6.見えざる刺客Ⅲ
十六人という多人数での戦いだが、じきに蜘蛛の子を散らすように終結した。
「へ、やっぱ余裕だったな」
「こいつらはね。けどこんな大規模な襲撃をこいつらだけとは思えない。他にもいるはずだけど」
全員残らず、憲兵は意識を失っていた。躰運び、魔力の流動は確かに大したものだが、固有の魔法での実戦はまだまだ経験不足な連中であった。
「あぁ、油断はできねぇが急ぐぞ」
「待って、まずは皆を助けるよ」
これまでとは何もかもが違う。魔女姫であるもブルトスも襲撃に近いことはあったが、あくまでも重税に基づくものだった。だからこそ、納税は行い、町の存続になるように耐える戦いを行ってきた。
アリスがいたから? アルが反撃したから?
いや何かが違う。それも確かにあるかもしれないが……。
アニータはロレーナを介抱しながら、妙な違和感に似たものを心の内で感じて戸惑っていた。
「アニータ……、ごめん……」
「何で謝るの? 当然でしょ」
「私がもっと強かったら……」
「……今はそれ以上聞かない。それよりもやることがあるでしょ」
「うん」
アニータの言葉に、ロレーナは涙を押し殺した。怪我の痛みよりも、兄を、仲間を護れない悔しさがロレーナの心にズキズキと刺さる。でも、アニータの言う通り今は力のなさを痛感している場合でない。それよりも、これからのために行動に移さないといけない。
その横で、ドゥーガルも気を失っている聖十字の仲間たちを介抱しようとしたときだった。
パチ、パチ、パチ、パチ―
火が焼ける音。風が吹きぬける音。それらのなかで嫌に響く。この場で最も場違いな、手を叩く音だ。あまりにも不釣り合い。それは間違いなく、さらなる絶望への階段を降りる音だった。
「こんにちは。いや〜お強いですね聖十字の皆さん」
いつからそこにいたのか。広場だと言うのに、誰にも気取られることなく君臨する。聖騎士デズモンド。赤い髪をゆらして灰色の瞳で静かな殺気を放っていた。
「てめぇ!」
ドゥーガルが吠える。間違いなくコーカスの町をめちゃくちゃにした張本人だろう。怒りの矛先はデズモンドに向けられる。
「怖いですね~。ただ挨拶をしただけじゃないですか」
デズモンドは涼しい顔をして返す。張り付けたような笑顔はしらじらさでいっぱいであった。
「町をこんなにしておいてっ……!?」
アニータが叫ぶ。抱えるロレーナにもビリビリと怒りが感じられた。しかし、デズモンドは柳のように受け流して答えた。
「それなんですよ。これだけ探してもアリスが見つからないんですよね。ついでに兎さんも見当たりません。……まぁ、おかげでゴキブリの巣をこうやって駆逐できましたが」
「この……っ!?」
デスモンドの心のない言葉は、アニータをキレさせる。風の龍を瞬時に喚んで、デズモンドに向けて突風を放つ。爆発的に生まれた衝撃がデズモンドを吹き飛ばした。
「くくっ……」
「ロレーナッ! ちょっとごめんッ」
「アニータッ……!?」
ロレーナが止める間もないまま、膝立ちから駆けあがった。
「あいつは……許せないっ!」
吹き飛ばされたその瞬間もデスモンドはうすら笑みを浮かべていた。それをアニータは許せない。精一杯生きている人々を、懸命に生きている町の人全部をあざ笑う表情だ。
間違いなく襲撃した張本人であるデズモンドに、アニータはその秘めた牙を向けたのである。
「おい、アニータッ! 一人で行くんじゃねぇ!」
そのあとをドゥーガルが追う。アニータは聖十字のなかでも腕は立つ。だがそれでも聖騎士であるデズモンドには劣るだろう。間違っても一人で挑んでいい相手であるはずがない。短絡に映るアニータの行動に、ドゥーガルは舌を打ちつつも助勢するつもりだった。
「全く、怖いお人だ」
デズモンドは態勢を整え、裕に着地を成功させる。衝撃の影響で町の裏のほうまで飛ばされたが大した問題ではない。家々も破壊するほどの攻撃ではあったがデズモンド自身にダメージはなく、埃を被った程度である。
「いい加減そのうすら笑み、浮かべなくしてやるッ!」
同様に風を舞って追撃するアニータ。棍双龍を掲げて振り下ろす。上空からの思い切りのいい一撃をデズモンドは華麗なバックステップで躱す。アルの重力をのせた拳と同じようにそのまま町の地盤を割ってしまう。辛うじて周囲には誰もいない。破壊しつくされた町並み。焼きつくされた裏通りが奇しくも戦う場所としては開けていた。
「確かにそんな一撃を喰らったら笑えないですねぇ」
「あんたは許さないッ! 私の仲間を、この町を傷付けたんだから」
「いずれ分かってたはずでしょう。遅かれ早かれこうなることは。魔女姫……いえ、リディア姫に逆らって無事でいられるはずがない。まして、「アリス」を抱えればこうなることは分かっていたはずだ。私たちに怒るのはお門違いというものですよ。……だからよ、悪ぃのはお前らだろうがよ」
デズモンドが邪悪な魔力を開放する。デズモンドの口調が真逆の如く豹変する。
アニータは怯まない。何が起ころうと、相手が聖騎士だろうが、何も恐れない。仲間がいる。皆がいる。本当に怖いのは、仲間を失うことだから。
「いい加減うぜぇのはこっちも同じだからな。そろそろ殺してやんよ」
「……ぁ……」
デズモンドの魔法。腕を伸ばして五指を曲げるだけで、対象であるアニータが苦しみ始める。首に絞めつけられるような圧迫を感じていた。
「町をこんなにしたてめぇらが悪いに決まってるだろうがッ!」
不意打ちでデズモンドに殴りかかるブリキ人形が出現した。黒い手腕がデズモンドの頬を殴り飛ばす。その衝撃で、デズモンドの魔法がキャンセルされたようで、アニータが解放される。
「っ……、くっ、ぁ……、ホント、卑怯な魔法……」
咳き込みながら酸素を取り込むアニータの横で、ドゥーガルが追いついた。アニータのぼやきに賛同するように、アニータの無謀な突撃にぼやき始める。
「分かってんなら一人で突っ込むんじゃねえよ。あいつは強さも、魔法も訳わけかんねんだからよ」
「くくっ、……また虫が増えた」
デスモンドが殴られた態勢のまま、やはりうすら笑みを浮かべた。しっかりと足で直立しているものの、肘も膝もダランとした動きで不気味な印象を覚えた。続けてドゥーガルのクレイマンが攻撃を仕掛けるが、鉄人形相手に逆に殴り飛ばしてしまう。
「こいつ……」
「わらわら、わらわら……うざってぇなぁオイ。確実にすりつぶすか」




