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13話 アルバムの中の思い出……そして

 俺は小さい頃からどんな生活をしていたか、簡単に説明した。


「じゃあ、ごしゅ……航一さんは、何度も引っ越しを繰り返して……」


 そうだ。

 子供の頃は、それこそ親の転勤で何度も引っ越した。

 引っ越す度に友達と別れて。

 それきりになった。


「小さい頃はそれこそ、引っ越しが嫌だったな」


 俺はぽつりと漏らす。

 何度も引っ越して。

 何度も別れて。

 何度も泣いた。

 そんな子供だった。

 小学校に上がる頃までそんな日常を繰り返していた。

 勿論、二人にはそんなことは言えないが。


「佳奈と出会ってからは、佳奈と一緒に転校を繰り返してたんだよな」

「そうだね。ずっと一緒だった……」


 佳奈の親父さんが俺の親父と同じプロジェクトに入ってからは、ずっと佳奈の家族と一緒に転勤を繰り返している。


「神成さんと会う前はどんな友達がいたの?」


 市ヶ谷がおずおずと聞いてくる。

 佳奈に会う前ねぇ……。


「いろんな人がいたからなぁ……」


 正直、かなり昔の事なので、もうかなり記憶が曖昧だ。

 しかも大抵が一年ほどしか一緒にいなかった。

 物心ついて以降となると、それこそ片手に収まる人数しか記憶にない。


「仲のいい人とかいなかったの?」


 市ヶ谷は何故か恥ずかしそうに、モジモジと小さくなっている。

 女帝と影で言われる市ヶ谷のそんな仕草は、ギャップがあって結構可愛いかった。クラスでももう少し愛想良くすれば良いのに。

 でも……仲のいい人かぁ。


「何人かいたはずだけど……やっぱり昔の事だから記憶が曖昧なんだよなぁ……」

「そっか……」


 市ヶ谷は、何処か寂しそうに肩を落とした。


「そんなとき、私とコウちゃんは出会ったんだよ!」


 だからなんでそんなドヤ顔なのかね。


「私のお父さんとコウちゃんのおじさんが同じ仕事をするようになってから、一緒に引っ越すようになったんだよね~」

「まあ……な」

「それってどのくらいの昔の話なんですか?」


 ネシャートも興味本位で聞いてくる。

 誰かの昔話なんて聞く機会がないんだろうなぁ。

 ネシャートは本を読んで貰う子供の様に眼を輝かせている。


「確か、小学校に上がる前くらいかな」

「え、小学校に上がった後だよう」


 あれ?

 そうだっけ?


「小学校に上がる前、この街で会ったんじゃなかったっけ?」

「え? この街で暮らして居たことがあるの?」


 市ヶ谷が驚いたように聞いてくる。


「ああ。幼稚園に通ってたころ、一年だけ」


 俺はパラパラとアルバムをめくる。

 アルバムにはいつも俺と佳奈が写っていた。

 最近の写真にも。

 中学生の頃の写真にも。

 小学校の頃の写真にも。

 俺と佳奈以外の友人達は、年が変わる度に別人となっていたが、俺達だけはいつも一緒に写っていた。


「いつも二人ご一緒にいたんですね」


 ネシャートの言葉に改めて実感させられる。

 中学の頃の写真を見れば、俺の佳奈の着ている制服が毎年異なるのに、俺達二人の笑顔はそのままだった。

 そうだ、別れが辛くていつも泣いていた子供は、このアルバムには存在しない。

 勿論、中には泣いているところを撮られた写真もある。

 でも、その時は俺だけじゃ無い。佳奈も泣いていた。

 二人で喧嘩して、二人で泣いて、それ以上に二人で笑っていた。

 普段はちょっと雑な付き合いだけど、褒めたりなんかしないけど、それでも佳奈に頭が上がらない理由を改めて感じた。


「お二人は……幸せなんですね」


 ネシャートの言葉にも普段は見せない感情が含まれているのを感じる。

 そしてアルバムに見入っている市ヶ谷も、何か様子がおかしい。


「どうかしたのか?」

「いえ、ちょっと羨ましいなって……そう思っただけよ」


 そう言った市ヶ谷はまるで捨てられた子犬のように見えた。

 あまり人付き合いが上手くないと以前漏らしていた市ヶ谷。

 だからこそ、余計にそう感じるのだろう。

 そんな市ヶ谷に対し、咄嗟にかける言葉を上手く紡ぎ出せず、代わりにアルバムのページをめくる。

 そこには俺と佳奈の幼稚園の頃の写真があった。


「ほら、みろ。やっぱり小学校上がる前に会ってるじゃねーか」


 今度は俺が自慢気に佳奈に見せる。


「コウちゃん、あのね……」

「なんだよ」


 佳奈が少し頬を染め、それでも申し訳なさそうに言った。


「その女の子、私じゃ無いよ?」

「え?」


 いや、これ佳奈だろ?

 見比べてみてもよく似てるじゃ……。

 そう……よく似てる。

 その感想が出ると言うことは別人なのだ。幼稚園の頃の写真の女の子は、佳奈によく似ているが、佳奈ではない他の誰かだった。

 佳奈より少し背が高くて、すこし大人しい感じのする、佳奈によく似た少女。

 確かに直後のページの写真と見比べると微妙に差がある。佳奈の方が華があるというか、誰にでも受け入れられそうな愛嬌があるが、幼稚園の頃の写真の少女は、佳奈より物静かな印象を受けた。

 ……この少女は……誰だったのだろうか……。


「航一! ケーキ買ってきたから皆で降りてきなさいよ! お茶入れるから佳奈ちゃん手伝って!」


 一瞬の静寂を壊すように階下のお袋から声がかかる。

 それだけで、その場を支配していた微妙な空気が、重苦しい雰囲気が一掃される。


「ああ、じゃあちょっと下で休憩しようか」

「休憩って疲れるようなことしてないけどね」


 俺の言葉に余計な一言を加えた後、佳奈はパタパタと階下に降りていく。

 つうか佳奈さん、それは言っちゃいかんよ。


「じゃあ、俺達も降りるか」


 そう言って残った二人を促す。

 市ヶ谷は立ち上がって、俺に寄り添うように近づく。

 想定外の市ヶ谷の行動に、俺の心臓が僅かに跳ねる。そんな、ちょっと動揺している俺の心の内を余所に、市ヶ谷は俺にそっと耳打ちする。


「たまには一緒に居られることが嬉しいって言ってあげたら?」


 う。

 まあ確かに意図的にそういうことは佳奈には言わないようにしている節はあるんだが。


「あんまり言うと、アイツはすぐ調子に乗るからなぁ」

「なるほど、感謝はしてるってことか」


 ぐぬぅ…………返答に困るなぁ。


「アイツには言うなよ」

「でも一緒に居られると言うことは素晴らしい事ですよ。」


 ネシャートが優しい視線を俺に投げかける。

 そうだな。

 一緒に居たいと最初に言ったのは、多分俺の方からだった。

 ただ、その前に何かがあった筈なんだけど……なんだろう。


「どうしたの? 急に難しい顔して」

「いや、なんか……佳奈に会う前になにかあった気がするんだが、どうにも思い出せなくて」

「そう……いつか思い出せると良いね」


 そう優しく言うと、市ヶ谷も部屋をでて階下に降りていく。

 その間、ネシャートはジッと俺を見ていた。

 その視線は何かを見極めようとしているような真剣さがあった。


「ネシャート、どうかしたか?」

「いえ、何でもありません」


 ネシャートは何事も無かったかのように、俺から視線を外し、階段を下りていった。

 なんなんだ?


 リビングに入ると、朱鷺子さんも来ていた。


「あれ。いらっしゃい。どうしたんですか」

「いえね、航一さんがウチの佳奈以外に女の子を連れ込んだと聞いて、手ぶらでは何なのでケーキを買ってから確認しにきたのですけど」


 朱鷺子さんの言葉の端々になにかこう、よからぬ感情が渦巻いているように感じるんだが。

 というか……なんか威圧されてませんか、俺?


「連れ込んだって……そもそも佳奈が市ヶ谷と約束して連れてきたんですよ?」

「あらまあ、そうだったんですの?」


 そうだったんですよ。俺も想定外だったんですけどね。てっきり佳奈の家に行くものだと思ってたし。


「あ、そうか。市ヶ谷さんとネシャートちゃんは初めてだったね。ウチのお母さんです」

「佳奈がいつもお世話になっております。神成朱鷺子と申します。『朱鷺子さん』か『お姉さん』、または『航一さんのお義母さん』と呼んでくださいね」

「ちょっとちょっとちょおおおっと! 朱鷺子さん! 一体何をいってるんですか!」


 流石にスルーできねぇよッ!

 なんでこう、ウチの母親と同じような事を言うかな。

 ほら見ろ、市ヶ谷もネシャートも眼を白黒させてるじゃねぇか。


「あの、変わったお母さんだね」

「うん……なんかゴメン」


 市ヶ谷が佳奈に耳打ちすると、佳奈は素直に謝罪した。

 ネシャートも呆気にとられているし。

 というかかなり驚いている。

 魔人を驚かせる存在とは…………なんて恐ろしい人なんだ……。


「……どうかしたか?」


 俺が声をかけると、ネシャートは「いえ……その何でもありません」と首を振った。

 何でもありませんって態度ではないが、平常心を取り戻したのか、すぐにいつものネシャートに戻り、朱鷺子に挨拶をしていた。


「ほら、お茶入ったから皆でケーキ食べよう!」


 佳奈が台所から人数分のお茶を持ってきて、朱鷺子さんが買ってきたケーキを取り出す。

 あまりケーキを見たことのないネシャートがキラキラと眼を輝かせてケーキを見ている。

 その一言を切っ掛けに皆で和気藹々としたお茶会が開始される。

 ただ、さっきのネシャートの態度が、心の何処かに引っかかっていた。



  ■■■



 結局市ヶ谷と佳奈、そして朱鷺子さんは、そのままウチで夕飯を食べていくことになった。

 久々に客が多いので、お袋のテンションも妙に高い。

 朱鷺子さんに佳奈も料理を手伝ったため、気が付けばかなりの種類の料理がテーブルの上に並べられた。その量に市ヶ谷も流石に「多すぎない?」と心配そうに俺に耳打ちした。

 まあ、余ったら冷蔵して俺の朝飯になったり昼飯になったりするだけなので、それほど問題では無い。

 同じメニューが続くと飽きるというデメリットはあるが。

 しかし、ポテトサラダに白身魚のフライ、チキンのパプリカ煮とショートパスタ、さらには手巻き寿司と、かなり節操のないメニューにはなっている。もうちょっと統一とっても良かったんではないかい?

 そんなことを思ってお袋を見ると、やたらに楽しそうにしていたので何も言えなかった。

 まあ、ちょっとしたパーティのような雰囲気にお袋が浮かれるのも、解らなくも無い。


 結局、食べ終わってみれば四割近い量の食事が残っていた。

 明日の夕飯まで残るな、これは。


 そう言えば、久々に楽しい食事をした気がする。

 ウチにこんなに人が集まって食事をしたのはいつ以来だろうか。

 たまにはこんな騒がしい食事も悪くなかった。



  ■■■



「こんな時間ですし、そろそろ帰りますね」


 市ヶ谷の一言で、かなり遅い時間になっていることに気が付く。

 市ヶ谷の自宅には既に連絡済みとはいえ、女の子一人で歩かせて良い時間でもなくなっている。


「航一、アンタ市ヶ谷さんを送っていきなさい。最近物騒なんだから」

「え! 大丈夫ですよ、そんな遠い所じゃないですし」

「いや、ちゃんと送っていくよ。」


 市ヶ谷が慌てて断ろうとするが、俺はその言葉を遮るように宣言する。


「そうだよ市ヶ谷さん。流石に一人じゃ危ないよ。コウちゃんの存在が危ないっていうなら私も着いて行くし」


 それはどういう意味だ?


「でしたら私もご一緒します」


 ネシャートもそう提案する。

 この面子で一番心強いのはネシャートかもしれない。魔人だし。


「……じゃあ、お願いしようかな」


 市ヶ谷はそう言ってくすぐったそうに笑った。



  ■■■



「え? 市ヶ谷の家って、駅を挟んで反対側だったのか?」


 駅の改札に向かわず、線路をくぐる歩行者用通路に入ったから何故かと思ったが、そういうことか。


「ええ、昔からそこに住んでいるわ」


 そこそこ住んでるところが近くて、ちょっと驚く。

 まあ、歩いて行くには結構距離があるけど。

 俺と市ヶ谷、そして佳奈とネシャートは駅の反対側の商店街を抜け、人通りの少ない商店街に向かう。


「でも、今日は本当に楽しかった。こんなのは本当に久しぶりで……その、ありがとうね」


 市ヶ谷が本当に嬉しそうに笑った。

 実際、嬉しかったであろうことは、その仕草から伝わってくる。

 歩きながら何度も振り向く様は、まるで踊っているように見えた。


「私も、今日は凄く楽しかったです」


 ネシャートも飛び跳ねんばかりに喜んでいた。

 ちょっと前に、『もっと自由で良いんじゃないか』とネシャートに言った手前、実際にそうしているネシャートを見ると、こっちまで嬉しくなってくる。


「私も、四人も集まったのはあまりないから、凄く楽しかったよ」

「そうだな、楽しかった」


 佳奈の言葉に俺も同意する。

 俺達はこの時、確かに幸せだった。

 舞い上がっていた。

 だから気が付かなかった。

 俺達をずっと見ている視線があることを。



 そしてそれは、遂に悪意を解放した。



 どん。

 市ヶ谷が角を曲がろうとした丁度その時、曲がり角から突然現れた人影が市ヶ谷とぶつかる。


「あ、ごめんなさ……」


 謝罪した市ヶ谷の言葉が途中で止まる。

 違和感が辺りを包む。何かがおかしい。

 そうだ……ぶつかったのなら、すぐに離れる筈だ。なのに、パーカーのフードを深く被った見た感じ小柄で華奢なその人物は、何時まで経っても市ヶ谷から離れる気配が無い。

 いや、離れた。

 くちゃり……と水か何かで濡れた音がする。

 その人物の手の中に何か光る物が見えた。

 どん。

 もう一度、市ヶ谷にぶつかった。

 むせ返る様な鉄錆に似た臭いが鼻腔を激しく叩く。


「おい! アンタ一体なにを……」


 再び市ヶ谷から離れたその人物が手に持っていたのは、市ヶ谷の血液をべったりと纏わり付かせた鈍色に光るナイフだった。


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