6.見えざる刺客Ⅸ
「あぅ……」
エルムに押されてよろけてしまう。すぐに態勢を整えると、フードの男は袖も手先まで垂れるほどに届いており、そこから黒い刀のような刃を覗かせる。その刃で襲ってきたところを、エルムが手に出現させた鋏で受け止めていた。閉じたままの鋏で、ナイフのように斬り結ぶ。
「ソンナモノデ……」
黒フードの男は表情は見えない。発する言葉も声を変えているのか無機質なものだが、アヤメが鋏で受け止めたことに少なからず驚いているように感じた。
「そんなもの……ねぇ。これでも私の立派な獲物だよ。それに、そっちも似たようなもんでしょ」
エルムは刃の小ささなど構わずに、敵の刃をはじき返してしまう。確かにエルムの言う通り、敵の刃は大きく開けた袖から覗く程度のものだ。せいぜい腕を伸ばした長さとそう変わらない。
「あと、同じくフード同士ってとこか」
バサッと被るは赤いフード。エルムは金色の髪を覆い隠して、エメラルドのような翠色眼だけを覗かせた。それだけでも、小柄な体格と可愛らしい外見は一変して、不気味ともとれる殺気を纏うことに成功していた。
「アヤメはその子を連れて下がってて」
「わかった」
子供を運ぼうとするとき、セネガルさんも手を貸してくれた。
「セネガルさん……」
「アヤメもここを離れるんだ。アリスであるお前には絶対に生きてもらわねばならん。あいつは……アルフレッドはもうブレーキがきかん」
「アル……」
激しくぶつかり合うのはアルとデズモンドだ。もう介入する余地などない。デズモンドの妙な魔法と、アルの重力が、エネルギーの余波となって周りを寄せつけない。
「おぉぉぉおおおおぉぉ!?」
「まだまだですが良い殺気ですね。ついすり潰したくなりますよ」
激しいバトル。アルの動きはとても私では体現できない。重量を使って身体を浮かしては重くして調節する。自身のスピードに上乗せするように重力変化を使いこなしていた。
拳だけではなく、脚を使ってデズモンドを牽制する。躱された拳をそのまま地につけて支えにすると、脚を浮かせて回し蹴りを放つ。
狙いは急所だけど、狙っている箇所がモロバレしているため、デズモンドは最小限の動きで躱す。顎を引くと掠める程度で致命傷には届かない。
デズモンドが、逆立ち状態のアルに向かって蹴りを放つ。容赦なく顔を狙われたところ、アルは片腕で支えたまま、左手で蹴りを受け止める。
と同時にデズモンドの第二撃を察したらアルはデズモンドの胸部を蹴った反動で反転する。
が、反転する間にデズモンドが追う。
「遅い……ですよ」
「ぐっ……」
重力結界を展開しても間に合わない。予測を超えたならまだしも、予測した状態のデズモンドにとっては鉛を背負わされた程度だ。
咄嗟に腕を交差して防ぐ。が、デズモンドの姿が消える。
「残像だと……」
「後ろですよ」
「……!?」
隙だらけの背後に蹴りを浴びせられてアルが吹き飛ぶ。咄嗟に着地の態勢を取るところに、デズモンドが腕を伸ばす。
「ウサギさんは、ぴょんぴょん跳んでるのがお似合いです」
そう言った途端、アルがもう一度吹き飛ぶ。デズモンドの魔法だとは思うが、何をしたのか分からない。距離があるなかで、アルに向けて衝撃を放ったのだろうと予測するのが精々だ。
「くそ……くそっ……」
息を切らしつつも、アルは諦めずに立ち上がる。いや、もうデズモンドしか見えていない。セネガルさんの言う通り、アルは止まらない。
「しつこいですねぇ。……手加減してやってるうちに諦めとけよ。殺しちまうだろうが」
「うるせぇ。お前は絶対に許さねぇ!」
怒りの感情を曝け出すアル。止められないなら、今、本当に私は逃げるべきだろうか。
「今はその子を、カイルを連れて逃げてくれ。君が、アヤメがこの世界の希望なんだ。絶対に殺させるわけにも、奴らの手に渡すわけにもいかない。それに、これ以上は……アルフレッドが壊れてしまう」
「え?」
一体どういう……。
その時、エルムが叫んだ。
「アヤメ! 避けてっ!」
「っ……」
気付けば、黒いフードの男がその凶刃を跳び上がり差し向けているところだった。頭で理解はできた。でも、カイルという子供を抱えていたとはいえ、身体が動かない。その場で怯むしか出来なかった。
「させないっ!」
そこにセネガルさんが割り込む。腕を広げて、私の前に盾となってその身を差し出した。黒フードの男はそのまま刃を振り下ろす。
「……っ、ぐはぁぁ……っ!」
「セネガルさんっ!」
赤い血が飛ぶ。右斜めから一直線に身体を斬られたセネガルさんは腰を落として痛みに耐えていた。肩から上半身全部を斬られたセネガルの傷は深い。私の代わりになるなんて。私がちゃんと躱しさえすれば。
「ハズシタ……!?」
黒フードの男がまたもやふわっと飛び上がる。
「このやろう!」
遅れてエルムが仕掛けた攻撃を避けるためだったのだと気付く。それよりも、セネガルさんの傷はがまずい。
「てめぇ。私と戦ってたはずだろうが。その私を差し置いてアヤメ狙うってのはどういう了見だ! あぁ?」
エルムがブチ切れて殺気を放つ。
「アヤメ? チガウナ。オレガネラウノハソノガキダ」
「なっ!?」
エルムも、私も、セネガルさんも驚く。なぜこの子を狙う?
アリスである私でもなく、聖十字のメンバーであるセネガルさんでもなく、ほとんど戦えないはずのカイルをなぜ狙う必要があるのか。
「どういう了見かは全く分からないけど、あんたのことよく分かったよ。姿を隠してるのもそうだけど、その腐った性根は私の大っ嫌いなタイプだってことだ」
「ジャマヲスルナ」
「覚悟しとけこの外道。私、嫌いなタイプはマジで容赦しないから」
エルムがより赤いフードを深く被る。エルムを覆う魔力も、殺気も、一段と凄みを増していった。




