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1話 ランプの魔人?

 もし目の前に『アラジンと魔法のランプ』に出てきそうなランプが目の前にあったら、人はどうするだろうか?

 おそらく火を付けようとする人は皆無ではなかろうか。

 十中八九、手にとって擦ってみたくはならないだろうか。

 もし汚れていたら、布で拭ってみたくなるのではないか。


 そして何故か俺の前には、その豪奢な装飾をくすませる程に汚れたランプがおかれている。


 この俺、笠羽航一(かさば こういち)も類に漏れず『擦りたい』という欲求に抗えなず、手に持った《撃落ち君》をランプに近づけた。


「《撃落ち君》で!? それで擦ろうとした人は初めて聞いたよ!?」


 不意に横合いで声を荒げたのは俺の幼馴染み――僅かに内側にカールした栗色のミディアムヘアを軽く揺らし、澄んだ黒い瞳を俺に向け、屈み込むようにして俺の顔を覗き込む少女――神成佳奈(かんなり かな)だった。


「ならばこの俺が最初の人間に……って、んな訳あるかッ!」


 薄汚れた真鍮製の品物を《撃落ち君》で磨こうとした人間なんか、他に幾らでも存在するだろう。

 ただ、無闇やたらに吹聴しないだけで。


「つうか、カーディガンを羽織っているとは言え、胸元が開いたトップスは4月になったばかりのこの時期には少し寒いんじゃないですかね。いや、胸が大きいのは分かってるんだけど、そこまでして胸の谷間をアピールするのはあざとくはないですかね?」

「あざといとは酷い言い種だよう。それとも何かな? 幼馴染みを突然意識しちゃってちょっと動揺してる?」


 それはない。絶対に……と思ったが、それについては口にしない。

 佳奈は悪戯に成功したような笑いを口許に浮かべると、見せつけるように俺に迫ってくる。このまま相手をすると調子に乗ることは想像に難くない。


「さて、まずはランプを磨くか」

「さらっとスルーした?」


 横で佳奈が涙目になっているが、ここは相手をしない。聞く耳も持たない。


 なお俺が今手に持っているのは、あくまで『アラジンと魔法のランプに《出てきそう》なランプ』であって、眼の前にあるのは単なる骨董品──親父の土産物に混じってた何の変哲もない普通のランプだ。

 それでもランプを擦りたい欲求に駆られてしまうのは何故だろうか。


「まあ、真鍮製みたいだし、傷付いたりはしないかな」

「精一杯の女の子アピールを無視されて傷付いた幼馴染より、よりランプが傷付かないかの方が大事だと……?」


 横で佳奈がガックリと肩を落としているが、まあ、いつものことなので良いだろう。


「ていうか佳奈……いつの間にヒトの家に入り込んでるんだよ?」

「今さら? というか可愛い幼馴染みが極々普通に来訪して、勝手にコウちゃんの家に上がることに何か不都合でも?」

「その『勝手に』って部分に不都合があると思わんのか?」


 いや、確かに『勝手知ったる』って関係ではあるのだが。それでも『親しい仲にも礼儀』ってのが必要だと思う訳よ。

 あと自分で『可愛い』って言うことには異議があるが、それを口にするほど愚かでは無い。痛い目に遭いたくないし。


「でも静香(しずか)さんに『勝手に上がって航一の部屋を物色していいから』って鍵まで預かってるけど?」

「物色して良い訳がねぇだろうがぁッ!」


 静香とは俺の母親のことである。佳奈に『おばさん』と呼ばれたくない一心から、小さい頃から名前で呼ぶよう言い続けており、その甲斐あってか佳奈はお袋のことを名前で呼んでいる。

 また佳奈のお袋さんも同様に考えたらしく、俺も名前で呼ぶことを幼い頃から刷り込みされた経緯がある。大人ってズルイよな?


「ちなみにコウちゃん。下手に擦ったりして煙と共に恐ろしい姿をした魔人が出てきたらどうするの?」

「願いを叶えて貰う」

「即答!? でも願いを叶える代わりに魂持ってかれたり……」

「いや、それ何か別のもの混じってるよな? つうかそんなもの出てくる訳ねぇだろ?」


 かまわずランプを拭く。


 ブッシューーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!


「ぶっふぁっ!」

「きゃあっ!」


 ランプの先端から大量の光る煙が吹き出し、一瞬で視界が真っ白になる。


「佳奈! お前が変なこと言うから!」

「わ……私のせいじゃないよぅ!」


 反射的にランプから手を離す。

 ゴロゴロと音を立てて床に転がるランプを、二人して後退って遠巻きにする。

 ランプからあふれ出た光る煙は急速に渦を巻き、凝縮し、やがて人の形を取り始める。


 そう……人だ。

 それほど大きくない……いや、むしろ小さい。

 光が次第に薄れ、それが人として……少女としての外見を持っていることが認識できるようになったところで、それは目を開け、恭しくお辞儀をした。


「ご主人様! どの様な願いでもお申し付けください! 私は貴方の下僕(しもべ)。そのランプの契約者の奴隷でございます!」

「はぇ?」

「ふへ?」


 見た目、年の頃は十二から十三歳くらいの少女に、今『下僕』とか『奴隷』とかとんでもないことを言われた。言われてしまった。

 あまりの衝撃的な言葉に、俺の思考はたっぷり十秒ほど停止した。


 ……………………………………はっ!


 いやいやいや、思考を停止している場合じゃ無い。一度心を落ち着けて状況を再考しよう。


 小さな女の子に『私は貴方の奴隷』とか言われた。


 うん……いきなり犯罪チックになったな……。


 その少女は宙に浮いたまま笑顔でこちらを見て、ゆっくりと着地する。


 年の頃は十三前後と思ったが、恭しく礼をする仕草などを見ると、もう少し年上にも見えるが、こちらをみてにこやかに笑うその表情は、逆にもう少し年下にも感じられる。年齢不詳という言い方がしっくり来てしまう。

 褐色の肌に短く切りそろえられた赤みがかった金髪が眩しく、大きめのブルーの瞳が印象的な少女だった。

 服装は年格好の割には大胆なデザイン……起伏の少ない体を覆っているのはアラビアンドレスとでも言えばいいのだろうか……下半身は長めの布──といってもシースルーなので、脚はハッキリと見える──で覆われているが、上半身はそれに比べかなり布地が少ない。

 胸元は隠されているが肩から腕、お腹などは剥き出しなので、着る人が着ればやたらに官能的な衣装なのだろう。ただしその衣装の魅力を引き出すには力不足と言わざるを得ない体型の少女が着ているため、あまり官能的には見えない。


 もっともこの衣装をスタイルの良い女の子が着ていたら、逆に目のやり場に困っただろう。

 隣でその代表格のような存在が、俺をじーっと見ているのは何故なのか。しかも明らかに侮蔑というか、汚物でも見るような目付きで……。


「えっと……君は」

「ネシャート……そうお呼びください。ご主人様」

「じゃあ、ネシャートちゃん……」

「貴方は私のご主人様です。ネシャートとお呼び捨てください」

「じゃあ、ネシャート……君はその……まさかと思うけど、ランプの……」

「はい! 私はランプの魔人! ご主人様の奴隷でございます!」


 愛らしいと言った方が適切な外見の為か、自分の中で魔人のイメージに結びつかない。というか奴隷ってのは外せないのか?

 いや、確かに不可思議な現象にて目の前に現れた少女が人間ではない事くらい分かる。


「外見のせいか(にわか)には信じ難いな……」

「あの、この外見はご主人様の中にあるイメージから創造したものなのですが?」


 なんですと?


 このスケスケドレスを着た少女……というか幼女紙一重が?


 俺のイメージ?


 え?


 何のイメージ?


「コウちゃん……?」


 はうあっ!


 佳奈が俺を半目で睨む。

 いや、恐いです。佳奈さん。恐いです。勘弁してください。背中に変なオーラ背負うの止めてください。半目に開いた目を赤黒く光らせるの止めてください。あと、拳つくって俺の脇腹ドスドス叩くの止めてください。結構痛いです。

 いや本当の所、俺のイメージって言っても全く覚えが無い。俺自身「どういうことですか!?」と言いたい。


「あの、説明が不足してて申し訳ありません。その……ご主人様の中にあるイメージというのはご主人様の深層心理にある『願いを叶えてくれる存在のイメージ』であって『ご主人様の願望によるイメージ』とは異なるのですが……」

「んー……どう違うかもう少し詳しく説明してくれるか?」


 俺は佳奈に叩かれ続ける脇腹を押さえつつ、ネシャートに問いかけた。


「契約者の『大きな力によって願いを叶えてくれそうな存在』というイメージを元に私たちは外見を構成します。大概であれば、悪魔や女神の姿を模倣する事が多いのですが……」


 いや、そう言うイメージだったら俺も女神とかそっち系なんだが。あとは著作権的にアレな青いおっさんとか。


「例えばご主人様が幼少の頃に身近な女性に何か願いを叶えて貰った経験などがあれば、こういったイメージを持つ可能性もあると思われますが?」


 幼少の頃……ねぇ。


 確かにかつては強い願いがあった……幼少の頃は親の仕事の都合で頻繁に引っ越して別れを繰り返す事が酷く嫌だった……だが、佳奈と出会ってから――ずっと傍にいる幼馴染みに出会ってから――引っ越しを悲観的に思うことも無くなった。そう言う意味では幼い頃の佳奈に願いを叶えて貰ったと言えるかも知れない。

 佳奈は俺の視線に気付き、何か困ったかのようにほんの少しだけ赤面する。

 でも『魔人』の外見が少女ってのは良いのか?

 そんな俺の疑問に気付いたのだろうか、ネシャートは魔人とは思えない笑顔で嬉しそうに言った。


「でも私はこの外見、気に入っていますよ?」


 その笑顔は、本当に輝いて見えた。

 なのに……はっきりとは言えないが、なんとなく何かが欠けているようにも思えた。


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