7:訣別Ⅴ
心の準備をする間もなく、魔女姫が唐突に表れる。ドゥーガルの言う通り、デズモンドだけでも厄介であるのに、ここからどうすればいいのか困惑してしまう。
自然とアルへと目を向ける。
「……まさかリディア姫まで来るとはな」
「はじめまして。と言っておくべきか。いろいろ嗅ぎまわってるようだな兎。……というよりかは鼠か何かか?」
ほとんど開口一番で、リディアは見下すようにアルに言葉を向ける。
「……俺は自分で兎と名乗ったつもりはないからな。勝手な呼び名を付けられてちょうど迷惑していたところだ」
「ほう……、兎のつもりはなかったか。だが私の眼には、矮小な鼠に見える」
「何とでも言え。魔女姫」
「ふ……」
リディアが嗤う。一見隙だらけだが、剣を抜き、構えを解くことはなく、発する殺意は感じたままだ。
「アヤメ、セネガルさんを頼む」
上着を脱いだアルは、私に向けて上着を投げる。リディアとデズモンドを警戒しながら、アルは決して二人から目線を外すことはなかった。
「どうすれば……」
私に治療の知識も術もない。上着を渡されたところでどうすればいいのか。
「セネガルさん……治癒いけますか」
「それくらいなら……な」
「アヤメ……その服で血を抑えてあげてくれ。それだけでもだいぶマシなはずだ」
「分かった……」
自分の役目を示されて、私は腰を落とすセネガルさんの元へと向かう。
「だが、足手まといになるつもりはない」
そう言って、セネガルさんは明らかに血に濡れた傷を抱えながら、立ち上がろうとする。この場から離れて、これ以上劣勢の引き金になる気はないという意思の表れである。
「いや、そこにいてくれセネガルさん」
「……なにっ……」
赤い血を垂らした口から、セネガルさんが声を張る。私も、エルムもアルの意図が分からず一斉に視線を集めた。
「奴らの狙いはアヤメだ。それも無傷でと考えている。アヤメがいる限りは、包囲的な魔法攻撃されることはないはずだ」
「……!?」
「逆に離れたほうが、より危険の可能性が高くなる」
リディアと、デズモンドの眼が変わった。
「……ふ、まぁどちらでもいいことよ。結果は変わらない」
「そうですねぇ。それに、三対二ってところですが、このまま続けるおつもりで?」
デズモンドの魔力が高まる。風が吹いた。魔力の渦がデズモンドを中心にうねりをあげる。魔力のオーラが、殺気が全身に満ちる。
リディア、デズモンド、そしてドゥーガル。こちらはエルムとアルしかいない。それにアルは、デズモンドに比べれば既に満身創痍といえた。
「……俺が二人相手してやる」
アルがはっきりと口にする。どこからこみ上げた自信なのか。淀みなく、憂いなくまっすぐに言い放った。
「く、くくっ、舐められたものですねぇ。この私を前に……」
デズモンドの気が触れる。
「馬鹿が……、何考えてやがる。アルフレッドッ!」
ドゥーガルが吠えた。
「……こうするしかないんだよ。お前がそっちに回ったからな」
「っ……てめぇ」
ドゥーガルがぎゅっと拳を握る。そのやり取りで、ようやくリディアがドゥーガルの存在を認めたようだ。
「あれは敵じゃないの?」
「あれは元お仲間ですが、今は我々側です」
「そう。事前に聞いといてよかったわ。じゃないと一緒に消してしまうところだった。で? あんたは何?」
先に仕掛けたのはエルムだった。俊敏な動きで大鋏を振り下ろすところ、リディアはその細腕のどこにそんな力があるのか。振り向きもせず、頭上に剣を構えるだけで、両手で渾身の大鋏を軽々と受け止めていたのである。
「……さすが魔女姫。不意打ちが不意打ちになってないね」
「魔女姫と呼ぶことも、王に向けて刃を向けたことも不問にしてやるわ。だから、さっさと死ね」
「くっ……」
いくら小さい体格とはいえ、片腕一本でエルムを弾き飛ばす。着地したその瞬間、エルムの赤いフードが切り裂かれた。ハラリ、ハラリと布切れが舞う。たった一閃の一撃がとんでもなく重い一撃と思わせる。
「私の相手はお前か?」
「エルムっ……!?」
「いいから、私に任せてって。魔女姫を討伐したハンターってことで箔もつくんだしさ。それに、今のアルだといくらなんでもきついでしょ」
今度はリディアが仕掛けて剣を向ける。ドレス姿を疑うような、俊敏さだ。いや、獣の如く飛び交うようなエルムと違って、もはや魔法でワープしているのではないだろうか。
そうじゃないと納得できない。いくら魔力のブーストとはいえ、いくら何でも早すぎる。目で追い切れない。
「へぇ思ったよりついてくるわね」
「ぐ……」
「でもスピードだけはマシって程度っとこかしら。これならどう?」
「……っ」
一瞬で背後に回るリディア。エルムのお株を奪うような動き。何とか鋏を刃を剣と自分の身体に挟み込んで受け止める。けど、力で負けているのが私でもすぐに分かる。
剣を受け止める衝撃で、軽いエルムの身体がその度に弾かれそうになっていた。
さらに、どんどんとリディアはスピードをあげていく。
「やれやれ……ならやはり私は兎さんとですね。まぁ……さっきの続きということで、たっぷりすり潰してやるか」
本性を垣間見せるデズモンド。対してアルは、アルの拳が赤く魔力のオーラが力強く揺らめいていた。
「時間はもらったからな。さっきとは違うぞ」




