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花宝石の箱庭  作者: 琴花翠音
第一章 神の力を求めて
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硝子幻想

 部屋に戻ったエレンは、力が抜けたようにベッドに座り込んだ。突然のことで、何をしていいのかわからなくなっていた。セーラの訓練に付き添うこともできるが、ほとんどロサートに任せていて、習得するスピードや技量も既に申し分ないほどだった。


「…どうしよう…」


 ため息混じりに呟くと、特に目的を見つけたわけでもなく、部屋をそっと出た。シェリーは、今は任務についているため、もちろんガーデンには居ない。セリーナも、体調や家柄のこともあって自宅に戻っている。

 普段は任務がある時間に自分がガーデン(ここ)にいることにエレンは、なんとも奇妙な感覚を覚えた。ふらふらと散策していると、最終的には空中庭園へ繋がる扉の前にたどり着いていた。


 ゆっくりと重々しい扉を開け、いつものように大樹の元へ歩いていった。大樹に触れて、中の階段を上がって行こうとした刹那、エレンは歩みを止めた。


「…歌?」


 はっきりとは聞こえないが、確かに歌が聞こえる。透き通るような美しい、それでいて消え入りそうな儚い歌声。エレンは、自然とその歌声に導かれるように、歌の聞こえる方へ向かった。歌の言語や意味はわからない。しかし、その歌声の元へ行かないといけない気がして、彼女は歩いて行く。


 庭園の隅へ来ると、小さな池が現れた。その池の中央に、ガラス張りの温室のような、鳥籠にも似た小屋が建っていた。エレンは池に沿って歩き、反対側にある小屋と岸を繋ぐ小径を見つけた。迷うことなくその小径を渡り、小屋の扉を開けると、中は小さな外見と違い、程よい広さがあった。

 壁も天井も全面ガラス張りで、部屋の中には、素朴な小花の白を基調とした硝花が、まるで星空のように床や天井にまで散りばめられていた。


 部屋を進んでいくと、エレンは奥にあるものに気付いた。周りにある硝花と違い、圧倒的な存在感で鎮座する、半透明の大きな白薔薇の硝花が閉じ込められた水晶玉。エレンの腰の高さ程ある大きさにも驚くが、何よりもその美しさに声が出なかった。


「"私の花"、なんですよ…」

「っ!…あっ…アンジュ、さん?」


 硝花に見惚れていて、突然声をかけられたことで思わず飛び退いたエレン。そこに立っていたのは、柔らかいプラチナブロンドの髪を揺らす"天使"──アンジュだった。


「…どうかしました? 顔色があまりよくないみたいですけど…」

「あっ…いえ、大丈夫です」

「…ここ…わがまま言って、作ってもらったんです。少しでも澄んだ水がある場所にいないと、息苦しくて…」

「そう、なんですか?」

「ええ、実は…ね。だから、ここはもう私の部屋同然。良ければ、お話聞きましょうか?」

「え…?」

「何か…思い悩んでいることがあるのではないですか?」


 自分の心内を見透かされたような気分になり、エレンは若干の畏怖を感じた。それに気付いてか、アンジュは優しく、柔らかく微笑んだ。その笑みを見るとエレンは怖れも忘れ、安心した表情を見せる。そして、短く一息吐くと、落ち着いて話し出した。


「…最近、アールに避けられているような気がして、ならないんです…」

「アールさんが? お二人は、とても仲良く見えますけど…」

「そっ…そうですか?」

「はい、お似合いだと思います」

「あ…ありがとう、ございます…」

「…それで、どうして避けられていると思うのですか?」

「…何か、私に隠し事をしているような…そんな気がするんです。私…ここ最近の任務の内容を、全く覚えてなくて、アールに聞こうとしても、どこかはぐらかされて…」

「…そうだったんですか…それじゃあ、空を見てきたらどうでしょう?」

「空?」

「えぇ…この世界の空は、真実を映す"鏡空(カガミゾラ)"…あなたが知りたい事実を強く望めば、この世界で暮らす者に応えて見せてくれると思いますよ…」

「鏡空…」


 アンジュがゆっくりと話すと、エレンは繰り返して呟いた。そしておもむろに立ち上がり、アンジュに一礼すると、小屋を出て行った。それと入れ代わるように、メリヴァが怪訝な表情でエレンが行った方向を見つめながら入ってきた。


「…なんでわざわざ、ここにいる人間を敵にまわすようなことをするのよ…司令官や彼にこの事が知られたら、非難どころじゃないわよ?」

「…大丈夫ですよ。ちゃんと彼女には、私が教えたことを忘れるよう、軽い傀儡術をかけていますから…」

「まあ…用意周到ね…」

「…確かに、アールさんには申し訳ありませんけど、彼女が全てを思い出すためには、敵であるあの方も利用させていただくしかありませんから…彼女…"あのお方"の記憶が戻らなければ、私たちの存在自体が危うくなります…それは、メリヴァさんも気付いているでしょう?」

「…そうね…私たちは、いつ消えてもおかしくないわ…」


 自分に言い聞かせるように呟いたあと、先ほどエレンが見惚れていた、部屋に鎮座する水晶玉を、憂いを含んだ目で見つめてメリヴァは部屋を出て行った。

 彼女に何も言わず、ただ見送っていたアンジュも、ふと天井を仰ぎ見ると、やわらかい光に包まれ、何かに吸い込まれるようにしてその場から姿を消した。

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