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十字架  作者: 帝王星
妖の脈動
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第三話

 バアルさんたちと一度別れ、飲み物をもって兄と妹の待つ席へ戻る。


「柊、どうした?えらく疲れた顔だな」


 事情を知らない二人は心配そうに僕を見る。先程あったことなど、とても言える気にならなかった。


「ううん、なんでもないよ。はい、ココアとカフェラテ」


 二人の前にそれぞれ所望の飲み物を置く。


「ありがと、柊兄」


 疲れを振り払うため、席にゆったりと座る。

 席に座ると乾燥した感触が手に触れる。依頼の報酬としてもらった紙包みだった。


 どことなく不気味な雰囲気を醸し出している包みは、そこにあるだけで威圧感があった。

 重力に引かれるように紙包みを凝視していると、注文した料理を運んできたウェイトレスがやってくる。


「ご注文の品をお持ちしました」

「ありがとうございます」


 ウェイトレスは僕たちの前に料理を並べ、一礼して去っていく。ほこほこと湯気をあげる料理に、嗅覚と食欲を刺激される。


「いただきます」


 兄は早速手を合わせ、料理に襲いかかる。桜も手を合わせ、ゆっくり味わうように食べる。僕も食欲をそそられ、お腹が盛大に鳴る。


 二人が音にびっくりしたのか、そろって顔をあげる。そして互いに見あい、クスッと笑う。

 お腹の音を聞かれたのが恥ずかしくなった僕は、恥ずかしさを紛らわすために料理を食べ始める。



「リーダー、気付いたか?」


 シトリーは着替えてもなおコーヒーの臭いを振り撒くバアルに尋ねる。


「あれは『裁きを下す者』だ」


 バアルは思考にふけるように目を閉じる。


「あれがどう影響してくるか…」


 ストラスは険しい表情だった。


「回収しますか?」

「いや、彼らはあれを悪用することはしないだろう」


 バアルは複雑そうな表情で返す。

 かつて弟子でもあった少年たちに降りかかる災難を予期したような顔だった。


「彼らは間違いなく、妖の災厄に巻き込まれるだろう…」


 ストラスとシトリーは無言で頷くだけだった。


「切り抜けて見せろ、椿、柊、桜…」



 一瞬不穏な気配がした。背筋を撫で付ける冷たい気配。


「柊兄、どうかしたの?」

「いや、なんでもないよ…」


 覇気のない返事をしてしまう。


「顔色、悪いよ?体調悪い?」

「…大丈夫」


 気色の悪い気配を振り払いつつ、食事を再開する。


「そう…ならいいけど、無理はしないでね?」

「うん、ごめん…」


 …気のせい、ということにしておこう。気にしたところで兄妹を不安にさせるだけだ。


「ふぅ、美味かった」


 椿はあの量をもう平らげてしまっている。


「兄さん、ちゃんと噛んだ?」

「大丈夫だって、喉に詰まりゃしないよ」


 兄はそういい、ココアのおかわりを注ぎに行ってしまった。

 相変わらずの兄さんの様子に笑みがこぼれる。


 そこではっと気がつく。さっきバアルさんに仕事のことを尋ねておけばよかった…


「はぁ…」


 思わずため息が漏れる。


「柊兄、ため息ついたら幸せ逃げていくよ?」

「え?あぁ、ごめん…」


 いつの間にか桜も完食していた。

 飲み物のコーナーからココアを注いできた兄が戻ってくる。


「お、あとは柊だけだな」


 変なプレッシャーをかけてくる兄。


「も、もう少しで食べ終わるよ…」


 僕の精一杯の反論に、二人はクスッと笑った。



「そういえばさっき、バアルさんたちに会ったよ」


 食事も終わり、僕たちは雑談を楽しんでいた。


「ここにいたのか?」

「うん、あとで仕事をもらいにいこうかなって思うんだけど…」

「多分、戻ってくるの遅かったの、バアルさんにコーヒーでもぶちまけたからじゃないかな」


 図星を突かれ、僕は思わず肩をすくめる。


「あぁ、バアルさんの不運ならあり得るな」


 兄も妹の意見に賛同する。


「と、とにかく料金払いにいこうよ!」


 慌てた僕は挙動不審になってしまっている。


「あぁ、そうだな」


 僕たちは立ち上がり、荷物を整理してレジへ向かった。ちょうどそこにバアルさんたち一行もやって来る。


「あ、バアルさん!お久しぶりです!」


 兄と妹は声を揃えて挨拶する。僕は先程のこともあり、気まずい空気を必死に殺そうとしていた。


「おぅ、久しぶりだな!元気にしてたか?」


 バアルさんは着替えていたが、強烈なほどにコーヒーの臭いを振り撒いていた。


「実はさっき柊とぶつかってコーヒーを被ってな。まぁぶつかっちまった俺が悪いんだが…」

「すみません…」


 さっきも謝ったというのに、僕は再び謝罪を口にしていた。


「いいっていいって!リーダーの不運はお墨付きだから!柊君が気に病むことはないよ」


 先程シトリーと名乗った男性が笑いながら手を振る。


「バアルさん、後ろの方は?」

「あぁ、こいつらは俺のギルドのメンバーのストラスとシトリーだ」


 桜の質問に対し、眩しいくらいの笑顔で答えるバアルさん。


「初めまして、桜ちゃんに椿君。私はストラス。そしてこっちがシトリー」


 ストラスさんはシトリーさんの耳を引っ張る。


「いででっ!痛いって!耳もげる!」


 バアルさんはもう慣れてるのか、またかといった表情だった。


「桐ヶ崎椿です。こちらは弟の柊、こっちは妹の桜です」


 兄が業務用の態度で応答する。


「礼儀正しい子ね」


 ストラスさんはシトリーさんをギロリと睨む。


「どこかの誰かさんとは大違いだわ」

「まぁまぁ、ストラスもそこまでにしておいてやれ。見た感じ、柊たちは俺らに用があるみたいだし」


 バアルさんは蒼く澄んだ瞳で僕たち3人を見据える。


「あ、はいっ、仕事を紹介してほしくて…」

「わかった。今はその話はあとでいい。領収書を貸しな」

「え?」


 領収書、ここのだろうか。言われるままに領収書をバアルさんに渡す。


「ストラスたちと先に外に出てろ。今日は俺が奢ってやるよ」

「えっ…そんな、悪いです!」


 僕は領収書を取り返そうとするが、バアルさんに身長が敵わず、届かない。


「いいって、たまには師匠らしいことさせろ」

「は、はぁ…」


 仕方がない、言っても聞き入れそうにないので、諦める。


「わざわざありがとうございます」


 兄と妹がバアルさんに礼を言う。バアルさんは照れ臭そうに頭をかく。



「ありがとうございました」


 ウェイトレスがお決まりの挨拶で僕たちを見送る。


「バアルさん、本当にすみません、わざわざ俺らの分まで払っていただいて…」

「いいって、代金は仕事をして返してもらうよ」


 バアルさんは経営者の表情となる。


「ちょうどいい仕事が入ってな、それを君たちにこなしてもらおう」


 僕たちは緊張のあまり、唾を飲み込む。


「そんなに緊張することはない。ただの落とし物探しだ」


 僕たちを安心させるためか、バアルさんの声は優しかった。


「落とし物って、何を探せばいいんですか?」

「あぁ、詳細は依頼人が直々に説明するそうだ。あまり人に知られたいものではないらしくてな」


 ギルドに依頼をする人たちも色々と訳ありのようだ。


「依頼人がこちらに直接おいでになるのですか?」

「いや、こちらから出向くということになっている」


 バアルさんはどこからか魔界の地図を取りだし、僕たちに見せる。地図には赤く光を放つ点があった。

 一度見たことがあるが、魔界の地図は魔力を流すと念じた地点が光る仕組みになっているのだ。


「そこが依頼人のいる邸宅だ」


 そう言い、バアルさんは地図を僕に渡す。


「仕事が終わるまで貸しておく。大事な仕事道具だからなくさないでくれよ?」

「は、はいっ、わかりました」


 バアルさんはギルドの方へ帰っていく。


「俺たちは先にギルドに戻ってる。仕事が終わったらギルドに来いよ」


 手を振りながら帰るバアルさん。途中で石につまずいていた。



 地図の案内に従い、依頼人のいる邸宅へ向かう。


「こんにちは、ギルドから仕事を受けてきました」


 椿が玄関のノックをならす。

 扉が開き、頬の肉が削げ落ちた老人が顔を出す。


「あぁ、バアル坊やのとこのかい?」

「はい、一応そういうことになってます」


 バアルさんが坊やと呼ばれていたことについては、敢えて突っ込まない。


「入りなさい」


 老人は僕たちを応接室へ連れていく。

 途中の通路に飾られている彫刻品は、どれも悪趣味なものばかりだ。

 不気味な像が並んでおり、どれもが吐き気を催すものだった。


 応接室には机と椅子以外何もなかった。

 青ざめた顔の桜にペットボトルの水を渡す。


「あの、依頼の探し物の詳細を聞きに来たんですが…」

「あぁ、それのことかい…」


 老人は咳払いをし、どこからか古いアルバムを出す。


「探してほしいのはこれじゃよ」


 老人はひとつの古い写真を指差す。そこには幼い子供が禍々しい刀を持って遊んでいる様子が写っていた。


「この子供が持っている刀を探してきてほしいのじゃ」


 背中をたわめ、不気味な表情を見せる老人。

 桜の顔は青いままだった。


「わかりました。写真をお借りしても良いですか?」

「構わんよ、ほれ」


 老人の骨と皮だけの指が、アルバムから写真を取り出す。


「ありがとうございます」


 椿がおずおずと写真を受けとる。


「わしの孫じゃ。6年前に衰弱して死んだがのぅ」


 老人は過去を懐かしむような目をしていた。


「わしのいた国は第二次魔界戦争に巻き込まれ、食料が乏しくなった。十分なものを食べられず、孫は日に日に痩せ衰えていった」


 老人の独白だった。僕たちは何も言わず耳を傾ける。


「その刀はな、孫の友人なのじゃ」

「友人?」


 意味がわからない。友人か誰かの形見だったのだろうか。


「…なるほど、知らないのじゃな」


 話が読めない。老人は何のことを言っている?


「…とにかく、その刀を探してくれば良いんですね?」

「…あぁ、燕の模様が彫られているから、すぐわかるだろう」

「ありがとうございます、では僕らはこれで…」


 兄はさっと席を立ち上がる。桜の顔は真っ青だった。


「刀を見つけたらまた来ますので」


 そそくさと屋敷を出ていく。


「桜、大丈夫か?」

「うん、大丈夫…」


 恐らくあの趣味の悪い像で気分を害しているのだろう。


「水、飲んどけ」

「ごめんね、お兄ちゃんたち…」

「…早く刀を見つけて届けてこよう。届けるときは僕一人で行ってくるから、兄さんは桜をお願い」


 兄は「わかった」と言って頷いた。

 そう、僕たちはまだ何も知らなかったのだ。


―四話に続く―

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