7:訣別Ⅳ
エルムの体が浮き上がる。何かが弾けて、衝撃を生んだ。
「エルム……っ……!」
小柄な体があっけなく飛ぶ浮いた体はそのまま倒れこんだ。体が動かず、私は視線だけを光の発信先をへと向ける。上空から降り注いだ光だった。顔をあげて光の出処を探る。
そこには、宙に浮く女性の姿があった。
「これはこれは……こんなところにまで貴方が来られるとは……ね」
デズモンドが薄笑いとともに視線が鋭くなる。その鋭い視線の先には、長い金髪。銀色のドレスを着飾る女性。まるで見下ろすようにして、その右腕を指先まで伸ばしたまま直立していた。
「何……っ……だと」
「貴様は……」
ドゥーガルとアルが同時に言葉を紡ぐ。間違いなく、信じがたい光景だと、驚きからその目を見開いていた。
「いきなりご挨拶な真似をしてくれるもんだね」
「エルムっ……」
「大丈夫……かすった程度だよ……。それより……」
不意打ちを喰らい、態勢を崩したエルムは、すぐさま身体を捻って第二撃に備えたようだ。実際、その第二撃が襲うことはなかったが、この場にいる全員の視線を集めるこの女は一体誰だというのか。
「かすった程度とは……残念だ。私もまだまだということか……」
女性がゆっくりと浮いた体を下降させる。今更空を飛んでいることに驚きはしないが、今感じているこの得体の知れなさは何だというのか。
いや、なんとなくだが、予測はつく。
アルも、ドゥーガルも、エルムも、セネガルさんも、これ以上ないくらいに警戒態勢を解こうとしない。
ふわりと地に着いた女性。腰にも届きそうなまっすぐな金髪が揺れた。そのそばにデズモンドが歩み寄っていく。
「これはリディア姫。こんな辺境の地まで何用ですか?」
「なに……。デズモンド。貴様にしては思ったより帰るのが遅いからな。存外、此度のアリスに苦労しているようで、どんなアリスなのか見ておこうと思ったまでよ」
「……」
あれがリディア……七人の魔女姫の一人……。
「それで……どれがアリスかしら」
「そこの銀髪の男……? ……まさか、今私が撃ち込んだ小娘なんて言わないわよね?」
「……どちらでもありませんよ。そこにおられる黒髪の女の子ですね」
「は……?」
リディアがデズモンドを一瞥すると、すぐに私へと向き直る。
「まだ覚醒前ってこと? 魔力をそんなに感じないけど」
品定めするように、蒼眼が射貫く。
「そうですね……。不安定と言ったところです。感情によって膨れあがるようですが……」
「へぇ……面白いわね」
リディアが腕を伸ばす。その手には剣が握られていた。いつの間に。エルムのように亜空間から出したのか。
違う。考えるのはあとにしないと。リディアの狙いが今私なら……本当にアリスなら魔女姫を斃せるとうのなら……。
「ふ……いっちょまえに私と戦ろうっていうのね。笑わせる」
「避けろアヤメッ……」
「え……?」
剣を握ったからには、距離を詰めるはず。魔力のブーストを利用して、距離を詰めさせないはずが……、眼前に迫るのは一本の刀剣だった。
「っ……」
「アヤメっ!」
横から受けた衝撃で息が詰まりそうになるが、一瞬あとにエルㇺに助けられたのだと分かる。倒れ込んだところに、私の身体を包むようにエルムが覆いかぶさっていた。
「あ、ありがと……」
「お礼なんかいいからすぐに立ってっ!」
エルムが声を荒げる。どこか楽観的だった印象は消え失せており、余裕なんか皆無だった。それもそうだ。今何をされたのか。剣を投擲された動きなんか全くなかったのだから。
「いいのですか……確か私は、生きて連れて来いと貴方に言われたと記憶しておりますが……」
「ふ……私に盾突く姿勢を取られたから、つい苛立ってしまったわ」
その時、大きな影が襲う。明るかった空が一気に暗くなる。異変を感じて上を見上げると、セネガルさんの魔法。大きな白クジラが大きな口を開けて襲い掛かるところだった。
「アルっ! アリスを連れて逃げろっ! 今のままじゃリディアには勝てない」
「セネガルさんっ」
アルが叫ぶ。
「ふ……こんな内陸の国でクジラを見られるなんてね……」
リディアの落ち着いた声は事切れる。宙を泳ぐ大きな白クジラにデズモンドごとバクンッと呑まれてしまった。地をえぐり、跡形ごとその身に取り込んだのである。
「やったの……」
「そんなわけはない。だが、私が時間を稼ぐ。今のうちに……」
キイィィィ……ン……。
「誰が時間を稼ぐって?」
「ば、馬鹿な……」
旋回して泳ぐ白い巨大なクジラ。それが真っ二つに切り裂かれる。唸るような鈍い音。いやクジラは低い悲鳴をあげて、苦しみながら、消滅していく。その瞬間……。
「ぐぅ……ぅ、がはっ……」
セネガルさんの身体が真っ赤な血に染まる。どぱぁと多量の血を吐いて、膝をつく。なんて出血量。何が起こったか分からず、ただ目の前の惨状に息をすることを忘れてしまう。
「ご老人。国を統括する私は忙しい身なのだ。貴重な時間を奪わないでほしいわね」
「おやおや、クジラを斬ってみたら飼い主さんがダメージを引き受けるのですね。いやはや、不便な魔法ですねぇ」
地に着くリディアとデズモンド。二人とも抜き身の剣を携える。
どうすれば……私はどうすればいい。
自分は戦う必要はないと言いたげに、ドゥーガルが笑みを浮かべて呟く。
「終わりだなアルフレッド。これがお前の……いや、俺たちの限界なんだよ。魔女姫を斃そうなんて考えること自体が、間違いだったんだ」




