7:訣別
少しだけ時間が遡る。アヤメとアルが駆けつける前。それよりも少しだけの前の出来事だ。
「くくっ、あははははははははは、あああははははははははははッ! そうだよそうなんだよ。やっぱそれなんだよなぁ! やっぱ足りねぇ。死ぬときってのは絶望に満ちた表情が必要なんだよなぁ!」
高笑いをあげるデズモンド。何かに納得したかのように、次なる言葉を口にした。
「てめぇはここまでだよ。今、その絶望をよぉく目にして、そんで、死んどけッ!」
何を言っている。何のことを言っている。アニータのなかで疑問の波紋が広がる。血を吐きながら振り向くと、アニータは予想だにしない光景を目にした。
「なっ……!」
そこには、つい先ほど地に伏せた筈の仲間の姿を視認する。
「じゃあな」
黄土色の髪。色つきのサングラスの向こうには、紛れもない殺意を孕む。その剣。聖騎士が持つはずの醜悪な聖剣で、アニータに振りかざす。
「ぐっ……あぁ……」
とっさの棍双龍は間に合わず、無防備な背中に一太刀を浴びる。赤い鮮血が飛び跳ねると、アニータは上から下まで背中に走る痛みに呻く。
いや、それよりも、刹那の内に目にした対象者。自分を斬り付けた者の名を叫ぶ。
「なんっ……でっ……、何でよ! 何で、ドゥーガルッ……!」
そっくりの偽物か。デズモンドが小細工でも弄したか。一瞬、過った考えは、慣れた魔力感知によって、アニータの最後の望みは否定された。よく知る人物であると疑いの余地などない。それでも、目の前の現実から必死に背くようにして、その瞳には涙が溢れる。
ともに戦うと誓ったはずだった。ともにこの、地獄のような日々を生き抜くと誓ったはずだった。
「あんたッ……、私らを裏切ったの?」
「……」
ドゥーガルは答えない。何も話す気はないのか。堅く口を結んで、血塗られた剣を構えるだけだ。
「答えろっ! ……ドゥーガルッ!」
声が震える。それは死ぬ恐怖ではなかった。今もなお澄ました顔をしている相手への、怒りという感情の高ぶりによるもの。デズモンドへの怒りなんかを遥かに超えて、今やドゥーガルのみに訴える。
「……あぁ、そうだ」
「っ……なんっ、でっ……!」
ドゥーガル本人から直接口にした真実。アニータの中で何かが弾ける。心の支え、最後の砦とも言うべき綱が断ち切れた瞬間であった。
「簡単なことですよ。勝てる見込みもないところで頑張っている彼が、非常に不憫でならなかったものでね。私が誘ったんですよ。いやぁ、ドゥーガルさんはほんとにいい仕事をしてくれました」
デズモンドが明るく話す。さっきまで見せた苛立ちは嘘かのように、気分が良いと見下した嘲笑が混ざる。
これで全てが繋がったと言える。
今迄、長く耐え忍ぶ戦いをしていた。それが、なぜ今になってその牙城が崩れたのか。なぜ、ここまで攻め込まれてしまったのか。全ては内通者が、ドゥーガルが糸を引いていた。
「……わりぃな。俺はもう疲れたんだよ。いつ終わるとも分からねぇ聖騎士、魔女姫との戦いに。だから、俺のために、お前はここで死んでくれ」
「そんな……」
アニータにじっと抱かれるカイル。その小さな身体は、かつて憧れた男の変わり果てた姿に驚愕し、この先の絶望を物語る。力なき瞳は、ただただ寝返った男の言動を、受け入れないと見据えるだけの無力なものだった。
「……はぁ……、はぁっ……、ぐっ……アル……」
アル。アルに知らせ……、いや、……。
アニータはアルフレッド・グラデミスのことを考える。古き仲間のことは誰よりもよく知っていた。アルは、アニータ以上に仲間の死を恐れる。今までも、そしてきっとこれからも。
少しだけ、ほんの少しだけ考える。
私が死んだときも、彼は泣いてくれるだろうか。そんな邪な考えは一瞬で打ち消す。きっと彼なら……。
一度切れたはずの綱がもう一度……紡がれる。
「こんなときも……アルフレッドのことか……もしかして好きなのか?」
ドゥーガルからの素朴な疑問。殺す前に、ふと零れた疑念だっただろう。そこに、他意はきっとない。
「……さぁ、ね。けど、あんたが裏切って、私も死んだとなったら、きっとアルは壊れちゃうから。だから、私が死ぬわけにはいかない」
「……死ぬんだよ。残念だがな」
アニータはカイルを抱え、最後の抵抗を試みる。棍双龍を繰り出して、炎と風の龍を同時に召喚する。それは完全に、ドゥーガルを敵として認めて、最後まで足掻く心の表れである。一方、ドゥーガルも、鉄人形を召喚する。そこに感情も何もない、まさに鉄の人形。腕に仕込んだ黒刀で、二人はあいまみえる。もう二度と、ともに歩むことはないと。
「さぁドゥーガルさん、そんな死にぞこないはさっさと殺しちゃってください。それとも私が手伝ったほうがいいでしょうかね」
「……すぐに終わるさ。じゃあな、アニータ」




