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6.見えざる刺客Ⅱ

 戦いの音を背中に感じながら、ドゥーガルとアニータは一心不乱に駆け抜ける。長期的に歩いていくことを見越してそこまで距離は離れていない。だが、門番と名乗る二人が出てきた位置、タイミングを見ても元々謀られていたことは明白である。


 ドゥーガルもアニータもそれはよく理解していた。だからこそ、爆発により炎が燃え上がるコーカスの町に、どれだけの脅威が迫っているのか。必然的に、来た道を戻る二人は突風のように速い。


「おいアニータ、あんまり飛ばしすぎるな。何人敵がいるか分からねェんだ」

「分かってるよっ! でも……」


 間に合わなかったら……。あともう少し早く来ていたら……。

 そんな後悔はもうしたくない。アニータはその思いからますます足を早める。ドゥーガルも思いは同じだ。それ以上は何も言わない。ペースを考えず飛ばすアニータに合わせて、ドゥーガルもまた、追従するだけだった。


「っ……」


 一気に丘を下り、平坦な道に差し掛かる。ここまでくればあともう少しで到着できるというところで、新たな魔方陣が展開される。紅い魔方陣。先程の刺客二人が現れたときと全く同じである。


「待ちな! こっからは一歩も……」

「邪魔っ!」


 アニータは渾身の力で棍双龍ドラゴンダイブを振るう。コーカスの町へと駆ける勢いをそのまま乗せて、新たな刺客二人を叩き潰す。魔方陣で出現する場所もタイミングも把握出来る分、先の先を仕掛けることが可能となった。

 炎と風両方でブチのめすと、刺客らしき二人は即座に吹き飛んでしまった。


「何かいたな」

「知らない、どうでもいい」


 アニータの焦りは余計なものなど目に入っていない。そんなことよりもいまだ煙があがるコーカスの町に一刻も早く向かうべく疾走した。



「っ……!?」


 アニータは風で飛んだ。明らかに敵の渦中へと挑む。限りなく魔力を抑え、戦いに備えばならないが、最終的にそれも理性の遥か彼方へと消え失せたのである。棍双龍の風で自身を浮かせて舞い上がる。コーカスの町……大きな広場近くにまで降り立ったとき、アニータの顔は、叩き付けられた絶望で今にも泣き叫びそうに歪んでしまう。


 町は焼かれていた。何十人もの憲兵が町を荒らす。抵抗する者には刃で斬りつけ、反逆を許さない。爆弾でも使ったのか。町長の家も崩壊し、つい先ほどまでの町並みは見る影もない。隠れ家を含む家の並びは全てを破壊すべく、火を放つことで蹂躙していた。まさに……地獄絵図だ。


「全く手間をかけさせやがる」

「おら、他の聖十字セイントクロスはどこにいるんだっ!」


 一目で分かる粗暴な憲兵。この広場を一旦のたまり場にしているのか。町の人々を虐げているのがアニータの眼に飛び込んできた。いや、それだけならこれまでも、この町では似たようなことはあっただろう。だが今は違う。

 憲兵が長いロレーナの髪を掴みあげて体を浮かせ、暴行に及んでいた。今は、共に追い返してきた仲間がやられていたのだ。


「このっ……その汚い手を離せっ、クズどもっ!」

「あぁ?」


 アニータは叫ぶ。友達がやられていることで頭に血が上っていることは誰の目にも明らかだった。アニータの怒声は、町の人々の泣き叫ぶ声が飛び交う中でも力強く場を制した。


「何だぁ、お前?」

「こいつらと同じ聖十字セイントクロスか? 弱そうだな」


 ブルトスの配下であるのかは分からない。こいつらが何処の部隊だとか、何処の派閥だとか関係ない。ロレーナを、この町をこんなにしたという事実だけで、アニータの意思は固まっていた。


「アニー……タ……何……でっ」


 ロレーナが片目を開いて、アニータを確認する。手酷くやられたのか。頭から、口から真っ赤な血を垂らしていた。


「しゃべらなくていいから……シモンは?」


 兄のシモンがいたらロレーナへの暴行など絶対に許さない筈だ。だが、町の人々、聖十字セイントクロスの人間も何人かは縛られて転がされているが、シモンの姿が確認できなかった。


「分からない……です。……いきなりで、……離れて、しまって……」

「……分かった。少し待ってて」


 こういう時にあのアフロは何故いない。だが、さすがにロレーナを放置して逃げ出したわけではなさそうだ。それだけを確認すると、アニータはロレーナに向けて、今できうる最大限の優しい声色で伝えるように努めた。それでも、厳しい口調になってしまったのはどうしても仕方ないことだった。


「無視すんなよ、こら」

「お嬢ちゃん一人で何をしようってんだ」


 捕縛した人々、また聖十字セイントクロスを見張る役目の憲兵もいたのだろう。比較的粗暴な連中には違いないが、アニータを敵だと見定めると、十数人いた憲兵たちは鞘から剣を抜き、構え始める。ブルトスの配下とは違う。口から吐く言葉は確かに舐めたものだが、一人相手とはいえ、手を抜くつもりはないらしい。躰の運び方も、纏う魔力の淀みのなさも修練した者たちだとよく分かる。


「一人じゃない」

「あ?」

「仲間がいる」


 静かに答えたアニータの横に、遅れてドゥーガルが走ってきた。


「はぁ、はぁ、……ったく、飛ばし過ぎだっての……」

「遅いよ」

「お前が速すぎるんだよ。こっちは風系統の魔法なんかろくすっぽ使えねぇんだ。けど、間に合った……とは言えねぇようだな」


 事態を把握するのに時間は必要なかった。町の惨状。不穏な憲兵。そしてロレーナを始めとする仲間がやられている姿は、ドゥーガルの頭にも熱を感じさせた。


「こっちは十六人だ。一人増えたからなんだってんだ」

「数じゃねんだよ。ま、俺一人でも余裕だがな」

「ちっ、舐めんなガキ」


 一人が駆ける。それに誘発されるように、全員が一斉に襲い掛かった。

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