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十字架  作者: 帝王星
妖の脈動
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第七話

 空を覆い隠すほどに巨大な樹木が立ち並ぶ樹海…その奥深くの木々が見下ろす先には、様々な思惑が交錯していた。


「こんなに短期間でこれだけ手に入るなんて…密猟者には願っても無いチャンスだ…よし、次の死骸は…」


 手や服を血塗れにした小柄な男は、妖の亡骸から剥ぎ取った肉体の一部を麻袋に入れ、他の亡骸へ歩み寄っていく。…だが何かにぶつかり尻餅をついてしまう。


「あっ……ぁ…」


 顔を上げた男は恐怖に震えだす。大蛇と獅子を合わせたような妖怪が、男の頭と同じ大きさの目で見下ろしているのだ。


「ひ、ひぃっ…」


 男は腰が抜けて動けないのか、後ずさることすらできずにいる。


 それを嘲笑うかのように、妖怪は巨大な口を開ける。凶悪な牙が獲物を確認するように顔を出し、鈍く光る。


「来るな…う、うわぁぁぁあ!!!」


 男が悲鳴をあげるのと同時に、妖怪は男へ飛び掛かる。

 刹那、右から飛翔した銀髪の男に異常な脚力で蹴り飛ばされた妖怪は、まるでそこらに落ちている小石のように吹き飛んだ。


「ほら、早く立て!いつまで腰抜かしてる気だ!」


 すぐ後に駆けてきた炎のような色の髪をした青年は、何が起きたか分からず放心している密猟者の男を支え起こす。


「あの妖怪は気絶しているうちに確保!そっちの彼は安全な本部へ連れて行って!」


 両目を包帯で覆っている銀髪の男は青年や他の人間に指示を出す。青年たちは返事をし、すぐさま行動に移っていく。


 そこに乱れた銀髪の青年が狼のような動きでやってくる。立ち止まるのと同時にふさふさとした尾が揺れる。


「ここら一帯は片付いた」

「そっか、連絡ありがとう。じゃあ次はこのさらに先だ」


 男は束ねた銀色の髪を尾のようになびかせ、さらに樹海の奥へと走る。


「ったく…妖怪については分かるけど、なんで密猟者まで保護しなきゃなんねぇんだよ…」


 狼の青年が包帯の男と並走しながら愚痴をこぼす。


「文句言わないの。なるべく平和に解決するのが俺たちの組織のモットーでしょ?」


 包帯の男は口元を緩め、優しく話す。


「そうだけど、自業自得なんだから奴らに食わせたっていいだろ。元はといえば、あいつらが乱獲や密猟なんかしなかったら、こんな事にはならなかったんだ」


 狼の青年は憎しみを露わにして顔をしかめ、ガムを吐き捨てるように言葉を放つ。


「そう、だからそれを取り締まるのも俺たちの組織の仕事。人間のしでかした悪事は人間が取り締まらないといけないからね」


 包帯の男は口元で柔らかい微笑みを形づくる。しかし包帯の下の瞳は真剣そのものだ。


「連絡だよ~」


 並走して進む二人の頭上から声が降ってくる。見上げた先には、木々の隙間を縫うように飛ぶ黒髪の青年がいた。


「一番後方は完璧だよ~妖怪も密猟者もほとんどが生存状態で確認済み~」


 子供のような喋り方をする蝙蝠の青年を見上げ、包帯の男は微笑みを浮かべた。


「そっか、ありがとうね」

「最前線は?」


 狼の青年は次の情報を催促するように尋ねる。


「え~っとね~、最前線はね~まだいっぱいいるんだけど~…」


 蝙蝠の青年はくるくると宙を回転するように舞い、思い出したように言う。


「あ、そうだった。妖怪達が出てきた穴がね~、ついさっき閉じたんだって~」

「本当か?」


 狼の青年は確認のために聞き直す。


「うん本当~、どんどん確保してるから妖怪の数も少なくなってるよ~」


 蝙蝠の青年は無垢な笑顔を浮かべる。


「そっか…じゃあ、この騒ぎが収まるのも時間の問題だね」


 包帯の男は穏やかな笑みを浮かべる。


「そうだな…まぁ、妖怪を黄泉へ返すまでが仕事だが…」


 三人の目前には、残りの妖怪達と数人の密猟者、そしてそれをどちらも相手取る組織の仲間たちが死闘を繰り広げている。


「さぁ、この森での騒ぎの最後の仕上げといこうか」


 三人は躊躇することなく妖怪の群れに向かっていった。



「できたよ!」


 桜が魔方陣を作り終える。

 俺は柊を抱え、桜と共に魔方陣の上に立つ。

 転送魔法が発動し、魔方陣の内側が光りに包まれる。


 光が消えると、辺りは先ほど居た洞窟ではなく、見覚えのある綺麗な室内に変わっている。出発する前、バアルさん達と話をした客間だ。


 だが今は部屋の電気は消え、バアルさん達の姿はない。


「今この部屋には居ないのか…桜、バアルさんを探してきてくれ」

「うん…!」


 桜はバアルさんを探しに急いで部屋を飛び出す。

 柊の容態を気にしながら、先程気が付いた首の痣を見る。


「…なんだ、この痣…」


 今まで柊と一緒に過ごしてきた中で、こんな痣など見たことがない。

 …恐らく、柊にこの傷を負わせた何者かの仕業だろう。


「…バアルさん達なら、何か知っているといいけど…」



「バアルさん…」


 息を切らせながらギルドの中を走り回り、バアルさんを探す。兄の容態が心配で仕方がないせいか、誰かに尋ねることすら忘れて探し回ってしまう。


 ギルド内を駆け回ったが、バアルさんは見当たらない。もしかしたら、外にいるのかもしれない。

 そう思いギルドの玄関から飛び出し、目の前から歩いて来た人にぶつかってしまう。


「あっ…す、すみません…!!」


 顔を見る前に頭を下げて謝った。


「いや、俺こそ悪かった…って、桜か?」


 すると聞き覚えのある声が頭上から降ってくる。パッと顔を上げてその人の顔を確認すると、紛れもなく、私がついさっきまで必死に探していたバアルさんだった。


「なんだ、もう帰ってたんだな。どうだった?」


 何も知らないバアルさんは、私の頭を優しく撫でながら問いかけてくる。


「っ…ぅぅ…!!」


 バアルさんを見つけた安心感と、未だに膨れ上がる不安に挟まれ、思わず泣き出してしまう。


「お、おい、どうしたんだ!?…まさか、何かあったのか?」

「ぅぅ…ひくっ……にぃ、が…」


 バアルさんの問いに答えようとするが、嗚咽が混じって上手く伝えられない。


「桜、落ち着いて話せ…何があったんだ?」


 そんな私の背中を、バアルさんは優しくさすりながら聞いてくれる。


「ぅ…柊、兄…がっ…ぅぅっ…」


 やっとの思いで、なんとか言葉にする。

 それだけで察してくれたのか、バアルさんは真剣な表情になった。


「…分かった。柊のところに案内してくれ」


 私は上手く出ない言葉の代わりに頷き、バアルさんを客間へと連れて行った。



 アメリカにあるかの有名な女神像。巨大な女神像が掲げるその松明の上に、2人の青年が立っている。


「ここがアメリカ合衆国!今俺たちが居るのは自由の女神が持ってる松明の上だよ」


 背の高い青年は得意げに話しながら、髪のてっぺんから伸びたアホ毛と、服の裾から出た派手な縞模様の尾を機嫌良さそうに揺らす。


「へぇ…自由の女神って、こんなところに乗れる場所があったんですね」


 背の低い青年は辺りをきょろきょろと見回しながら、ポケットから取り出したデジタルカメラで写真を撮る。


「また写真?どうせ向こうに帰ったらそれ消えちゃうんだよ?」


 背の高い青年は面白くなさそうに言う。


「それでも一応撮ります。いろいろ参考にしたいですし」


 背の低い青年は一通り写真を撮ると、カメラをポケットへとしまった。


「そう…で、今までいろいろ見てきてどうだった?少しは理想的な平和の参考にはなった?」


 背の高い青年は興味津々のようにきく。背の低い青年は縁のところまで行き、そこからの景色を見下ろしながら返事をする。


「はい、参考になりました。でも今日チェシャ君が連れて行ってくれた世界は、僕の考える理想的な平和の世界とは違う気がします」


 チェシャと呼ばれた背の高い青年は、不思議そうな表情をしながら背の低い青年の隣へ行く。


「んー、そうなの?俺は十分、今日見てきた世界は平和だと思うけど…黒人(くろと)の考える平和は難しいね」


「僕はあくまで、種族や身分など関係なく、争わず平和に共存できる世界が理想なんです。でも今いるこの世界ではその人々が居ないので、参考にしようがないです」


 黒人と呼ばれた背の低い青年は、身を乗り出して、眼下に広がる街並みを見下ろす。


 だがその街には活気がまるでなく、動物は時折目にできるが人の姿は全くない。建造物の壁はまるで何百年も放置されたように色が剥げ落ち、草木に覆われ廃墟と化している。見慣れた賑わいは失われ、野生動物や風の音しかしない。


「共存を考えてるなら、それもそうだね。でも俺はやっぱり…こうして人間が居なくなるのが一番手っ取り早いと思うんだけどなぁ」


 チェシャはやんわりと微笑み目を細めたが、猫のような瞳孔は廃れた街を冷たく見下ろしている。


「…それ、僕に遠回しに死ねって言ってますか?」


 黒人は不機嫌そうに頬を膨らまし、、ジト目でチェシャを見る。


「い、いや、そういう意味じゃないから!!それに、黒人達は別じゃん?」


 慌てて訂正するが、余計な一言でますます黒人は不満げな顔になる。


「死ねない身ではありますが、これでも僕は立派な人間です」


 機嫌を損ねたのか、子供の様に頬を膨らませる始末。


「ご、ごめんって!謝るから許してっ!」

「嫌です。チェシャ君の事なんて知りません」


 猫なのに犬のように縋り付くチェシャに、黒人は頬を膨らませたまま背を向ける。

 その時、カメラがポケットからこぼれ、遥か下まで落下してしまう。


「あ、僕のカメラが…」

「あ!ご、ごめんっ、すぐ戻すねっ…て、ちょっと待ったなにしてんの?!」


 黒人は手すりの上に立ち、今から飛び降りると言わんばかりの体制をとっている。


「何って、飛び降りてカメラを取りに行くんです」


 チェシャは、さも当たり前のように平然とした表情で言う黒人の手を掴んで引き止める。


「いやいやいや、何ちょっとコンビニ行くみたいに言ってるの!?いくら死なないからって体張りすぎでしょ!!」


「離してください、地面に着地する前に僕がキャッチしないとカメラが粉々になってしまいます」

「もう遅いから!それにカメラより自分が粉々になることは気にしないんだね!?」


 そんな漫才のような押し問答を繰り広げ数分後、なんとか黒人を説得したチェシャは先程落とした筈のカメラを黒人に手渡した。


「はい、カメラ…全く、無謀なことしないでよね…俺の能力でこれくらいできるんだから…」

「元はと言えばチェシャ君が悪いんじゃないですか」

「ひどいっ!でも間違ってはない!!」


「…そろそろ、僕たちの世界に帰りましょう」


 黒人はカメラをポケットにしまうとチェシャと手を繋ぐ。


「あ、うん、それもそうだね。じゃあ、いくよ?」

「はい、お願いします」


 チェシャは黒人が目を閉じたのを確認すると、空いてる手で指を鳴らした。音が消えると同時に二人の姿はその場から消えた。


 そして先程いた場所とよく似た場所に、二人は再び姿を現す。辺りからは風や波だけではなく、よく聞きなれた喧騒が聞こえてくる。


「…やっぱり、少し騒がしいくらいが落ち着きますね」


 黒人は再び街並みを見下ろす。そこは先程の廃墟ではなく、活気に満ち溢れた街があった。港からは船が出入りし、頭上には飛行機が飛んでいる。自分達のよく知る世界の見慣れた風景がそこには広がっていた。


「ね、ねぇ?もう怒ってないよね?」


 チェシャが機嫌を伺うように、黒人の顔を横から覗き込む。黒人は少し考えるような仕草をしてから答える。


「じゃあ僕の家の近所のコンビニで販売された新味のジェラートを買ってくれたら許します」

「え、ほんと!?買う買う!!ジェラート買いに行こう♪」


 チェシャは猫の長い尻尾を犬のように振りながら黒人と手を繋ぎ、また一瞬にしてその場から姿を消した。


―八話に続く―


チャットルーム

―情報室の中枢部―


―辞書さんが入室しました―

辞書:急で悪いが、中枢はいないか?

Mind:残念ですね、先ほど仕事に行かれましたよ

辞書:そうか…タイミングが悪いな…

Mind:情報ですか?

辞書:あぁ…早急にほしい情報があってな

Mind:僕が知ってることならお教えできますよ

辞書:本当か?助かる!十字の痣について何か知っていたら教えて欲しい

Mind:十字のアザ…ですか

辞書:あぁ…知り合いが仕事先で何かにやられたらしくてな…今は昏睡状態なんだ

Mind:十字の痣…夢魔の呪いかもしれません

辞書:夢魔の呪い…?詳しく聞かせてもらえないか

Mind:昏睡状態となると、毒も受けた可能性があります

辞書:毒と呪いか、厄介だな…

Mind:まずは毒ですね

Mind:これは専門の人を呼ばないと、どうにもならないです

辞書:専門か…毒についての専門なら、仕事仲間にいるから頼んでみる

Mind:呪いの方は本人に聞くしかありません

Mind:呪いをかけた相手に解除条件を告げられるはずです

辞書:なるほど…となると、まずは毒をなんとかしないといけないんだな

辞書:情報ありがとう、助かった

Mind:いえ、お役に立てて光栄です

―辞書さんが退室しました―

Mind:ありがとう、ですか

Mind:僕には似合わない言葉です

―Mindさんが退室しました―

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