》の願いがどんなものか、流石に分かりかねます。ただ……《マリシアス》と《ジーニー》はお互い不干渉という関係は成立しません。相手の居場所を認識したりはできませんが、ひとたび出会えばお互い相手を封じたり、相手の力を奪い取ったりしようとするでしょう」


 随分物騒な関係だな。


「はい、《ジーニー》にとって《マリシアス》は処罰対象であり、捕縛対象あるいは抹殺対象ですし、《マリシアス》にとって《ジーニー》は死刑執行人かなにかに例えられるでしょう」


 本当に物騒な関係だった。


「仕方ありません。魔力は心の有り様を力に変えたエネルギーの様なものですが、それを契約者から無理矢理吸い上げるような真似をすれば、最悪、心が死んでしまい二度と復帰出来なくなります。そんな被害に遭う人達を作らないよう、魔人(マリシアス)の問題は魔人(ジーニー)の手によって片付けなければなりません」


 ネシャートの静かだが真剣な言葉に、俺も市ヶ谷も言葉が無い。

 ネシャートに課せられた――少女の姿からは想像もつかないような過酷な宿命。その一端を垣間見た気がした。


「そっか……じゃあ、まだ私は安全ではないんだね……」


 市ヶ谷の表情が沈む。


「あ、その……いや」


 市ヶ谷に対してなんと言うべきか言葉を探すが適当な言葉が思い浮かばない。


「でも……だからネシャートちゃんに私を護って欲しいとお願いしたんだね?」


 先程までの表情とは無縁の、何処か嬉しそうな仕草をして俺を見る。

 なんだろう、ちょっと照れくさくなってきた。


「そうだ……だからその、当面警戒していて欲しいんだ……が……」

「うん、分かった……あと、今度は本当に照れくさそうだね」


 市ヶ谷にそう指摘されて、俺は益々どんな顔をしているか分からなくなった。


「でも、これからは私のことも頼りにして欲しい……かな? 特にその……佳奈さんのこと? とか……もちろん私はその人の事を憶えてないんだけど……でも何か……笠羽君の力になりたいよ……」


 市ヶ谷の少し躊躇(ためら)いがちな言葉に、俺は相好(そうごう)を崩す。


「じゃあさ、多分俺、時々佳奈がいたような行動をとって周囲に不審がられたりするかも知れないから、その時はフォロー頼むな?」

「う……それはちょっと無理かも」


 あっさり拒否ですか。

 まあ、傍目(はため)には奇行に走った人物をなだめるって行動だもんな。

 同時に市ヶ谷も奇異(きい)な目で見られる可能性もあるか。


「じゃあ、そうなったら後で愚痴でもきいてくれよ」


 市ヶ谷は「それくらいならいつでも」と了承してくれる。

 それだけでも有り難い。

 市ヶ谷の立場からしたら、俺は脳内の相手でも探しているような奇態な存在だ。普通なら会話すら避けたいだろう。ネシャートがいるから一応気を使ってくれているだけなのだから、こちらも不必要に甘えるべきじゃないだろう。


 やっと一息ついたと言わんばかりに、市ヶ谷は大きく息を吐いた。

 そして少しの間眼を閉じてからゆっくり開いて俺を正面から見据えた。


「どうしても、佳奈さんって人に会いたい?」


 俺は暫く自分のなかで自分の気持ちに向き合う。

 だが、出てくる答えなど、最初から決まっていた。


「ああ……俺は、もう一度佳奈に会いたい」


 それは今の俺にある、もっとも大切で確かな願いだった。


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