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十字架  作者: 帝王星
妖の脈動
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第四話

「…仕事か」


 暗闇の中、凛とした若い声が響く。


「俺が呼び出されるとなると、外の世界はなかなか愉快なことになっているんだろう」


 声は期待の色を帯びていた。


「まぁ、歯応えのある仕事を期待するか」


 突如現れた2つの光点が、脈動するように歪む。


「災厄は放たれた」



 僕は自らが指定した場所に赴いていた。

 時計を見る。約束の時間まであと1分だ。


―時間に1秒でも遅れたら帰るって脅したから、恐らく来ると思うけど…

 と思った矢先、扉が開き女が入ってくる。


「すみません、遅くなりました」


 20代らしき女は僕の向かいにある革張りの椅子に腰かける。


「いえ、時間前ですから大丈夫ですよ」


 営業用の笑顔を顔に貼り付ける。


「では、ご用件を伺いましょうか」

「はい…実は、とある人物を殺害してほしいんです」


 女は鞄を漁り、一枚の写真を出す。写真には病弱そうな痩身の男が写っている。


「こちらの方ですか?」

「はい、私の兄です」


―身内殺害の依頼ねぇ、僕としては愉快で大歓迎だ。


「解りました、承りましょう」


 淡々と返事を返す。向かいの女は逆に怪訝な顔になる。


「…どうかしましたか?」

「…動機をお聞きにならないんですね」

「知る必要はありませんし、興味もありませんから」


 身内殺害の動機など安易に予想はつくし、あなたの情報もあらかた調べている、という答えは飲み込んでおく。


 女は黙りこんでしまった。


「それで、他に用件はございますか?」


 話題を変え、話しやすくしてやる。


「遺体を、跡形もなく消してください」

「よろしいんですか?」


 尋ねると、女の瞳に燐火が宿る。


「兄には数えきれないほど暴力暴行を受けてきました。この世から存在自体を消してしまわなければ気が済みません」


「いえ、そういうわけではなくて…“せっかくの賞金首を換金しなくていいんですか?”」


 女の表情が固まる。


「どうかしましたか?」

「どうしてそれを…」


 僕はあくまで笑顔のままだ。


「ご依頼を承りましたので、期日までにこちらの口座へ現金を振り込んでください。あとこちらの書類に記名を」


「…はい、わかりました」


 女は納得しきれない表情だが、書類に名前を書かせる。



「では依頼の件、よろしくお願いしますね」


 女は清々しい表情で部屋を出ていく。

 同時に胸元に振動。携帯が鳴っていた。


「はい、こちら影椿です」

「俺だ、ジーク」


 聞き覚えのある声だ。


「何?ユミル兄さん。僕忙しいんだけど」

「例のものは集まってる?」


 相変わらず、僕の事情など真っ向から無視した返答だ。


「集まった、といってもまだ2本だよ」

「なるほど、それならあと18本か」

「正直こんなものなくても、力で支配すればいいだけだと思うけどね」


 呆れたように言葉を返してやる。ユミル兄さんは小さく笑い声をあげる。


「まぁね、俺たちはクソみたいな人族とは違う」


 人族、いわゆる人間のことだ。


「権力は力ではない、だが力は権力だ…だったかな?」

「鴻章の評論、第八の虚無か」


 鴻章本人には会ったことがある。まるで世界に飽きたような、そんな男だった。


「でも絶対的な力でねじ伏せるのもいい。だからケイロンについていく。お前もそうだろ」

「違う、といえば嘘になるね」


 権力に飢えていない生き物などいない。


「まぁいいんじゃない?ゴミのように湧いた虫を掃除するのに掃除機を使わない道理はない」


 すると再びユミル兄さんは笑った。


「冗談もいいが、例のものを早くこちらに持ってくること。いい?」

「はいはい、わかってるよ」


 通話はそこで切れた。



 鬱蒼とした森の奥、二つの影が佇んでいた。

 一人は子供のようで、もう一人は女性のように線が細い。


「これから災厄を呼び込む」


 鈴のなるような美しい声だった。


「うん!僕頑張る!」


 もう一人は無邪気にはしゃいでいる。


「まずはカラノが空間に干渉、そして僕が干渉を安定させゲートを作る。この手はずは大丈夫?」


 鈴のような声は子供のような姿の影に向けられる。


「うん!いっぱい仲間を呼ぶんだよね!」

「始めるぞ」


 カラノと呼ばれた子供と、フードを深く被った痩身の影から強大な妖力波長が放たれる。


 何も異変のなかった森に、黒い穴が出現する。

 徐々に黒い穴は面積を増やしていき、人間一人が通れるくらいにまで広がる。

 同時に、溢れるように黒い何かが噴出する。


「黄泉の最下層に住む妖怪たちよ、顕現せよ」


 言葉に呼応するように、黒い何かは言葉にできない奇声を発する。


「人族を滅ぼし、妖の時代を始めるのだ」


 痩身の影から膨大な妖力が噴出する。


「貴様ら妖怪は、僕たちの計画が進めやすいように暴れていればいい」


 声には冷たい憎悪。隣のカラノが小さく肩を竦める。


「行け」


 その声を合図に、妖怪たちは四方八方へ散っていった。



「探すって言っても、どこを探したらいいんだろう」


 僕たち三人は、依頼を受けて立ち往生していた。


「情報がなさすぎるよね、どの辺りでなくなった、とか」


 桜がもっともな意見を述べる。確かに情報が少なすぎる。


「…俺の師匠に聞くか?お金とられるけど」


 兄が口を開く。


「そう言えば椿兄のお師匠さん、凄腕の情報屋だったよね、もしかしたら知ってるかも!」


 桜の表情がパッと明るくなる。

 対する兄はあまり乗り気ではなさそうだ。


「兄さん、どうしたの?」

「…いや、何でもない」


 桜は怪訝な顔をしている。


「とりあえず探すあてがない以上、どこかで情報調達しなきゃいけないし…」

「そうだな…」


 兄は思い詰めたような顔だ。


「とりあえずバアルさんのところに戻って、どうするか考えようよ」


 僕は二人を引っ張ってバアルさんのもとへ戻る。



「ギルドは…ここだな」


 広げていた地図を畳み、椿は視線を上げる。その先には砦のような立派な建物がそびえ立っている。入り口からは様々な人が出入りし、賑やかだ。


「わぁ…お城みたいに大きいし、人がたくさんいるね…」


 桜は通り過ぎる人達や、建物を見回している。


「依頼に来る人や、ここで働く人の出入りが盛んなんだろうね…やっぱりバアルさんのギルドはすごい…」

「ここで立ち止まってたら迷惑になるな…中へ入ろう」


 兄の言う通り、道の真ん中で突っ立っているのは他の人達に迷惑だ。僕と桜は、兄の後ろをついていく。


 ギルドの中へ入ると、広いホールに受け付けのカウンターが並んでいる。その一角に近づき、兄は受け付けの女性に声をかける。


「すみません、バアルさんに用があるんですが…」


 受付の女性は手元のメモを見ると笑顔でこちらに向き直った。


「あ、もしかして桐ヶ崎兄弟様ですか?」

「えっ、どうして私たちのことを…?」


 桜が不思議そうに聞く。


「ギルド長より、貴方がたが来たら通すように言付かっておりましたので」


女性は微笑みそう返した。


「バアルさん、わざわざ言ってくれてたんだ…」

「ギルド長は…この棟のこちらの部屋にいらっしゃいますよ」


 女性は建物の地図の一点を指す。そこには“客間”という文字が書かれている。


「ありがとうございます」


 兄は女性にお礼を言い、僕らに行こうとだけ言った。僕と桜は頷き、兄を先頭に客間へと向かった。


 地図を見ながら、広い建物を迷わないように歩くこと数分…客間へたどり着いた。中からは聞き覚えのある談笑が聞こえる。声色からして、きっとシトリーさんとストラスさん、そしてバアルさんだろう。


「ここみたいだね」

「話し声も聞こえるし、間違いないな」

「じゃあ、ノックするね」


 二人が頷くのを確認してから、僕は扉の前に立ち一呼吸あけてから扉をノックする。


「誰だ?」


 談笑の声はいつの間にか消え、真剣な声だけが返ってくる。思わず緊張し、息を呑む。


「桐ヶ崎柊です。依頼人のところから一度帰ってきました」


 妙な緊張のせいで、声が裏返る。


「柊たちか、待ってたぞ。入ってこい」


 僕の声から緊張を察してくれたのか、バアルさんは優しい声音で呼びかけてくれる。


「あ、はいっ」


 返事をしてから扉を開けて中へ入る。部屋の中は綺麗で落ち着くデザインで統一されている。その中央に設置されているソファに三人は座っていた。


「お疲れ!どうだった?」


 シトリーさんは興味津々で話しかけてくる。


「疲れてるのが分かってるなら後で聞きなさいよ」


 それを遮るようにストラスさんが言葉を浴びせる。


「お疲れさん。まぁ、とりあえず座れよ」


 バアルさんはソファをぽんぽんと叩き、歯を見せて微笑む。


「あ、はい…」


 僕たちは促されるままソファに座る。


「シトリー、コーヒーを淹れて来て」

「えぇ、柊君たちの話聞きたいのに!なんで俺が…」


 シトリーさんは不満そうな表情で頰を膨らませる。


「いいからみんなの分淹れてきて。話はそれからじゃないと聞かせないから」


 鋭い視線を向けるストラスさんには敵わないのか、シトリーさんは大きく溜息をつく。


「分かったよ…行ってくるよ…」


 仕方がなさそうに立ち上がり、シトリーさんは部屋を出て行った。



「ギルドの仕事をやらせたのは初めてだったな、どうだった?」


 バアルさんは緊張感をほぐすような満面の笑みで問いかける。


「それが…物探しの依頼はどこから探したらいいのかわからなくて…」


 兄が状況説明をしてくれる。僕は鞄から、老人に受け取った写真を取り出す。


「これを探してくれって言われたんです」


 写真を見た瞬間、穏和だったバアルさんの表情が凍る。隣のストラスさんも同じだった。


「…こいつはマズい代物だな」


 僕たちは揃って顔を見合わせる。


「あの、何がマズいんですか?」


 素直な疑問をぶつける。ただの日本刀のように見えるが、バアルさんの表情を見る限りそれだけではないはず。


「…お前たち、“妖刀(ようとう)”って聞いたことあるか?」


 妖刀?ファンタジー小説ではありきたりの、あの妖刀のことだろうか。


「それが、どうしたんですか?」


 バアルさんの瞳は真剣そのものだった。


「…いいか、よく聞け。お前たちが捜索を頼まれたこの刀は…『燕』と呼ばれる妖刀だ」

「…リーダーの不運は留まるところを知らないですね…」


 ストラスさんはこめかみに指をあてる。


「これは不運じゃない、俺の調査不足だ」


「あの、俺たちはかなり危険な仕事を受けてきてしまったってことですか?」


 兄が尋ねる。


「あぁ、かなり危険な仕事だ…妖刀ってだけでも十分危険だが、それを狙う輩もいる」


 妖刀、まだ危険という実感が伴わない。


「でも、あの人の願いを叶えてあげたい」


 桜が言葉をこぼす。


「お孫さんの形見を取り戻してあげたい…兄さんたちも、お父さんとお母さんの形見がなくなったら、探しに行くでしょ…?」


 …反論できなかった。


「…それは、そうだが…」

「なら、お願い…あの人を放っておけないよ」


 兄の曖昧な答えに、桜はくってかかる。


「はぁ…もとはといえば俺が任せた仕事だ、最後までやり遂げろ」

「バアルさん…!ありがとうございます!」


「だがひとつ約束だ。絶対に死ぬな、死にそうになったらすぐ逃げるんだ」


 バアルさんは真っ青な瞳で僕たちを見据える。


「コーヒー淹れてきたよ」


 拍子抜けな声と共に、開いたドアからシトリーさんが入ってくる。


「って何この重い空気…」


 コーヒーを配るシトリーさんは、室内の緊迫した雰囲気を感じ取ったように肩を竦める。


「ありがとうございます」


 コーヒーを受け取り、軽くお礼を言う。


「いいっていいって!あっ、あとで話聞かせてね!」


 ストラスさんがコーヒーカップに口をつける。


「温度が3度低い、淹れ直しよ」

「はぁ!?」

「まぁまぁ、今回はいいだろ、柊たちもいるんだし」

「…そうですね、リーダーに免じて、今回はいいでしょう」


 シトリーさんは泣きそうな顔になっていた。


「ひでぇ…」


 その言葉に返答するものは、誰一人いなかった。


―五話に続く―


チャットルーム

―情報室の中枢部―


―紅桜さんが入室しました―

包帯:紅桜さんこんにちは

紅桜:こんにちは、初めまして!

Seadevil:初めまして紅桜さん

包帯:初めまして、よろしくね

紅桜:兄がここによく来るそうなので、来てみました

包帯:へぇ、お兄さんが!もしかしたらお話したことあるかもね

Seadevil:なんとなく分からなくもないような…

風:心当たりあるの?

Seadevil:まぁ、な…

包帯:そんなことより、妖騒動についてちょっと情報入ってきたよ

風:お、マジで?聞かせて聞かせてー

Seadevil:あぁ、例のやつか

紅桜:妖騒動?

包帯:あ、紅桜さんは知らなかったかな

Seadevil:妖騒動っていうのは、最近一部地域で下級妖怪が大量発生して人里を襲ってるって話だ

風:ここのところ妖どもも妖刀に集ってやがる

紅桜:…その話詳しく聞かせてください

包帯:いいよ。俺が今分かってるところまでは教えるね

紅桜:ありがとうございます

包帯:原因は、最近密かに妖の乱獲をする輩がまた増えてきたみたいでね

包帯:一応、仕事の関係で取り締まってはいたけどかなりの数があがってるんだ

風:どうせ人体実験目当てでしょーね…

風:人間はいつの時代も…

包帯:妖たちが人里を襲ってるのはそれが原因で復讐しに来てるみたい

紅桜:…やはり、人間に非があるんですね…

Seadevil:同族だとしても本当に救いようがねぇよな

包帯:うん。でももう一つ原因があるみたいでね

風:もう一つ?

包帯:誰かが黄泉と現世を繋ぐ扉か何かをその地域に意図的に発生させたみたいでね

風:おいおい、それちょっと洒落にならねぇ

風:そりゃ“棺”沙汰だぞ

紅桜:棺、ですか?

Seadevil:棺についても初耳か

風:棺ってのは、この世界の理を守るために異端者を狩るやつらだ

風:簡単に言えば、犯罪者を取り締まる警察みたいなもんだな

紅桜:…知らないことだらけですね…

包帯:とりあえず今最前線では、そこから際限なく出てくる妖たちと、それをチャンスだと勘違いして向かう乱獲者、それら両方を相手どらなきゃならない俺たちの仲間でごった返してるよ

風:…まぁ、俺はいつも通り傍観者でいるだけさ

Seadevil:妖はともかく、なんで乱獲者まで保護しなきゃならねぇんだか…

紅桜:…なにか、お手伝いできることはないですか?

包帯:紅桜さんは優しいね、ありがとう

紅桜:妖の方たちも、辛いんだと思います

包帯:きっとそうだよね。とても危険な仕事だから手伝ってもらうことは出来ないけど、その相手を思いやる気持ちを持っていてくれたら嬉しいよ

紅桜:そう、ですか…

包帯:おっと、俺もそろそろ現場に行かないと

風:いてらー

包帯:みんな、身の回りに気をつけてね

じゃあ行ってきます!

―包帯さんが退室しました―

Seadevil:おう、いってら

風:優しく接するのはいいけど、妖の中には残忍で冷酷なやつもいる。

Seadevil:一見優しく見えても、あぶねぇ奴もいるからな

紅桜:はい、気を付けます

Seadevil:それにしても、妖刀に集まってるってとこが引っかかるな

風:ちょいと調べてきてやるよ

Seadevil:おう、頼む。俺の方でも調べてみる

―風さんが退室しました―

Seadevil:紅桜さんはこれからどうするんだ?

紅桜:これから仕事にいくつもりです

Seadevil:そうか、気を付けてな。今の情報だと、いつどこから妖が現れてもおかしくねぇ

紅桜:はい、心配ありがとうございます

Seadevil:じゃあ俺も行く。またな

―Seadevilさんが退室しました―

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