7:訣別Ⅲ
ドゥーガルが腕を伸ばして魔力を捻出する。泥のように濁ったオーラを纏い、向けたのは自身の固有の象徴。鉄の人形に向けてである。真っ二つになった鉄人形だが、ドゥーガルの腕と同じオーラを帯びると、空に浮いた途端、ぴったりとその切断面を結合させてしまう。
「鉄人形は不死身だ。何度やっても立ち上がる。えらそうなこと言っても、ガキには勝てる代物じゃねぇってことだ」
「不死身……ね。だったら……」
エルムの眼の色が変わる。風を纏うようにして俊敏な動きで間を詰める。復活した鉄人形が応戦する。
鉄の腕から出現させた黒刀。肘より下から出した刀は円を描いて腕を振るだけで斬り込める。
大鋏に合わせて斬り結ぶスピードは、エルムにも引けを取らないらしい。
上から振り下ろした鋏を腕を前に出して受け止め、横薙ぎの一撃をも、腕を縦に構えて通さない。
キィ……ィン、キィ……ィンと刀と鋏を打ち合う。攻撃し続けるエルムが優勢かに見えた。が、身長と変わないほどの大鋏を扱うには、エルムはまだ体が小さすぎた。
動きは本当に早い。でも、衝撃を受け切るには及ばず、その体では耐え切れない。
「く……」
徐々に、だが僅かに圧され始める。鉄人形がその刀で受けるたびに、衝撃でエルムの体が浮いてしまう。その隙を見逃すほど、ドゥーガルは甘くはない。
「所詮口だけだったなガキ。現実はそんなに甘くはないってことだ。アニータも一緒だ。仲間がいるから戦えるなんて戯言は、現実を知らねぇから言えるんだ。あいつも、理想論を掲げたために無駄死にしたバカな奴だっ!」
「……ふざけんなっ!」
体が、足が勝手に動いた。
「アヤメッ!」
「ちっ、……お前も一緒だ。アリスなんて祭り上げられていい気になってた、バカガキだって……っ……!?」
自分でも驚くほど速く動けていた。アルとの訓練。それが生かされたのかは分からない。そんなことよりも、今はただ、アニータをバカにしたこいつを、ドゥーガルを一発ぶん殴ってやらないと気が済まない。
「なっ、はや……っ」
「……この」
思いの乗った拳が、ドゥーガルを打ち抜く。だが、吹き飛んだもののすぐに態勢を整えて、手の甲で口を拭う。さほど効いていないことが分かる。理解させられてしまう。
「ち、油断したぜ。アリスの力を持ってるんだ。見た目通り、華奢な女だと思ってると痛い目みるわけだな」
そう言って、ドゥーガルの目つきが変わる。圧倒的な魔力を身体から吹き出して本気になったのだと分かる。
「おら、来いよ。次は返り討ちにしてやる」
「くっ……」
アニータを馬鹿にしたんだ。怒りは収まってはいない。それでも、私の力が、ドゥーガルに劣ってると、はっきりと理解する。やってみなければ分からない喧嘩とは違う。ブーストになりうる魔力の差で、つまりは力の差を感じてしまう。
けど考えるのは一瞬だ。魔力の差があろうと、たとえやられようと私には関係ないと、その身を奮い立たせた。
「あっ、ぐ……」
再び仕掛けようとしたところ、脚が重くなり、いや身体全体が鉛のように負荷が掛かる。思い通りに動かせない。視線を向けるより早くに頭を過ぎる。アルの魔法。アルの発する重力だ。
「アル、何で……」
「君をまだ、死なせるわけにはいかないから」
地に伏せるアル。それでも腕を伸ばして魔法を放つ。その眼、その表情は強い意志を間違いなく秘めていた。
「馬鹿が」
そう言って目の前のドゥーガルが吠える。そして、鉄人形が私の目の前に迫る。肘から伸びる黒刀。息の根を止めるべく、遠慮のないものだ。
「させないって言ってるだろ」
「ぐ……」
アルが再び腕を伸ばす。魔力の対象を拡げて、私だけでなく、ドゥーガルと黒い鉄人形をも重力で沈めて動きを封じる。そのおかげで、私に向けられた殺意は寸でのところで不発に終わる。反応できなかったことに、遅れて危機感に似た感情が生まれてきた。
「アル……っ……、お前……」
重力の効果がドゥーガルにも及ぶと、前のめりになりながらこらえていた。アルに鋭い視線を向けて、ドゥーガルがぎりっと歯噛みする。
「その妨害をさせませんよ」
「がはっ……」
地に伏せているアルの身体を、デズモンドが容赦なく踏み付ける。その衝撃でアルが呻く。それでも重力の魔法を解除はできなかったようだ。
「ちっ……しぶといですね~」
「っ……」
一瞬の隙をついてアルが滑るようにしてデズモンドの足蹴から抜け出す。素早く態勢を整えて対峙した。
「重くする重力と同時に、軽くする重力を使いましたか」
デズモンドは明るく解説する。決して力を抜いたわけではない。重力で軽くさせることで、デズモンドの踏みしめる力を弱めたというわけだ。
そこで仕掛けるのはエルムだった。
「ナイス、アル。そのままあいつを重いままにしといて。今のうちに私がっ」
「な、くそ、……。おい、アルフレッドッ。重力を解除しやがれ! お前は仲間を殺すってんのかっ!」
エルムの初速は誰よりも速い。私より、アルより、デズモンドより、誰よりも速かった。止めることができる者など誰もいやしなかった。
「……っ離れろッ、エルムッ……!」
「っ……」
その時、エルムの何かが貫いた。一筋の光のようで、それは一瞬の出来事だった。
「これはこれは……こんなところにまで貴方が来られるとは……ね」