6.見えざる刺客Ⅴ
何とブルトスを退かしたのはエルムだった。今までどこにいたのか分からないけど。本当に良いところで来てくれた。
「気付たら町が襲われてるし、アルもアヤメもどこに行ったのか分からなかったからさ。どうするべきか困ったよ。で? これで合ってる?」
打倒魔女姫というアルの目的を知っていたくらいだ。エルムはタイミング的にもバッチリだっただろうと得意気に顔で訴える。
この上ないドヤ顔であったけど、今回ばかりはそれくらいしても気にしないくらいファインプレイだっただろう。アルも顔を綻ばせながら素直に称賛した。
「あぁ。まさにヒーローかってくらいのタイミングだ」
「一応女の子だから、どっちかというとヒロインのほうがいいんだけどね」
「ぐぅ、くそ……」
軽口を交わすアルとエルム。地に滑り倒れたブルトスが、顔を真っ赤にさせて命を下す。
「お前ら何をしてるんだっ! は、早くこいつらを捕まえろ!」
「は、はいっ!」
いきなり現れた赤いフードを着た金髪の少女。エルムの突然の登場に聖騎士一同はしばし呆然と立ち尽くしていた。ブルトスが喝を入れてそえぞれ我に返ったようで、エルムを一斉に取り囲む。
「へぇ、やるっての?」
エルムは慌てるどろこか、ニヤリと笑みを浮かべて周りの聖騎士の見回した。
「エルム、いけるか?」
「当然。物足りないくらい」
自信たっぷりに答えると、エルムは腕を宙へと伸ばす。アルと同じように何か魔法を繰り出すのかと思ったが、エルムの腕が途中で途切れてしまう。一瞬驚いたが、エルムは痛がる様子もない。エルムの腕は、空中で紫色の切れ目の向こうへと消えていた。
「さて……やりますか」
エルムが切れ目の向こうから何かを引き出す。金色のものが見えたかと思うと、その形状がにゅっと姿を現した。
「それって……」
金色の巨大な鋏。小柄なエルムの身長に近いほどの大きさである。輝きをも見せる鋏がエルムの細腕によって握られた。
「断罪の大鋏……。私の相棒さ」
魔力を感じることができるようになったからか、エルムが有する大鋏から発せられる禍々しい魔力を感じることができる。周りの人間もそれを感じ取っているようで、異質な空気に場が飲み込まれる。
「何をしているっ。そんな小娘ひとりに恐れをなしたのか」
そのなかでブルトスが叫ぶ。とてもエルムの鋏を理解しているとは思えなかった。ただ聖騎士たちはそれでもブルトスの言うことには従わないわけにはいかず、ジリジリと戦闘態勢に持ち込んでいた。
「おおぉ!」
「遅いって」
一人が斬りかかる。その動きをあざ笑うかのように、エルムが獣の如く俊敏さで背後に回る。剣を躱して逆に大鋏で斬り伏せた。本来の鋏の用途とは違うが、鋏の刃を閉じたまままるで剣のように巧に操る。ほかの聖騎士も一斉に襲い掛かるけれど、エルムの動きを捉える事は叶わず次々と倒れていく。
「隙ありだっ!」
歯が立たないといっても聖騎士には違いない。多勢によりエルムの隙を見出したひとりがエルムの背中を捉える。
「どこが?」
「なっ!」
捉えたはずだが、腕を振り下ろす動きが鈍くなる。まるで上から抑えつけられたように沈む力が加えられたようだった。それもそのはず、数の多い聖騎士を相手にアルも対処する。重力の魔法でサポートし、逆に隙が生じたところをエルムが返り討ちにして戦いをあっさりと終らせた。ほんとに、私が必要なのかと疑いたくなる光景である。
「く、くそっ!」
全員やられてしまった。立ってい者がいないと分かるや否やブルトスは駆け出す。
「お前さえ……お前さえ、リディア様に差し出せば!」
「アヤメッ……」
「っ……」
聖騎士はたぶん私にはまだ無理だ。でも、こいつなら……。
魔力を捻出して力を籠める。魔力の流れを意識して、一気に拳へと放出する。
「ははっ、これで僕は……」
ブルトスの動きがよく見える。魔力の動きを読むことで、次にどう動くのが理解できる。
ブルトスの、ただのばされただけの腕を躱す。
「今の私は戦える。それに一緒に戦う仲間もいるから大丈夫。きっと魔女姫なんかに負けないって思うよ」
アニータが紡いだ言葉を思い出す。今の私も戦える。魔女姫なんて大層な相手まで考えられないけど、今この町を脅かしてる元凶なのはこいつで間違いない。
だからこれは……。
不思議と拳に力が入る。
アルと同じように懇親の一撃を拳にのせて振り抜いた。
「いい加減に寝てろバーカ」
「うぶほっっ!?」
つい反射的に殴り飛ばしてしまった。一瞬あたりが静まる。そして、アルが最初に噴き出した。
「くっ、くっく、あははっ!」
「やるじゃん」
「はっ、はっはっは、スカッとしたぜ」
「さすがアリスだ。重い一撃だったな」
ブルトスを一撃で沈めてしまったことで、聖十字の皆が歓声に沸いた。つい何も考えずにやってしまったために少しだけ気恥ずかしくて何も言えないのが少し辛いところである。
「大丈夫ですか兄さん」
「ま、まぁな。本当は俺がブルトスの野郎をぶっ飛ばしたかったんだが……おっかねぇな」
……聞こえてるけど。
正直私もスカッとした部分もあるし良しとしよう。
そこへ、突風が巻き起こった。
「おい、大丈夫か」
白い髭を生やしたセネガルさんが現れる。ただ駆け寄ってきたわけではない。なんと白い大きなクジラが宙を泳いでおりその上に乗っていた。突風はこのクジラの影響だろうか。
「すまない。遅れた。アルフレッドも戻ってきたのか。無事か」
「はい。セネガルさんもご無事で」
「ギリギリだったがな。何とか町の人々はこれで粗方逃がしたはずなんだが。ブルトスと聖騎士がここに倒れてるってことはもう……」
互いの無事を喜ぶのもつかの間、崩壊した町の奥のほうで爆発音が響く。まだ何も終わっていないことを示唆する戦うの音だった。
「いや、奴がまだいたのか」
「デズモンド」
「俺が行きます。アニータとドゥーガルが踏ん張っているはずだ」
「俺らも行くぜ」
「俺もだ。ここらで見せ場を作っとかないとな」
アルに続き、シモンを始めとするまだ戦える余力のある皆が参戦を口にする。それをセネガルさんは止めに入る。
「ダメだ。デズモンドの力は計り知れない。むやみに数を増やしたところで逆効果だ。私とアルで行く」
「いや、私も行くよ」
「……君は誰だ?」
「おいっ、アルからきいてない? エルム。凄腕ハンターのエルム。アイアム強い。オーケー?」
「そうなのか?」
「えぇ。俺より強いかもしれないです」
「よし。なら……」
「私も……私も行きます」
ブルトスを倒したからだろうか。いや、気が触れたからだろうか。自分から危険なほうへ首を突っ込もうとするなんて。自分でも驚いてしまう。
いや、そこにアニータとドゥーガルが……仲間がいるから。
「……いいだろう。奴の狙いはアルとアリスだ。ここに残っても結果は変わらないかもしれない。ただ危険があれば逃げるようにしなさい」
「……はい」
戦いの音はいまだ鳴り止まない。さらに激化する前に急がないと。セネガルさんのクジラに乗り、アル、エルムとともに先を急いだ。