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6.見えざる刺客X

エルムが仕掛ける。片手に挟。そして、もう片方にも挟をいつの間にか手にして距離を詰める。


「ニトウリュウ……カ……?」

「そうだよ。両利きだからな」


 両の手に鋏を有するエルム。一見、間の抜けたような姿にも見えるが、エルムは鋏をくるくると回す。ナイフを巧みに扱うように挟みを持ち直すと、それが合図かのようにエルムが駆ける。態勢を低く前のめりに詰めると、右の鋏を向けて穿つ。


 フードの男も安々と弾くと、そのままエルムニ向けて刃で斬り込んだ。エルムは獣じみた反射神経で急速にブレーキをかけて、跳ぶように後退する。僅かなジャンプで後ろに下がると、またもや急速に前進する。


 空振りに終わった黒い刃を、男はさらに振りかぶる。エルムはそれを今度は半身になって躱し、男との間合いを詰めた。


「ッ……」


 顔は隠れて見えないものの、零距離に近いほどに詰められたことで男はギョッとしたようだ。慌てるようにして足で蹴り上げて見せる。


「当たんないよっ」


 エルムは蹴りをも避わして男の周りを旋回する。男は首を動かしてエルムを目で追うが追い切れていない。


「ナンテハヤサダ……」


 闇雲に刃を振り回したところでエルムには当たらない。フードの男はエルムに翻弄されていた。


「たいした使い手でもなさそうだけど、悪いね。さっき言った通り、容赦はしない」

「アァ、……カマワナイ。……シネ」

「……ッ」


 エルムの腹部に刃が刺さる。エルムの動きを正確に捉えたのは、男の持つ刃ではない。地面から突き出された黒い刃であった。


「エルムッ!」

「がっ……、ぐぅ……」


 羽織る赤いフード。その下に見える白いシャツが赤く滲んでいく。決して浅くない傷は、その広がる血が物語っていた。

 痛みに耐えつつも、即座に刃から脱出して距離を取る。


 エルムに起こった異常事態に目がいくけど、男は自身の有する刃を地面に突き刺していた。


「あれか……ただの剣ではない。魔力を宿した武器だな。何か特性を持っているとはきくが……」


 セネガルさんが呟く。戦況が悪くなる。とても逃げさえすればいいとも思える状況ではなかった。


「油断したよ。そんなカラクリを持ってるとはね」

「ソノキズデハ、モウハヤクハウゴケナイ」

「そう思う?」


 エルムは否定するようにその身で駆ける。だが、負ったダメージは深い。私から見ても、先ほどの動きとは段違いだった。


「オソイ」


 エルムは鋏を持って攻撃する。どう見ても間合いを詰めて戦うタイプだ。アルやデズモンドとは戦い方が全く違う。獣のような俊敏さはすでになく、黒いフードを被った男が追えるほどのスピードにまで落ちていた。


「ぐっ……」


 スピードは確かに落ちているが、身のこなしは健在である。男の振り抜く攻撃は、二挺にちょうの鋏で受け止める。

 鉄の打ち合う音が何度も響く。時たま火花を散らすよう強い衝撃が、エルムの小さな体を襲う。

 そもそも男の武器を受け止めるのに、鋏はあまりにも小さすぎる。衝撃まで殺せず、エルムは圧されていた。


「シネッ!」

「死ぬかばーか」


 ガキィンン―!!


 より重い一撃。小さな鋏ごとエルムの体が弾かれる。浮いたエルムは再び距離がおかれる。地を滑り、手から外れた鋏が地に刺さる。武器をなくし、徒手空拳となったエレムには勝ちの目が薄くなる。


「ココマデダナ」

「それはどうかな」


 エルムがふっと笑う。赤いフードの下で、鋭い翠色の視線とともに口角を吊り上げる。

 とてもハッタリとは思えない強気な表情だ。


 エルムの手のひらが光る。鈍い紫色の魔力を帯び始めた。そう思っていると、エルムの手がいきなり消えた。いや、空間に割れ目が生じ、その中にエルムが手を突っ込んでいた。何が起こるのか。何を出すのか。私には分かっていたはずだ。紫色の光を発する割れ目から、妙な威圧感を既に感じていた。


「なんだあれは……」

「わからないけど……」


 私とセネガルさんが目を見張るなか、激しい戦いを繰り広げるアルとデズモンドも、エルムの妙な魔力を感じ取る。



「とてつもない魔力……、っっ……」


 再び感じるエルムの魔力に反応した隙を狙われた。デズモンドの腰に携えた刀剣が抜かれ、アルはバランスを崩して転倒する。そこへ、デズモンドの脚がアルを捕らえる。


「がはっ……」


 転がるようにして態勢を立て直すところで、デズモンドはアルを踏みつけて動きを封じた。


「私を前にして随分余裕がありますね……。おや、なかなか面白いことになってますね……」


 エルムが空間から引き出したモノ。金色の取っ手。大きい金色の鋏である。エルムの身長にも匹敵するその大きさ。一メートルは軽く超える大きな鋏と、それに纏う妙な魔力の気配に言葉が出ないでいた。


「……断罪パティス大鋏・シェーレン


 地に刺さった小さな鋏が消滅する。この大きな鋏が出てきたことで役目を終えたというように消え失せた。


「ソンナモノ、サラニスピードガ……」

「出ないって?」


 エルムはフードに包まれた男に向けて問いかける。得意気に、相手をあざ笑うかのように。それも仕方ない。エルムは自分と同じほどの大きい鋏を片手で掴んだまま持ち上げる。不気味な魔力を放ち、その鋏を振り回す。

 いくら大きいとはいえ、距離は空いている。それでも大鋏の一振りで、黒い男の身を包む布切れを裂いてしまう。


「っ……」


 表情は未だ見えずとも男は言葉を呑み込んだ。たった一振り。たった一瞬で、この鋏の底知れぬ魔力をおびただしさを感じ取ったのだと思う。自分が持つ、魔力を有する刃とのレベルの違いを思い知ったのだろう。


「チィ……」


 黒い男は退くことを試みる。だがそれよりも速く、負傷したことを感じさせない動きでエルムが、その大鋏を振り上げた。


「逃がすわけ……ないでしょうが……ッ!」


 エルムの鋏から放たれる斬撃の風。攻撃は単純だが、威力は申し分ない。一旦退避する態勢になった男には、咄嗟にとっさに手段は見つからなかった。

 黒の男は袖を垂らした腕を交差させて怯む。その斬撃は男の全身を覆い隠していた真っ黒なフードを刻んでゆく。


 そして、フードの下に隠された姿が、日の元にさらされた。


「ちぃっ、くそっっ……!」


 舌を打ち、忌々しいと唸る男の正体。私は、いや私たちは、その正体を知っていた。

 セネガルさんがまずその名を叫ぶ。それに気付いたアルが目を向ける。目を疑う。そして、困惑したまま、悲痛な思いでその名を叫んだ。


「……ドゥーガル……ッッ!?」 

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