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2:魔女姫の世界Ⅳ

 鬼という言葉に引っ掛かかったが、言葉通りではなく、何かを揶揄した表現だろうと予測はついた。言及はしなかったけど、恐らくはゾニスのような追っ手を指しているんだと思う。


 渡された服は、制服の上から被るように羽織るだけなので、アルに見られないようにする必要はないし、また時間も掛からない。持ち物もないので支度はすぐに済んでしまう。一応部屋にあった鏡で髪の毛の跳ね具合を確認したが、特に問題はなさそうだ。


 逆にアルの方が、別の部屋に引っ込んでしまう。当初執事を思わせた燕尾服から着替えたようだ。今は燕尾服に比べれば楽な格好であるが、漫画に出てきそうな黒と青を基調とした服を着ていた。何処と無く軍服のようなデザインの気もする。異世界の文化なのだろうが、漫画の世界に飛び込んだような錯覚を受けてしまう。


「準備は出来た?」


 アルはそう言って私に声を掛けた。私はとっくに出来ている。というか、殆ど準備をすることがない。


「うん、まぁ大丈夫だけど。これ何の意味があるの?」


制服の上にわざわざ羽織る必要があるのかという疑問があった。


「さっき来た客のような追っ手を振り切る為だよ。彩芽が着ている服は、この世界では凄く目立つ。少しでも隠れるようにしないといけないからね」


さっき訪問した客もやはり追っ手だったのか。思った以上に面倒事に巻き込まれたようだ。溜め息をつく。アルはと言えば、準備が出来たことに満足そうである。


「それじゃあ行こうか」

「魔術法帝のところ?」

「最終的にはそうだよ。でも此処からは離れてる。すぐに行けるわけではないから、まずはコーカスの町に向かう」

「コー……カス?」


 聞き慣れない言葉に、私はつい尋ねていた。


「町の名前だよ。此処から一番近い。まずはそこを目指す」

「遠いの?」

「まぁ、此処からなら一時間もかからないよ。行こうか」


 アルが扉を開ける。一瞬、太陽の日差しと思われる光に目が眩んでしまうが、外に出て改めて実感した。私の知っている街じゃない。此処は本当に異世界なんだと思わされた。


「うわ……」

「驚いた?」

「そりゃ、まぁね」


 外は森に近い緑の丘だった。生い茂るような自然が溢れるなかで、今までいた小屋はポツンと存在していた。確かに此処なら、あまり人は来ないように思う。でも、それだけなら日本にだってあるだろうし、海外の可能性だってある。

 けど、シャボン玉みたいな浮遊物がいくつも宙に存在し続けていたり、蛍も何もいないのに木々が所々光っていたり、空には惑星みたいなものが幾つか見えているのは異世界であること以外に説明出来そうにない。さすがに自分といた世界とは違うことを、認めざるを得ないと思った。


「暑くない?」


 歩き始めて間もなく、アルが私を気遣う言葉を口にした。気候に関しては問題ない。制服の上に羽織るという妙な着込み方をしているけど、苦にはならなかった。むしろもといた世界より過ごしやすい気温で、少しだけ吹く風が擽ったいくらいである。


「ううん。大丈夫」

「なら良かった」

「それより、一つ気になるんだけど」

「何?」


 まだ分からないことだらけだけど、今の段階で口に出来る疑問はとりあえず一つだ。


「あれ何?」


 目の前に兎のような小動物がいると思った。けど何か違う。ピンク色の体毛でかなり小さい。兎がどうやって鳴くかは知らないけど、猫みたいな声を上げたかと思うと、長い耳をパタパタさせて空を飛んだ。


「ああ、とびうさぎだよ」

「と、とびうさぎ?」


 アルが説明する。この世界には魔力が溢れている。人間が保有しているのと同様に、魔法が自在に使える生き物がいて、この世界特有の進化を遂げた生き物がいるとのことだ。確かに見たことないけど。

 まじまじと眺めていると、アルが付け加える。


「危険はないから大丈夫だよ」

「ふぅん」


 その言葉を信用して、少し近付こうとする。その時、とびうさぎのそばを、何かが通り過ぎる。ドッーと地面に刺さった。


「っ……」


 とびうさぎもびっくりして地に降りた後、凄い速さで逃げて行ってしまった。


「彩芽! く、速すぎる。もう追っ手が来たのか」

「び、びっくりした」


 何が通り過ぎたのか。地面に突き刺ささったものを見ると、何と鋏だった。銀色で、刃先が大きく鋭い鋏だ。何でこんなものが。


「あー! 外しちゃったじゃないか。邪魔しないでよ。もー」


 ガサガサと木の上が動く。随分と高い木にも関わらず、軽やかな動きで、木々をジグザグに降り立つ。赤いフードを被った小柄な人だった。


「お前、何者だ?」


 アルが前に立つ。分かりやすいくらいに警戒して、敵意を向ける。


「あ? あんたらこそ何者だよ。まずは自分から名乗るのが礼儀って知らないのか?」

「別に名前なんか興味はない。いきなり攻撃を仕掛けた上に、顔を隠したお前が信用ならないだけだ」


 アルの言葉を聞くと、フードの人はうーむと唸る。


「あは、確かにそりゃそーだ。けど安心しなよ。私は食料として兎を狙っただけだ。あんたらなんか眼中になかったよ。顔に関しちゃこれでいいか?」


 そう言ってフードの人は、あっさりと上に捲って顔を晒した。声のトーンから、小柄な体格から、もしかしてと思ったけど間違いないらしい。フードの下は幼い顔立ちできらきらとした金髪が見える。紛れもなく、その子は女の子だった。


「ついでだから聞いときたいんだけどさ。この辺で狼見たことない?」

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