6.見えざる刺客Ⅳ
「はぁ……はぁ……」
懸命に駆ける。アルに並んで走ることで精一杯だ。魔方陣から現れた刺客二人はアルがすぐに叩きのめしたので、アニータとドゥーガルのあとを追う。
「アヤメ……急げるか?」
「これくらいっ……」
弱音は吐かない。いや、正確には吐けないと言ったほうが正しい。自分の性格がここでもつい出てしまったが、正直限界なのは間違いない。そんな無意味な強がりをしている場合ではないこともよく分かってるはずだ。
「いや、正直ごめん。きつい……」
「あぁ、構わない。本来ならどこかで身を潜めてもらいたいくらいだけど、今は何処が安全かも分からない。だから……一気に行くよ」
「え……?」
アルはそう言って私を抱える。ふわっと体が浮いたかと思うと、元の世界でも私を連れて飛んだように跳躍する。今なら分かる。アルの魔法。重力を操作してコーカスの町へと最短距離で逸る。
距離が急速に縮まるほどに、町の無残な変わりように驚く。たかだか一時間未満で何という変貌を遂げてしまったのか。活気がないながらも人の住む集落としての容は成り立っていた。それが今や、廃墟に近い。
町の広場ともいえる場所。ブルトスとやり合った煉瓦の敷地にアルは降り立った。
「皆っ……!?」
視界に入るのは、倒れている幾人もの聖騎士。そして、町の人々と聖十字の仲間たちが縛られている姿だった。私の目にも見覚えのある仲間がそこにいた。
「ロレーナッ……!?」
「アヤメちゃん……?」
一瞬、目を疑う。血を流し変わり果てた姿。ボロボロになりながら、ロレーナは仲間の縄をほどこうと躍起になっていた。
「アヤメちゃんッ……あ、アニータを……っ、た、助けて、……殺されちゃうッ……!」
「え……?」
どういうこと?
涙ながらに訴えるロレーナに戸惑い、反応できずにいた。出かかった言葉は、口を開いたところで一瞬止まってしまう。
「そうだ、アルフレッドッ! 俺らはいい。あいつらのところに行け」
アルがいち早く仲間の解放に手掛けていると、負傷した聖十字の皆が叫ぶ。鬼気迫った表情で、怒声にも似た声色であった。
「あいつらって……」
「奴だ! デズモンドが来たんだよっ! ドゥーガルとアニータが戦ってるはずだ!」
「……っ!?」
デズモンド。この世界に来て間違いなく一番気味悪く、得体の知れない聖騎士。私の脳裏にも、あいつはやばいと焼き付いて離れていなかった。デズモンドの名前を聞いて、アルの表情も固く強張る。
「アルッ!」
「あぁ、分かってる。急いで……」
「見つけたぞ白兎!」
危機が迫るアニータとドゥーガルのもとへ急がないといけない。アルが顔を上げたとき、ブルトスを先頭にした騎士隊が参列して現れた。ざっ、ざっと規則正しいリズムで行進するように詰めてきたのである。
「ふははっ、もうお前らの好きにはさせんぞ」
「ブルトスッ!」
「様をつけろ、無礼者が!」
アルが名を口にした瞬間、ブルトスが唾を飛ばす勢いで激昂する。
「兎風情が、僕の名前を呼び捨てにするなよ」
「今はお前に構ってる場合じゃ……」
「これを見てもそれが言えるか?」
騎士の列の中から押し出されるように投げ出されたのは、ロレーナの兄、シモンだった。特徴的なアフロ頭から地面にダイブさせられてしまう。
「がはっ、……っぐっ」
「シモンッ!」
「お兄ちゃんっ!」
「背任の兎と、異世界の女。お前ら二人をリディア様に差し出せば、僕の地位はさらに約束されたも同然なのだ。おとなしく捕っておけ」
「ぐっ……」
「抵抗するなら分かっておるな? こいつの命はないぞ」
ブルトスはそう言って部下の聖騎士に命ずる。スラっと抜いたサーベルが倒れ込むシモンに向けられる。後ろ手に縄で縛られたシモンは、立ち上がることもできずに苦渋に満ちた表情を浮かべる。
「ぐ、くそっ! ふざけんな! この俺が人質だってかよ」
「そうだ、おとなしくしておけば今はまだ殺さないでおいてやる。お前らその白髪の男と目つきの悪い黒髪の女を捕らえろ」
「はっ!」
どうすればいいのか。このまま捕まったら何をされるのか分かったもんじゃない。アルもシモンが人質にされては手が出せないようで、ぎゅっと拳を握っているものの、反撃に出る気配は伺えない。
「アルフレッドッ! 俺に構うなっ! どうせ全員ここで終わるくらいなら俺を見殺せっ!」
「なっ……、ば、馬鹿言うなっ!」
「お、お兄ちゃん……」
「こいつ……」
「俺を誘ったときのことを思い出せよ! 魔女姫をぶっつぶすんだろ! この腐った世界をひっくり返すんだって、俺らで幸せに暮らせる未来を創るんだって夢見させてくれただろッ! こんなとこで終わるわけにはいかねぇんだよ」
シモンがろくに動けない状態で、剣を突き付けられ状態で顔をまっすぐに上げて叫ぶ。希望に満ちた前を向いた顔なんかでは決してない。震える声で、何とか絞り出した声で、ぐしゃぐしゃに顔で、ただただまっすぐにアルを見つめていた。
「そんなこと、……ロレーナだって……」
「お前に任せる。お前になら任せてやれるから……ぁぐっ!」
ブルトスが懸命に訴えるシモンを踏みつける。
「余計なことを……、リディア様に勝てるわけなどないだろう。お前ら全員おとなしく従って僕に捕まっとけばいいんだっ!」
「ブルトスっ!」
「お兄ちゃんっ!」
「ぅがああ……」
踏みつけるだけにとどまらず、。ブルトスはそのままジリジリとすりつぶすように体重をかけていたぶる。私から見てもその所業に怒りの感情が芽生えてしまう。けど、その間にもブルトスに従う聖騎士が前進して捕獲に乗り出す。
「アルっ!」
「ぐ……」
このままむざむざ捕まるわけにはいかない。でも、シモンを見捨てるわけにはいかない。どうする。どうすればいい。
「そこ、邪魔なんだけど」
その時、ブルトスとシモンに剣を向けていた聖騎士が背後から前方へと吹き飛ぶ。
「ようやく見つけたよ。で、この町で何が起こってるのか教えてもらっていい?」
「エルムっ!?」




