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十字架  作者: 帝王星
妖の脈動
11/18

第十話

 暖色の灯りに照らされた室内。その下ではパソコンの液晶から発せられる冷色の光が帯を伸ばしている。


 その前に座る赤い髪の青年は、モニターに映し出されていたチャット画面を閉じて、別のファイルを開く。そのページの文面を目で流し読み、リンクを次々に開いていく。


 デスクトップは一般向けの情報を掲載しているウェブサイトを幾つか映し出す。赤い髪の青年はコンピューターに入れているツールを開くと、馴れた手つきでキーボードを操作する。


 新しく画面に表示されたファイルには数字の羅列が隙間なく並んでいた。青年はほんの数秒ほど特徴的な黄色の瞳で数列を見ると、指先でキーボードをカタカタと叩き、エンターキーを押す。


 すると数列のファイルが閉じ、代わりに先ほどのサイトに似た画面が現れる。


 マウスカーソルを素早く動かし、サイト画面の中身をチェックする。他のページに移ろうとすると、暗証番号入力画面が表示される。

 青年は今度は別のツールを開き、キーボードを操作し始めた。


 それから数秒もしないうちに、青年の背後の扉から微かに玄関が開閉する音と、帰宅を告げる挨拶が聞こえた。


「ただいまです。遅くなりました」


 背の低い黒髪の青年が腕にコンビニの袋をさげた姿でリビングルームに入ってくる。


「遅すぎだ。今何時だと思ってんだ黒人(くろと)


 赤い髪の青年は黒人と呼んだ黒い髪の青年に向き直り、不機嫌そうに足と腕を組む。


「すみません。チェシャ君に連れて行って貰ったところで写真を撮っていたらつい遅くなってしまって」

「言い訳はいい」


 赤い髪の青年は、両腕を組んだまま背中から生えている蛸の触手を動かし机の上のカップを取り上げ、コーヒーを一口飲む。


「何の連絡もなく夜中まで外出したのは悪かったと思っています。真火(まか)君の好きなコーヒーゼリー買ってきましたから機嫌なおしてください」


 黒人はコンビニ袋の中からコーヒーゼリーとプラスチックのスプーンを取り出し、机の上に置く。


「…はぁ。次から気をつけろよな」


 文句を言いつつ、真火と呼ばれた赤い髪の青年はゼリーを手に取って蓋を開ける。


 一方、黒人はコンビニ袋からカップのジェラートとプラスチックのスプーンを取り出して蓋を開ける。すでにコーヒーゼリーを食べ始めた真火は黒人が出したジェラートを見る。


「…それは?」

「これですか?つい最近出たジェラートです」


 黒人は蓋を開け、薄い赤色のジェラートにスプーンを刺す。


「へぇ…味は?」

「フルーティトマト味です」


 真顔でそう言いながらジェラートを一口食べる黒人。思わず口に入れていたゼリーを吹き出しそうになる真火だったが、むせながらも何とか飲み込んだ。


「お前…本当に変わったもん買ってくるの好きだよな…」

「だって気になるじゃないですか。あ、フルーティで美味しいですこの新味のジェラート」


 黒人はジェラートが気に入ったのか、どんどん食べていく。


「へぇ…つか、フルーティで美味いってそのまんまの感想だな」

「食べてみれば分かります。どうぞ」


 黒人は席を立ち真火の目の前まで来ると、スプーンで掬ったジェラートを差し出す。

 真火は無言で眉を寄せて黒人を見る。


「口開けてください。あーんてします」

「何でだよ、自分で食う」


 真火は拒否してカップの方を取ろうと手を伸ばすが、黒人は取られないように背中の後ろに隠す。


「駄目です。ほら、溶けちゃいますから口開けてください」


 少しして諦めたのか、真火は仕方なく口を開けてジェラートが放り込まれるのを待つ。

 黒人はジェラートを真火の口へ運び、食べさせることができたのが嬉しかったのか、満足そうな表情になる。


「どうですか?」

「…確かにフルーティだが…若干青臭い」


 真火は口の中に広がる味に微妙な表情をする。


「そうですか?僕は以前のミントウォッシュ味よりは全然美味しいと思いますが…」

「あれは最悪だった…つかよくあんなの商品化しようと思ったな会社…」


「ミントウォッシュというか、歯磨き粉味でしたね」

「いや、石鹸味だった」


 そんなたわいもない話をしていると、パソコンからローディング完了の音が鳴る。


「お…終わったか」


 真火はパソコンに向き直ると、キーボードやマウスカーソルを操作し始める。


「またお仕事ですか?」


 黒人は横から画面を覗き込む。


「いいや、ちょっとチャットの方で気になる話を聞いたから調べてみてる」

「そうなんですか。ちなみに何についてですか?」


「バアルって奴がやってる魔界のギルドについてだ。つい数時間前に何者かに襲撃を受けたらしくてな」

「ギルドに襲撃をするなんて、物騒な人がいるんですね」


「多分人間じゃないだろうが…な」


 エンターキーを押すと、目的の情報が乗ったファイルが出てきたのか、真火は口角を上げる。


「出たぜ、これだ」


 黒人はファイルの中身を確認する。

 ファイルには、極秘であろう文書の通信記録が映し出されていた。



 数十分前…襲撃を受けたギルドでは様々な部隊の者が慌ただしく建物内を動き回っていた。捜索班は情報班から指示を受け次々に外へ。救護班と特攻班ははいつでも出撃できるように準備を整え、護衛班はギルドの敷地内を隈なく警備している。まさに難攻不落の城塞だ。


 このギルドにはチェスの名前を冠する五つの部隊、六つの称号がある。


 〈捜索〉を専門とする部隊、称号は『ポーン』

 〈救護〉を専門とする部隊、称号は『ビショップ』

 〈護衛〉を専門とする部隊、称号は『ナイト』

 〈情報〉を専門とする部隊、称号は『ルーク』

 〈特攻〉を専門とする部隊、称号は『クイーン』

 そしてその五つの部隊全てを統括するギルド長の称号『キング』


 その六つの称号をそれぞれ背に刻んだ最高責任者たちが一つの部屋に集まっていた。

 その6人が集まることは異例なことではない。だがその6人の中央に半分氷漬けとなった襲撃者がいるというのが異例だった。


「もう一度訊くぞ。お前の仲間内にいる黄緑の髪色をした夢魔についての情報を教えろ」


 キングの称号を制服に刻んだギルド長が、首から下が凍り付いた襲撃者に問いかける。


「夢魔なんて腐るほどいるし、そんな奴は知らない」


 襲撃者はひるむ様子なく緋く鋭い瞳で睨み返す。

 そんな襲撃者の整った顔の真横に刃渡り15㎝はあろう裁縫鋏が突き立てられ、氷にヒビが入る。


「知らないなんて嘘つかないほうがいいよー?私に嘘は通じないし、何より嘘つきは大嫌いだからぁ…嘘つく舌は切っちゃうよ?」


 捜索部隊ポーンの幹部は、その可愛らしい容姿に似合わない言動と行動で襲撃者に迫る。


「さっすがオロバス、嘘はお見通しだね!」


 護衛部隊ナイトの幹部は、その横から囃し立てるように声を上げる。


「茶化してないでさっさと貴方の読み取った情報を寄越しなさい、シトリー」


 特攻部隊クイーンの幹部は、シトリーを睨みながら強い口調で言う。


「うっ、分かったからそんなに目くじら立てないでよ、ストラス…。…えっへん、今読み取れたのはその黄緑の髪色の夢魔が身内だってことかな」

「何でわざとらしく咳払いしたのー?意味わかんなーい!」


 オロバスは先程の豹変ぶりとはうって変わり可愛らしい笑顔でケラケラと笑う。


「放っておきなさい、変に格好つけてるだけだから」

「変にじゃないよっ!」


 ストラスに一刀両断され悲痛な声を上げるシトリー。


「全く…お前達、もう少しちゃんとしていられないのか?」


 情報部隊ルークの幹部は、眼鏡の奥の黒い瞳を不愉快そうに細めため息をつく。


「…リーダー、これでいい?」


 救護部隊ビショップの幹部は、自分の能力で襲撃者の身体が壊死してしまうのを防ぐ作業をするのを終え、ギルド長のバアルに問いかける。


「ありがとうなガープ。…ウァサゴ、この妖の情報は何か掴めたか?」


 バアルはガープに微笑みかけてからウァサゴに話しかける。


「あぁ、少しは集まった」


 ウァサゴは眼鏡を人差し指と中指で押し上げてから、集めた情報を話し始める。


「まずそいつの名はユミル。妖の中での種は妖狐で…」


 言葉を続けようとしたところに携帯端末から着信音が鳴る。


「…すまない、少し待ってくれ」

「あぁ、全然いい」


 ポケットから携帯を取り出し、一言断ってから出る。


「お前、ユミルって名前だったんだな」


 バアルはユミルに視線を戻すと気さくに話しかける。


「馴れ馴れしく俺の名前を呼ぶな」


 ユミルはバアルを睨みつけながら唸り、バアルは苦笑いをする。


「…バアル、ちょっといいか?」


 携帯をしまったウァサゴはバアルの側へ来る。


「あぁ、どうした?」


 問いかけるバアルに、ウァサゴはそっと何事かを耳打ちをする。

 それを聞いたバアルは少し考えてからウァサゴに耳打ちし、何かを指示する。


「分かった、すぐに動かせよう」


 ウァサゴは了承すると、すぐに携帯で電話をかけ始める。その様子を見ていたユミルはバアルを見据える。


「…何をする気だ」

「ん?気になるのか?」


 バアルはニヤリと笑いながらユミルに向き直る。


「これからお前を使って、お前の仲間を誘き出すんだよ」


 その言葉を聞いた瞬間、先程まで少しも変わらなかったユミルの表情が固まった。



 ジークから情報をもらい、魔界へ出向く。

 情報ではあいつが捕まったのは…いや、考えるのは後だ。あいつは無事だと信じよう。


 一刻も早く目的地に向かわなければ。



「さすが下衆な魔族ども、やることも下劣だな」


 ユミルは軽蔑の眼差しで6人の幹部たちを睨む。


「おーおー言ってくれるじゃんか、けどお前の仲間がやってることの方が下劣じゃないか?」


 バアルは微笑みながら『竜胆』の切っ先をユミルに向ける。


「…お前の仲間の夢魔は攻撃さえしなかった者を串刺しにし、毒はおろか呪いまでかけた。別のお仲間は空間の狭間を開けて、妖怪を人間界に呼び込んだとまである。さらにお前は裏では大物賞金首。…下衆はどっちだ」


 ウァサゴは眼鏡を中指で直し、ユミルに冷徹な眼差しを向ける。


「…大物賞金首ってのは認めるよ、でもそんな俺がこんなに簡単に“捕まってやってる”のは何故でしょう?」


 バアルはそこで異変に気付く。赤い瞳は瞳孔が細くなり、猫のように不気味な瞳になっていた。


「こいつの目を見るなっ!」


 バアルは声を張り上げて叫ぶ。だが目を見てしまったらしい幹部の一人、シトリーは力なく項垂れる。


「解答その1。アホの幹部の誰か一人に取り付いて人質にすれば、攻撃は躊躇うよね?」


 声はシトリーのものだった。


「化け狐の通り、憑依能力か」


 ウァサゴが冷静に分析する。

 シトリーの体を乗っ取ったユミルは、辺りを焼き払うべく手に焔を灯す。


「チッ、焔まで使えるのか」


 ウァサゴは苦々しく吐き捨てる。


「リーダー、どうするんだ」


 バアルは竜胆を構える。


「いいだろう、シトリーが“目覚める”まで相手してやる」

「目覚める?永眠の間違いでしょ?」


 操られているシトリーの尾骨の辺りから、金毛の狐の尾が一本、二本と伸びる。


「まずは小手調から」


 操られたシトリーの表面に、薄く黄色の光の膜が現れる。


「俺一人で十分だ」


 バアルは『竜胆』の切っ先で氷をつつく。

 開幕の合図とばかりに操られたシトリーは間合いを詰める。超高速で放たれた両の眼を狙う指をバアルがはたき落とす。

 その隙に反対の腕は鳩尾を狙う。バアルは空いていた手で受け止める。


「いつまで寝てる気だ、お前の給料減らすぞシトリー」


 バアルは心底眠そうな表情だ。


「なんなら焼き肉全員分の奢りも課すぞ?」


 その時、操られたシトリーの動きが突然止まる。


「なんっ…!?」


 シトリーの手は自身の瞳を押さえる。瞳は赤と青に明転している。徐々に青の割合が増えていき、青に染まる。


「…どういうことだ、何故俺の憑依を解ける…?!」


 声を発したのは氷漬けになったユミルの体の方だった。


「リーダー酷いよ、なんてったって俺の給料減らすの?」


 シトリーは泣きそうな顔だ。


「敵の能力はあらかじめ調べておくんだな、坊や」

「っ…くそ」

「俺って思考侵食とか憑依系のプロだからねー、取り憑いた相手が悪かったね」


 シトリーはそう言い、ストラスとオロバスに向き直る。


「どお?俺ってかっこいい?」

「寿命を縮めたかったのなら早く言いなさい」


 ストラスが一言で切って捨てる。またもやシトリーは半泣きになる。


「お前の詰みだ。大人しくしていてもらおうか」


 再びユミルの眼前に刀が突きつけられる。


―十一話に続く―


チャットルーム

―情報室の中枢部―


―Mindさんが入室しました―

包帯:Mindさんこんばんは

Mind:はい、お久しぶりです

風:世の中も物騒だな、ったく

Seadevil:久しぶり

包帯:そうだね

風:俺の集めた情報はそんくらいだ、役に立てたか?

Mind:…情報、ですか?

包帯:うん、ちょっととあることについてね

包帯:とっても助かるよ

Mind:差し支えがなければ僕にも教えていただけませんか?

風:…構わねぇぜ

風:最近妖が妖刀に群がってる理由だ

包帯:最初は、ただ妖刀の力にひかれてるのかとも思っていたんだけどね

Mind:…理由、と言いますと?

風:どうも鴻章の文章をマジに考えてるみてぇだ

Mind:あぁ、あの、創造神をも操ることができるというあれですか?

Mind:迷信でしょう?

包帯:でも今回の騒動を起こした妖たちは、少なくとも本気にしてると思うよ

風:現に狙われた妖刀は全て『村正の傑作』だしな

Seadevil:それに、ギルドの方も面白い動きを始めてる

風:何かわかったのか?

Seadevil:あぁ、ちょっと通信履歴をハッキングしたらな

Seadevil:どうやら襲撃者を捕まえたらしい

包帯:へぇ、捕まえられたんだね

Mind:そうですか…

Seadevil:そう時間がかからない内に、他の奴もギルドに向かってくるかもな

風:芋づる式で釣れればいいんだけどな

Seadevil:まぁ敵も馬鹿じゃないだろうから、どうなるかはまだ分からないな

包帯:どっちが上手か…それが鍵になるだろうね

Mind:…なるほど

包帯:Mindさんはどう思う?

Mind:…簡単に、とはいかないでしょう

包帯:そっか

Seadevil:俺はまた進展がないか調べてくる

風:了解だ

Mind:…もしその鴻章の文章が本当で、妖たちが妖刀を集めてしまったら、どうするつもりなんでしょう…

風:…興味深い質問だな、実は目的がよくわかんねぇんだよ

包帯:今までにこんなことはなかったからね

風:それだけに、調べる価値はある

包帯:これは俺の勘でしかないけど…妖たちの裏に、別の人物がいるんじゃないかと思うんだよね

Mind:…どうしてですか?

包帯:妖たちが急にこんなことを始めるなんて、誰かにそそのかされでもしなければありえないんじゃないかと思ってね

風:…確かにな

包帯:俺も、そのことについて少し調べものをしてくるよ

―包帯さんが退室しました―

風:調べてみる価値はありそうだな

Mind:あ、すみません仕事が入ったので失礼します

Seadevil:包帯もMindさんもいってらっしゃい

風:…今日はお開きだな

Seadevil:そうだな

風:あとで情報の交換でもしようぜ

Seadevil:あぁ、個人の方でまた落ち合おう

風:了解だ

―Seadevilさんが退室しました―

―風さんが退室しました―

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