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17話 忘れていた過去

 案の定、アルバムの中には佳奈の姿が写った写真が無かった。

 それどころか、アルバムに収められた写真の枚数そのものがかなり減っていた。なにより俺の笑っている姿が驚く程少ない……そんな印象を受けた。


 高校に入ってからの写真は、一緒に日吉が写っているためか、枚数こそ減っているものの違和感の少ない写真が多い。あんなんでも大切な友達なのだと実感する。少しは大事にしないと。


 でも、中学の頃の写真は酷かった。

 殆ど、一人。

 修学旅行の写真など、友達と一緒に写っている写真など皆無だ。完全にボッちじゃねーかとも思ったが、それほどまでに佳奈と一緒にいたのだと痛感する。


 ああ、道理で。


 佳奈がいなくなり、何か自分の中で欠けたように感じるのも仕方ない。どれだけアイツと一緒に過ごしてきたかを、アルバムをめくる度に思い知らされる。見慣れない写真を見せつけられる度に、呼吸を忘れたのかと思う程に胸が締め付けられる。

 思わず涙で視界が歪みかかるが、市ヶ谷とネシャートの手前、なんとか堪えた。


 小学校の頃の写真も似たようなものだった。

 笑って写っている写真が少ないとは思ったが、この頃の写真は無理して笑っているのが在り在りと分かり、それが却って痛々しい。


 そして幼稚園の頃……。

 そこには凄く嬉しそうに笑う子供の頃の俺と、一緒になって笑っている女の子がいた。

 二人とも凄く仲が良さそうで、何枚も、何枚も一緒に写ってて、ずっと一緒だった事が分かる。佳奈に似た、でもどこか違う少女も本当に嬉しそうだった。


 そうか。

 だから俺は昨日この写真を見た時、佳奈だと思ったのだ。仲の良さも、一緒にいる時の気安さも、その笑顔も何もかもが佳奈と一緒にいる時と同じだった。


 ――その女の子、私じゃ無いよ?


 昨日佳奈はそう言った。

 だから、佳奈のいなくなったこの世界で、この写真は昨日見たまま残っている。

 それまで、ずっと黙っていた市ヶ谷が、そっとその写真を指さした。


「これ……私なの……」


 え?


 市ヶ谷の思いもかけない一言に、顔を上げるが、そのままどう反応したら良いか分からず言葉を失う。

 この写真の少女が市ヶ谷?

 俺は、市ヶ谷と子供の頃こんなに仲が良かったのかと、驚くと同時に自身の古い記憶を探る。

 佳奈と会う前、仲が良かった子が市ヶ谷?

 俺の中の古い記憶を探るが、今の市ヶ谷と写真の中の少女が上手く結び付かない。

 ただ、確かに当時の俺は、誰かと別れたくなくて大泣きした事がある。


 ──イヤだ! なんでだよ! おわかれなんてイヤだ!


 そう言って泣きじゃくる俺を前に、お袋も親父も本当に申し訳なさそうな顔をしていた。

 物心ついて出来た友達だから、別れると言うことが、もう会えないと言うことが辛かった。

 当時は親父の仕事の都合など理解出来る訳も無く、何故別れなければならないのかと理不尽に感じていただけだった。

 小学校に上がる時、その不満が爆発した事がある。その時の事は憶えているが……俺はあの時何と言っていたのだろう。なんと言って親を困らせたのだろう。

 俺は……。

 額に手をあて記憶を必死に探る俺を心配してか、覗き込むようにして市ヶ谷が俺の顔を見ていた。


 「大丈夫……?」


 そう声をかけられて、昔見た光景がフラッシュバックする。


 ──だいじょうぶ……? コウちゃん?

 ──イヤだ……おわかれなんてイヤだ! チカちゃんとおわかれなんて……。

 ──わたしもイヤだ……イヤだよぅ……。


 突如記憶の糸が次々と繋がり当時の記憶が湧き水のように溢れ出す。

 思い出の少女と目の前の市ヶ谷が、ゆっくりと重なる。


「……チカ……ちゃん?」

「コウちゃん……やっと思い出してくれた」


 そう言ってうっすら涙を浮かべながら、市ヶ谷は嬉しそうに微笑む。溢れそうになった涙を拭うため眼鏡を外した時に見た市ヶ谷の素顔は、確かに記憶にある少女の面影があった。


 そうだ。俺は当時チカちゃん──市ヶ谷一花と別れるのが本当に嫌で、辛くて……こんな思いをするくらいなら誰とも友達にならないと心に決めて、引っ越してから一週間以上も部屋に引き込もっていたのだ。


 記憶を取り戻すと共に当時の感情がダムの放水のようにあふれだす。その感情の奔流に胸が苦しくなる。

 同時に自分の中にある別の感情が沸き上がり、どう自分で整理して良いか分からず狼狽(うろた)えてしまう。


「本当にチカちゃんなのか……」

「うん……おばさまは昨日気がついてたけど……」


 マジか。お袋もなかなか(あなど)れんな。

 そう言えば市ヶ谷を見たとき、大きくなってとか言っていたが、あれは混乱していたのではなく、もしかしたら最初から気が付いていたのか?


 チカちゃんに……あれほど別れたくなかった昔馴染みに再会出来たことは嬉しいし、何より驚いている。

 だが、それ以上にその喜びをどこか一歩退いた位置で感じている気がした。


 ……原因は分かっている。

 今、俺が知りたいのは如何にして佳奈と再会するか……その一点が自分の中で大きすぎて、素直に《チカちゃん》との再会を心から喜べないのだ。

 それに……。


「今更、『チカちゃん』って呼ぶのも何か違和感があるな」


 俺は極力照れくさそうに見えるように視線を外して、そう言った。

 そんな俺を見る市ヶ谷が、酷く落胆しているように見えた。


「あ、ゴメンね。そうだよね。高校生にもなってコウちゃんって呼ばれるの恥ずかしいよね?」


 市ヶ谷の心遣いに、胸が痛くなった。

 違う。

 そうじゃない。

 そうじゃないんだ。

 俺はただ、佳奈以外から『コウちゃん』と呼ばれたくなかっただけだ。

 自分の中の違和感が受け入れられず、市ヶ谷を哀しませたことに、酷い自己嫌悪に囚われる。


「ご主人様、当時、どうやって佳奈さんに会ったか思い出せましたか?」


 ネシャートの一言で、自己嫌悪の渦から何とか抜け出す切っ掛けを得た。

 ネシャートもそれに気付いたから、わざわざ話題を変えてくれたのだろう。俺は心の中で盛大に頭を下げた。


「けど、やっぱりそこだけ出てこないな……」


 佳奈──いや、当時の俺の願いを叶えた《ジーニー》とはどこで会ったのだろう?


「少なくともランプとかは憶えてないんだよなぁ」

「ご主人様、私達ジーニーが宿る《神の工芸品》は何もランプだけとは限りません」

「そうなの?」


 ランプ以外にも、《神の工芸品》なるものが存在する事は初耳だ。


「そう言えば、『アラジンと魔法のランプ』でも、《指輪の魔人》が出てきてるわね」


 市ヶ谷が俺の疑問に答えるように発言する。


「そうだっけ?」

「ええ、確かアラジンは魔法使いに騙されて、洞窟の中に閉じ込められるんだけど、指輪の魔人の力をつかって洞窟から脱出するのよ」


 そうだっけか。まあ、俺は『アラジンと魔法のランプ』についてはじっくり読んだ事がないので、その辺の展開についてはかなり曖昧な記憶しかない。


「となると、指輪とかそっちの可能性もあるのか」

「ご主人様、私達が宿る《神の工芸品》は何も、それだけではありません。例えば、ネックレスやブローチなどの装飾品、杖や剣などの装備品、私のランプや燭台などの調度品、それこそあらゆる神器が存在しております」


 となると、何が《神の工芸品》だったか分からないと、記憶を探るのも難しいということか。

 逆に言うと、その《神の工芸品》とやらが何か分かれば、佳奈と出会った時の記憶も引き出しやすいかもしれない。

 とは言ったものの……。


「くそッ! やっぱり思い出せない……」


 ひとしきり、ぐしゃぐしゃと頭を掻きむしった後で、俺は悔しさと不甲斐なさに振り回されるように、己の膝に拳を叩きつける。

そんな俺を見かねたのか市ヶ谷は「ネシャートちゃんに記憶を取り戻して貰うよう、願うことは出来ないの?」と聞いてきた。しかし……。


「先程も申しましたが、それは出来かねます。私達ジーニーはお互い不干渉の原則があります。そしてご主人様の記憶を一部とは言え忘れさせたのが佳奈さんである以上、私にその記憶を取り戻すことは出来ません」


 あまりにキッパリとした物言いに、俺も市ヶ谷も一瞬息を呑む。


「何故、そこまで不干渉を貫くんだ?」


 当然の疑問が頭に浮かぶ。何か不都合があるのだろうか?


「ご主人様、もし私達に不干渉の原則が無く、契約者が複数の《神の工芸品》が世の中にあることを知ってしまった場合、契約者は何を願うと思いますか?」


 うん? そんな時、自分だったら何を願うだろうか?


「他の《神の工芸品》を入手しようとするんじゃないかしら?」

「はい、その通りです」


 市ヶ谷の回答をネシャートが肯定する。

 ただ、それの何が問題なのか、俺には分かりかねた。


「一度に複数の魔人に願いを叶えて貰えないんだから、その《神の工芸品》とやらが複数あっても意味はないだろう?」


 もし複数の魔人に願いを叶えて貰えるなら、そもそも俺は今、ここでこうしていない。


「うん、確かに魔人を呼び出す契約者が一人だけならそうなんだけど……例えば、組織だったらどうかな?」


 あ、そうか。確かに絶対一人である必要はない。

 例えば目的を同じくする人が集まって、複数の魔人と契約すれば、出来る事は増えるだろう。ネシャートも出来ないことがあると言っていたが、複数になればもしかしたら不可能を可能に出来るかも知れない。


「なるほど、確かにな……」

「でも重要なのはここから……もしその組織が良くない組織、例えばテロ集団だったり、あとは極端に攻撃的な思想を持つカルト団体だった場合、どういうことが起こると思う?」


 神妙な顔つきで問いかける市ヶ谷の重苦しい雰囲気に押され、頭に嫌な想像が沸き上がる。

 ネシャートも、市ヶ谷の考えを肯定するように小さく顎を引いた。


「でもさ、そもそもそう言う人物に《神の工芸品》が渡ること自体が問題あるような気がするんだけど……」

「大抵の場合、そう言う人物が《神の工芸品》を手にしても扱えません。そもそも資格がない人は《神の工芸品》を手にすることはありません」


 初めて会った頃もたしか資格がどうとか言っていた……その時は具体的に聞くことはしなかったのだが……。


「その資格ってどんなものなの?」

「魔力です」

「魔力?」


 魔力って……俺にそんな能力あるの?

 ぜんっぜん、自覚ないんですけど?


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