7:訣別Ⅱ
「どういうこと……?」
目の前にいるのは紛れもくドゥーガルだ。それは私にも分かる。でもじゃあ、あそこで倒れている、うつ伏せで倒れていて、背中から剣が刺さっているのドゥーガルは一体何だというのか。
「ふふ、バレちゃいましたねドゥーガルさん。せっかく策を弄したのに。これじゃあ水の泡じゃあないですすか」
アルを足蹴にして、要ともいえるアルの手を踏みつけながらデズモンドは嘲笑する。
「うるせぇよ。てめぇの声はいちいち勘に障る」
ドゥーガルが返す。それは敵意などなく、まるでデズモンドと同じ側に立っているようなやり取りだ。
地に倒れるもう一人のドゥーガルの体がぼやける。それは歪みとも言える異質なものだ。徐々にその姿が黒く淀んでいった。そして、剣が刺さる体は、ドゥーガルの鉄人形へとその姿を変えた。
「あれは……幻影の魔法……」
エルムが呟く。説明などなくとも分かる。鉄人形に姿を変える魔法を施した。自分の身代わりを作り、死を装った。ドゥーガルの裏切りが明白となった瞬間だった。
「ってことは、この子を狙ってたのは……」
「……あぁ、俺はここで聖騎士に殺されて死に絶える。そういうシナリオだった。そのまま存在を消すつもりだったからな。生き証人を作りたくなかった」
「……っ」
息を呑む。かつての仲間を、こんな年端もいかぬ子供を殺すのは自分の保身のためであり、ただの口封じのために殺すのだと宣言していた。
そのためにアニータは殺されたというのか。
それも、仲間がいるから戦えると言っていたアニータを……。
握る手に力が篭る。歯噛みしたゆえ、口の中で鉄の味がした。
「なんでだっ! ドゥーガルッ! なんでだぁっ!」
「アル……」
アルが叫ぶ。デズモンドによって地に倒れても、手を踏みつけられても、ドゥーガルの裏切りを看過できずに訴える。ボロボロの姿でも、アルの目はまだ死んでいない。
「……あぁ、あぁそうだよ。アルフレッド。元はと言えばお前が俺を誘ったのが始まりだった。確かに魔女姫を崇拝なんかしてなかったし、こんな世界をぶっ壊すのも面白れぇかと思って入ったんだ。それが、それがどうだ。来る日も来る日も耐える戦い忍ぶ戦いだ。必死になって、それでもこの町の連中は感謝もしねぇ。何の恩恵にも預かれねぇ。一体いつになったらこんな生活が終わるのか。誰にも答えられねぇときた。まるで生き地獄の日々だったぜ」
「……なっ」
アルと、セネガルさんが言葉を呑み込む。まさかそんな風に考えていたなんて知らなかったということだろう。今までため込んでいた感情を吐き出して、今までの苦しみを呪うようにドゥーガルは続ける。
「だからよ。俺は今日かぎりで聖十字をやめる。ちょうどそこの聖騎士様に誘われてな。どうせなら勝てる戦いに身を於いて面白おかしく楽しまないかってな」
「えぇ。えぇ。私も誤算でしたよ。どうせなら一網打尽にできる手はないかと、色々策を練ったのですが、まさか二つ返事で寝返ってくれるとは思いませんでした」
そう言って、デズモンドはクスクスを冷笑を零す。ドゥーガルはわりぃなと思ってもいない言葉を吐いて、その目で嗤う。何がおかしい。何がそんなにおかしいんだ。
「……ちっ」
「……なっ、てめぇ」
その時、エルムが仕掛ける。大きな鋏を振り回して、振り下ろす。ドゥーガルは即座に幻影を解いた鉄人形を楯にして防御を固める。エルムの一撃は割り込んだ鉄の人形へと、そのまま刃を向ける。
「なっ……」
大鋏を振り抜いたエルム。その名の通り、鉄であるはずの人形は真っ二つに断ってしまう。ただ大きいだけでじゃない。刀以上に鋭い刃を持つ大鋏だった。
「ふぅ……。生憎私にはその辺の事情は知りたくもないくらいなんだけど、嫌でも分かったよ。あんたと、そこの聖騎士がこの上ないくらいのクズだってことがさ」
「おやおや、随分な言われ様ですね」
「てめぇには関係ないことだろうが」
ドゥーガルが腕を伸ばして魔力を排出する。泥のように濁ったオーラを纏い、向けたのは自身の固有の象徴。鉄の人形に向けてである。真っ二つになった鉄人形だが、ドゥーガルの腕と同じオーラを帯びると、空に浮いた途端、ぴったりとその切断面をぴったりと結合させてしまう。
「鉄人形こいつは不死身だ。何度やっても立ち上がる。えらそうなこと言ってもガキには勝てる代物じゃねぇってことだ」




