6.見えざる刺客Ⅷ
町を泳いで白い鯨が飛行する。家々の壁、障害物を躱して先を急ぐ。ようやく見えたのは二つの影。一つは間違いなくデズモンドだった。
「アニータッ、ドゥーガ……ッ…」
いち早く降り立つのはアルだ。続いてエルム、私と続いた。アルの声は最後まで紡がれない。仲間の無事を願う声は、既に時遅しと無情な現実として姿を現したのだ。
「う、ぅそ……」
降り立ったあとも、それでもめいいっぱい近付いて現実を否定する。それでも、突き付けられた光景は全く揺るがなかった。
アニータの体は血の海に沈んでいた。その横で子供が倒れていた。うつ伏せで倒れるドゥーガルの背には、真っ直ぐに剣が突き立てられていた。
「ドゥーガル……アニータ……、そんなっ……」
セネガルさんも、信じられないとばかりに声を震わせる。
「おや? 遅かったですね〜。兎さんとアリスさん。もう少し早く来ていれば、仲間が苦しんで死ぬところを見てもらえたのですが」
涼しい表情で語るのは聖騎士のデズモンドだった。その横で、全身を真っ黒なフードで包む存在も確認出来る。
「死ん……だ……?」
初めて目の当たりにした人の死。それも、ついさっきまで話してた人間だ。会って間もないとはいえ、ほんのさっきまで、生きていたんだ。
ほんの短い間とはいえ、私の中で、アニータが綻ぶ顔を見せている情景が、自然と浮かび上がる。
「え、マジで? もったいないなぁ。結構可愛いのに。この青みがかった黒髪もさらさらしてるしさぁ」
「いえーい、勝ったよ」
ピースして笑顔を見せるアニータが、真剣に話すアニータが頭の中でぐるぐると出ては消える。
「でも、それでも私たちと戦ってほしい。アヤメの力が必要なんだ」
「いったいどんな街があるのか。どんな人がいるのか。何があるのか。これから旅をして、世界がどうなってるのか実際に見てみたいって思う」
ようやく戦えると言っていた。仲間がいるから大丈夫だって。外の世界を見てみたいって言ってたのに。こんなの、こんなのってあんまりじゃないか。
「アニー……タ……、…………」
「えぇえぇ。死に目に会えなくて悲しいでしょうね。でも安心してください。すぐに同じように送ってあげますよ」
デズモンドが嗤う。エルムとセネガルさんを指差しながら、残虐非道な言葉を口にする。ドゥーガルとアニータだけでは終わらないつもりか。
「こ……の……」
「アヤメ、来てっ!」
「え……」
エルムに呼ばれる。アルとは違い、一目散にアニータのもとへと駆ける姿が見えた。
「嘆くのは後。まだあいつの言う通りかなんて……」
「ぅ、ぉぉおおああああああぁぁぁぁ!?」
瞬間、アルが叫ぶ。悲しみと怒りを込めた悲痛な叫びだった。
「デズモンドオォオォォ!?」
アルが飛び出す。一直線にデズモンドへと間合いを詰めた。
「くくっ、くははっ、良いですね。あなたのそんな表情初めて見ましたよ」
「よせアルフレッド! 怒りに身を任せて勝てる相手じゃない!」
アルの魔力が弾ける。怒りの感情に呼応するように、激しく揺らめいていた。暴走とも取れる攻めに、セネガルさんが止めるが、私にも分かる。冷静でいられるはずがない。
「あの人に言う通り、そんな感情任せで私に勝とうなんて……なっ!?」
余裕を見せていたデズモンドが驚愕した表情を見せた時、アルの拳がデズモンドの頬にめり込んでいた。とてつもなく重い一撃。重力を加えた拳で振り抜いた威力のまま、デズモンドの体は宙を舞った。町が倒壊した瓦礫に突っ込む。砂埃が舞い起こるも、すぐにデズモンドが姿を見せる。
「これはこれは、思った以上に……」
デズモンドの視線が細くなり、アルへと敵意を向ける。腕を真っ直ぐに向けようとしたところ、アルが怒りのままに突っ込む。
「ぅあああぁ……!?」
「ちっ……」
ただ真っ直ぐに伸ばした腕を引っ込めて防御に回る。アルの拳をいなすと、逆に隙を狙ってデズモンドが魔法を使う。
「あぐっ……」
その折、デジモンドの体が急にガクンッと僅かに崩れる。アルが重力結界をはり、デズモンドは重力の重さでバランスを崩す。その間にアルがもう一度殴り付ける。が、デズモンドがアルの拳を掴んで防ぐ。
「調子に乗ってんじゃねぇぞコラ」
「ぐっ……」
アルの体が浮き上がる。両者はというより、アルが弾かれたように吹き飛ぶ。
「くそっ……!」
「アル、冷静になれ! アリスまで、お前まで殺されるわけにはいかないんだ。今は生き残ることを考えろッ!」
「分かってるよッ!」
アルは背中越しに叫ぶ。感情のままに動いている。当然だ。私でもデズモンドに対しての怒りは感じる。長年仲間として連れ添ったアルならば当然のはずだ。
デズモンドと交戦している間に、エルムと私はアニータのそばまで駆け寄る。
子供をかばうように倒れているところ、アニータと子供を並べるように動かした。
「エルム……ど……」
目を瞑っている姿。血に塗れているものの、アニータの顔はまるで眠っているようだ。
手首で脈拍を測り、心臓と、呼吸を確認するエルム。やがてゆっくりと首を横に動かす。全てを語る必要などない。全ては、デズモンドが語った通りの現実だった。
目の前が真っ暗になりかけたとき、エルムが気付く。わずかに聞こえる息遣いの音だ。
「……子供のほうは……まだ生きてる。生きてるよ」
生きてる。その言葉だけで、少しだけ安堵に近い感情が芽生える。アニータが最後まで護りきっただろう少年は、意識を失っているだけのようだった。
「アヤメ急いで。アルがあいつを抑えている間に……」
「シネ」
少しだけ芽生えた感情は感じた寒気によって霧散する。いつの間に……それを呟く暇もないままに、背後には真っ黒なフードで包む存在が殺気を開放して腕を振るう。
「アヤメ……ッ!」




