6.見えざる刺客Ⅵ
「どーしたおい? こんなもんかよ」
「くっ……」
「やっぱつえぇ……」
デズモンドとの戦いは明らかに劣勢だった。ドゥーガルの鉄人形を操っても体術で格の差を見せつけられ、アニータの棍双龍で攻めても、魔法の力でも圧倒されていた。
ドゥーガルの鉄人形は腕が引きちぎられて転倒している。デズモンドは損傷する鉄人形を足蹴にして踏みつける。ガタガタと起動しようにも、デズモンドが力いっぱいグリグリと踏み締めていた。
「人のモン踏みつけてんじゃねぇよ」
「あぁ? こんな鉄クズが何だって?」
「くそっ……」
ドゥーガルが駆ける。戦闘の要である鉄人形がないものの、心はまだ死んでいない。ドゥーガルが拳を構える。最低限の装備として指に鉄を嵌めていた。拳を痛めずに攻撃力を高める。いわゆるメリケンサックで応戦する。
一人だけでは押し負けてしまう。負けじとアニータも続く。棍双龍を構えて風を呼ぶ。風を操って、ドゥーガルよりも先に仕掛ける。
「馬鹿が。そいつはきかねぇってまだ分かねぇんのか」
既に何回も試した戦法である。風によりスピードをあげて叩き込む。だが今回は違う。振り向く棍棒をデズモンドは後退しつつ避ける。その瞬間、デズモンドの頬が裂ける。つぅーと赤い血が垂れた。それだけで激昂することも焦燥にかられることもない。
まだ調子を崩してくれたほうが良かったが、デズモンドは納得したようにして対応する。デズモンドが自身の剣で打ち合うと、キンッと鉄を打ち合った高音が響いた。アニータの棍棒が風を纏い刃と化しているに相違ない。
そこにドゥーガルが拳を向ける。デズモンドが後退したことにより、踏み付けていた鉄人形は拘束から解き放たれていた。ドゥーガルの攻撃に合わせて、漆黒の鉄人形も奇襲を仕掛けた。
「無駄だってんだよ!」
だが、剣を持たない左手を鉄人形に向ける。掌から衝撃波を打ち出して吹き飛ばし、ドゥーガルへは器用にも蹴りを繰り出して先に腹部へ命中させる。力を込めてデズモンドの隙を突きたいアニータであるが、デズモンドの鋭い殺気は片時も注意を逸らさない。
斬り合うなか、棍棒からは白い龍を出現させる。具現化した龍の牙が棍棒とは違う向きからデズモンドを襲う。だが、デズモンドが手腕を振るうだけで、得体の知れない衝撃で白い龍がかき消されてしまう。
「弱ぇ弱ぇ。もう終わりか?」
「まだ……あんたは絶対に倒すッ!」
風でだめなら炎ならどうか。アニータの持ちうる属性が変わる。風を纏って巧みに操る棍棒は斬撃を生む。そのなかで、紅い炎龍を出現させて攻撃を続ける。デズモンドが剣で捌きながら、衝撃波を撃つ。白い龍に比べれば、まだ赤い龍は存在を保っていた。そのまま炎の龍が喰らいつく。
「ちっ……」
デズモンドが剣で斬り合うことをやめて、距離を開ける。頭を下げつつ龍の一撃をかわすと、炎の龍へと剣を向ける。赤龍はメラメラと燃えている炎だ。物理的攻撃は意味を為さず、デズモンドの鋭い剣閃を無効化してしまう。その隙を好機としてアニータが攻め立てる。頭を下げてかわす。旋回してきた龍がデズモンドを繰り返し狙うが、それも衝撃波を撃ち込んで勢いを弱めてかわしてしまう。
そこへ吹き飛んだドゥーガルも当然戻っていく。何度吹き飛ばされようが、デズモンドへの敵意は失っていない。鉄人形へ指示を送りながら、デズモンドの回避場所を奪っていく。
「くっ……」
これまで以上に怒涛に攻め立てるのは間違いなくアニータとドゥーガルである。しかし、その表情に表れる戦況は真逆を物語る。
アニータ、赤龍、ドゥーガル、鉄人形の四方向から攻撃を継続している。およそ、凌ぎ切れる要素などどこにもないが、事実デズモンドは剣とその類まれなる体術で捌いていた。
「おらおら来いよ。雑魚どもが。こんなものか。まだまだ余裕だぜ俺は」
分身しているかのように映るデズモンド。挙句の果てにはその口で挑発するほどである。
「ならこれでも喰らいやがれッ」
ドゥーガルが叫ぶ。拳の連弾を繰り出すなかで、ひときわ大きく突き出す。デズモンドは変わりなく、間合いを空けて届かない距離作る。が、デズモンドを襲ったのはこれまでにない大きな衝撃である。
「が……ッ……」
拳は確かに届いていない。だが、デズモンドが仰け反り返る。
「衝撃を作り出せるのはお前だけじゃねぇんだ」
鉄人形を使わない限り、間合いが極端に短いドゥーガルは魔力を拳へと集中させて一気に放出したのだ。固有魔法でも何でもないが、想いのこもった重い一撃であるはずだ。
「これで……」
大きな隙を見出せた。ここで一気に畳み込む。ドゥーガルが作り出したチャンスを無駄にしないと、アニータが息を合わせる。
「だからよ。きかねぇってんだ」
「……っ」
「気体支配」
「っ!?」
一瞬の白い光。それは爆発にも似たとてつもない衝撃だ。そこでアニータの体が弾ける。爆風とともに体はかろうじて残るレンガ作りの家。その壁に叩き付けられる。背中を強打したことによりさらなるダメージを負ってしまう。炎の龍をも弾き飛ばされると、アニータが血を吐く。
「あっ……くっ……がはっ……!?」
「へぇ……今のを絶えたか。なかなかやるな」
体の内部にまでダメージが襲う衝撃。たった一撃で、魔法を使える状態ではなくなる。何とか棍棒を手放すことはなかった。だけど、龍も風も炎も出そうと試みたが、すぐには出せそうない。
(ドゥーガルは……)
アニータがチラッと横目で確認する。至近距離であったドゥーガルも、同じようにまともに受けたようだ。ピクリとも動かず、うつぶせに倒れていた。鉄人形がかき消えることなどありえないが、それでもその黒い鉄の塊の姿は消え失せていた。それは、ドゥーガルの意識がないことを端的に示していた。




