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十字架  作者: 帝王星
妖の脈動
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第六話

 地図を持った影がひとつの建物の前で立ち止まる。


「…ここか」


 影が立っているのは、悪逆非道と名高い暴力団の事務所の前だった。

 事務所の前は閑散としていた。暴力団と関わりたい一般人などほとんどいない。


 影の華奢な手が緩く握られ、扉に正拳を叩き込む。扉は影の力に耐えられず、瓦解する。

 中で危険薬物を使用していた男たちが一斉に振り向く。


「さて、安立会っていうのはここかな?」


 影の仄かに甘い声。革張りの椅子に座る男が煙草の紫煙を影へと吐き出す。


「確かにここは安立会っちゅーとこだが、ここはあんちゃんみたいな善良な市民が来るところじゃねぇんだよ」


 影は黙して立っている。近寄った男が影を値踏みする。


「なかなかいい顔してんじゃねぇの、こりゃ帰すのが惜しいな」


 影の細い顎に男の太い指がかけられ、上を向かせられる。影の血のように赤い瞳は氷点下の温度だ。


「なるほど、男女問わず暴行して悦ぶ、情報通りの豚共だな」


 影が言葉を放つ。男たちの顔に怒りが浸透していく。


「てめぇっ!兄貴を豚呼ばわりしやがったな!」


 下っ派の一人が激昂し、影へと襲いかかる。

 影の手が突進してきた男の頭を掴む。


「なっ…!?」

「死ね」


 影の死刑宣言と共に、男の頭が柘榴の実を破裂させる。


「弱」


 影は心底退屈そうに欠伸をする。薬で脳をやられた男たちは、本能の働きが鈍っているのか武器をとっていく。


「予言するよ、君たちが全員まとめてかかってきても僕には勝てない」

「なんだとっ…!?」


 男の一人が銃をとる。影に照準を合わせ、発砲。

 影は瞬時に刀を抜刀し、弾丸を切る。


「だから無駄だって」


 力の差を悟った数人が逃げようとする。一人がセキュリティロックを解除しようとするも、反応しない。


「逃げようとしても無駄だよ、ここのセキュリティは全て乗っ取ったから」


 とたんに男たちの顔に絶望が広がっていく。


「お前はなんだっ!なんでこんなことをする!?」

「自分を殺そうとしてる相手にそれを訊くだけ愚問じゃない?」


 影が自らの細い顎に手をかけ、少し考える。


「あえて言うなら、君たちの死は決まったことだから、かな」


 まだ戦意を残していた男が左右から影に襲いかかる。

 風。


 襲いかかった男は一瞬で賽子状の肉片に変えられる。

 影の手には2本の刀が握られていた。


「僕の会話の邪魔をしないでくれる?」


 2本の刀は言葉に呼応するように輝きを増す。


「化け物だっ…!」


 一人の男が言葉を発する。それを聞いた影の赤い瞳が不快感に歪む。


「化け物?僕をそんな下等生物と同じにするな」


 影が左の刀を横に一閃。振られた角度内にいたものたちの腹に朱線が描かれ、ずれていった。断末魔と絶叫が響き渡る。


「拗ねないでよ『鬼灯(ほおずき)』…あとで僕の血を吸わせてあげるから」


 影は左手の刃に話しかける。刃に付着した血が、水が蒸発するように消えていく。


「ひっ、た、助けて…!」


 影は退屈そうに刃を振る。そのたび死体が増産されていく。


「こんなゴミ、相手にするだけ無駄だけど…依頼主の命令だし仕方ないか」


 刃の嵐が吹き荒れる。



 3分後、部屋に生存者は影一人となっていた。

 周囲には死体の山脈が連なり、間を血の大河が流れていく。


 血まみれとなった影は、頬に付着した血を手の甲で擦りとる。影が血を舐める。


「うぇ、不味。豚の血の味だ」


 秀麗な顔が不快の表情を象る。


「さて、あとは上か」


 影の細い足が死体の山を越えていく。



「お頭、賊はかなりの手練れです。恐らく殺し屋かと」


 幹部の一人が言葉を漏らす。革張りの椅子に座る男が唸る。


 こんな汚れた仕事をしている自分は、いつ狙われても仕方なかった。誰かの恨みが殺し屋という最悪の存在を呼び寄せてしまった、それだけのことだ。


 階段から不気味に響く足音。死神が近付いている証拠だ。


「…可及的速やかに賊を排除しろ」

「仰せのままに」


 幹部たちが武器を手に取る。



 階段を登り終える。そこは組長室らしく、写真で見た男と幹部たちが連なっている。


 幹部の一人が跳躍し、僕の喉めがけて刺突を繰り出してくる。左手の刀で受け止める。あまりにも軽い一撃に笑いが出そうになる。…向こうは全力のようだが。


 背後から抜け出た二人目の幹部が刀で攻撃してくる。跳んで回避。

 銃声と共に肩に痛み。

 見ると、左肩が撃ち抜かれていた。銃を構えた三人目の幹部が、回避を読んで撃ってきたのだ。


「…面白い」


 ご丁寧に貫通力の高い弾丸だ、これは痛い。

 左手に力が入らなくなり、刀を落とす。澄んだ音を立てて『鬼灯』が床に転がる。


「なるほど、妖刀か」


 幹部の一人が落とした刀を見て呟く。


「道理で下の者が敵わないわけだ」

「僕の力を妖刀だけだと考えるのは、あまりにも愚かだ」


 右手の刃も鞘に納める。


「まぁ、そっちの挑発に乗ってあげよう」


 今の自分は武器も持たない、丸腰の状態だ。


「来なよ、力の差を教えてあげる」


 僕の挑発にも、幹部たちは反応しない。


 一人が刀で斬りかかってくる。今度は避けずに、刀を手で掴む。

 銃を持った幹部が舌打ちし、僕めがけて発砲。


 初めに斬りかかってきた幹部の刀を掴んだまま、踵を支柱に回転。銃弾が刀を持った幹部の背中に命中。幹部の男は即死する。


―あと3人か。楽しませてくれるかな。

 死んだ男の足を掴む。別の幹部めがけて投げつける。肋骨が折れる鈍い音と共に、血を吐いた幹部は絶命。


 残り二人の幹部はそれぞれ銃と小刀を構え、僕めがけて襲いかかってくる。

 襲いかかってきた方の男の手をはたき、取り落とした小刀を、銃を持っていた幹部めがけて投擲。心臓を貫かれた幹部は即死。


 武器を失った幹部は素手で戦うつもりなのか、構えをとる。

 繰り出される拳を避け、敵の喉笛を掴む。


「バイバイ、少しは楽しめたよ」


 死の宣告と共に、右腕に力を込めていく。頸骨が折れる音が響き、最後の幹部も死んだ。


「さて、あとはあんただけだよ、組長さん」


 落ちていた鬼灯を拾い、鞘に納める。組長の男は無言で立ち上がる。


「遺言は3秒以内なら聞いてあげる」


 組長の男が口を開く。


「ここに来たのは、妹の差し金か?」

「これから死ぬ人間がそんなこと知ってどうするの?」


 相手の問いに冷酷な答えを投げつける。殺し屋は秘密主義、外に情報を漏らすことは基本ない。


「なら冥土の土産に教えてくれ、お前は何者だ」


 床に落ちたナイフを拾い、切っ先を男に向ける。


「名もない殺し屋だよ」


 ナイフを投擲。男が一瞬死の痙攣を起こし、倒れた。


「仕事完了。あとは妖刀を回収しておこう」


 ふとさきほどの言葉が頭をよぎる。今まで殺してきた相手は、助けを乞ったり僕に襲いかかってくることはあった。


「僕が何者か…ね」


 自然と笑っていた。声は誰にも拾われることなく消えていった。



 俺たちが目にした光景は、俺の想像とは異なっていた。

 洞窟に魔物の影はなかった。だが呼んでも柊の返事がない。


「椿兄さん!こっちっ!」


 先を進む桜が声をあげる。急いで駆けつける。

 柊が真っ青な顔で倒れている。


「柊っ!」


 柊のもとへ駆け寄り、抱き起こす。呼吸や脈を調べる。


「柊兄さん、どうして…」


 呼吸も脈も低下している、危険だ。


「桜、すぐ魔方陣の用意をしてくれ…まずはバアルさんのもとへ戻ろう」

「わかった!」


 桜が魔方陣を構築していく。柊の首に十字のアザがあるのに気がついた。



 追っ手はすぐ後ろまで迫っている。

―さすがに監視の八番か…こちらが追い付かれるのも時間の問題だ。


 人通りの多いところを風のように走っていく。

―おまけに断罪の十番と行動を共にしている…捕まったら、死ぬ。


 背中の刀が震える。最悪“こいつ”を抜かなくてはならないかもしれない。だがそれだけは避けたい。

―早くカラノのもとへ行かなければ。


 大気の分子に干渉、空気を踏んで跳躍。足元の群衆が自分を見て騒ぎ立てる。


 顔を見られるのはよくないと判断し、被っていたフードをさらに深めに被りなおす。自分の珍しい髪色は、見られれば確実に覚えられる。

 迷彩を使い、群衆の目から逃れる。


 腰に小さな振動。外套(コート)のポケットの携帯が鳴っていた。


「…こちら、万屋(よろずや)緋岸花(ひがんばな)』です」

「俺だ。レルネ、“例のモノ”は持っているな?」


 又従兄(またいとこ)であるテュールからだった。


「…『菖蒲(あやめ)』は僕が持ってる…」


 テュールは又従兄弟たちの中でも、まだ信用できる側だ。


「これからそっちに持っていくつもり…」

「あと5本か…」


 テュールがため息混じりの声を吐き出す。


「これが、本当に正しいやり方なんだろうか…」


 聞きなれない弱気の声だ。


「妖、魔族、竜、神族のためといえど…俺はこんなやり方が正しいとは思えない」


 自分も思っていたことだった。


「ても、ケイロン兄さんもユミル兄さんも、人族は抹消すべきだって…」


 人族は弟を殺した。絶対に許してはならない。あの瞬間を思い返すたび、激烈な怒りが沸き起こる。


「…そうだな」


 テュールの諦めたような声。怒りが渦巻くなか、自分の理性は疑問を囁く。

―何も知らない一般人を巻き込むのか?これでお前は満足か?死んだ弟は喜ぶのか?


「…僕には、もう何もわからない。でも何かをしていないと、何かに押し潰されてしまいそうなんだ…」


 心臓が痛い、物理的な痛みだった。


―七話に続く―


チャットルーム

―情報室の中枢部―


―電子さんが入室しました―

代理:あ、こんばんはです

辞書:お、初見さんか?

電子:はい、知り合いに聞いてきました

風:初めましてだねー

代理:初めまして、僕は代理と言います

辞書:俺は辞書だ、よろしくな電子さん

風:風だよ、一応情報屋をやってる

代理:そうでした、情報と聞いて思い出しました

風:どうかした?

代理:村正の妖刀について聞きたくて来たんでした

風:…これまた不吉な単語を

電子:あ、自分もそれ知りたくて来たんです

辞書:二人ともか…

風:…知らない方がいいよー

代理:どうしてですか?

風:不吉だからさ

電子:不吉とは?

辞書:妖刀に関わるとロクな目に合わないからな

風:おまけに『村正の傑作』だろ?命がいくつあっても足りないよ

代理:僕は足りそうですが…

風:やめといた方がいいぜ

辞書:まず、何の目的でそんなものに手を出そうとしてんだ?

代理:妖刀は人型になって話すことも出来ると聞いたので、仲良くなれたらな、と

風:妖刀と仲良しこよしができるやつなんて、そうそういないぜ?

代理:む、仲良しこよしじゃなくて、友人として仲良くなりたいんです

辞書:(やま)しい考えはないんだな?

代理:もちろんです

風:まー、俺は仲良くなれない方に一票かけるわ

電子:どうしてですか?

風:どうせ精神や命を食われて終わりだ

代理:む、やってみないとわからないじゃないですか

風:妖刀は人間を獲物としか見ていない

代理:む…

風:だからまずは力でねじ伏せないと、こちらが殺される

代理:相手を力で押さえつけたりするのは嫌いです

風:相手がそんな気持ちをわかってくれると思うか?

代理:分かってもらえるようにするんです

風:そんな方法があったら是非聞きたいところだ

電子:…風さん、代理さんをいじめるのはやめてください

辞書:まぁ、両方ともわからなくないがな

風:…はぁ、仕方ないね

代理:何か教えてくれるんですか?

風:何が知りたいんだ?

代理:だいたい何人ほどいるか知りたいです

風:99本だ

代理:わ、いっぱいいらっしゃるんですね

辞書:村正の妖刀以外も合わせたら、とんでもねぇ数はある

電子:…すごいです

風:他に聞きたいことは?

代理:えっと、どんな性格の人とか分かりますか?

辞書:妖刀によって性別も年齢も違うから、それはキツイと思うぞ

風:んー

代理:やっぱり会ってみないと分からないですか…

風:襲われないよう気をつけろよ?

代理:はい、ご心配ありがとうございます

風:…おっと、仕事が入っちまった

辞書:俺もそろそろ行かねぇとだ

―風さんが退室しました―

代理:風さん、辞書さん行ってらっしゃいです

―辞書さんが退室しました―

電子:妖刀、ヤバイ代物なんですね

代理:そうみたいですね…

代理:でも、僕は友達になりたいです

電子:どうして友達になろうと?

代理:妖刀の成り立ちを聞いたら、自分のことのように感じたので…

代理:身勝手な人達の道具なんかにされてほしくないんです

電子:そうですか、代理さんは優しい人ですね

代理:そうでしょうか?

電子:はい、そう思えるのはとてもいいことです

代理:ありがとうございます

電子:…いえ、そんな

代理:僕からも質問ですが、電子さんは何故妖刀について…?

電子:より良い世界を、妖刀たちと作っていきたいんです

代理:とてもいいお考えですね!

電子:そうですか?

代理:はい!

電子:ありがとうございます

代理:いつか電子さんとお会いしたいです

電子:俺と、ですか

代理:はい!先ほどおっしゃっていた、より良い世界についてお話ししたいです

電子:自慢できることじゃないですよ?

代理:それでも聞きたいです。これから作っていくより良い世界のについての参考にもしたいですから

電子:妖刀といえば数多くあるが、村正のものはほんの一握りだけ

電子:それらの妖刀には、転変地位さえ起こすほどの秘密があるという

電子:俺たちはその秘密を調べ、世界をよりよくするために使いたいんだ

代理:なるほど…

電子:少しは役に立てたか?

代理:はい!ありがとうございます

電子:それは何よりだ

代理:僕の友人にも、その話をしてみます

電子:そろそろ俺も出かけなきゃならないから、またな

代理:はい!またお話しましょう

―電子さんが退室しました―

―代理さんが退室しました―

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