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2:魔女姫の世界

 「……っ」


 目覚めた場所は室内だった。木目が並んだ天井。木製の簡易な作りのベッドに私は横たわっていた。徐々に覚醒して頭を働かせる。一体何処なんだと私は飛び上がるように顔を上げた。


「おや、起きましたか」

「きゃああぁ!」


 顔を上げた時、すぐ目の前に兎の頭が視界を塞ぐ。無機質で感情のない作り物だ。いきなり現れるとびっくりしてしまう。おかげで、不覚にも悲鳴みたいな声をあげてしまった。


「良かった。それだけ元気があれば問題ないでしょう」


 けど兎のほうは、気にする様子もなく腰を上げた。木造の部屋だ。ぎしぎしと軋む音を鳴らして窓に近付く。

 見知らぬ奴にベッドに寝かされるなんて境遇は中々ない。私は自分の格好をその間に確認し、変わり映えしない制服に少し安堵した。


「今は近くに敵もいませんから。安心してください」

「敵って……。そ、それよりここは何処? あれからどうなったの?」

「ここは私の隠れ家ですよ。世界を繋ぐ空間の穴に落ちたあと、貴方は気を失いました。幸い追っ手も振り切れたので、この場所に運ばせてもらいました」


 兎はスラスラと言葉を繋ぐ。私と違い、とても冷静で無機質で機械的だった。それが気に入らない。


「飲みますか? 紅茶ですが」


 上半身を起こし、ベッドに座る態勢の私に兎は提案する。自身が手にするティーカップを掲げると同時に、馬鹿げた話だが、目の前でもう一つのティーカップが浮いていた。


「……っ」


 まだ夢の中にいる気分だった。けどそうじゃないんだと思う。ゾニスと名乗った男のことも思い出して自分の置かれた状況を嘆く。

 ふよふよと真っ白いティーカップ。その横にふわふわと対になる白いティーポットが浮かんでいた。


「……これも魔法って奴なの?」

「ええ。便利ですよ」


 受け入れ難い事実への皮肉のつもりだったけど、この兎には馬の耳に念仏らしい。


「いい。いらない。それより約束通り説明して」

「その前に謝罪しておきます。すみません。結局、貴方を無理矢理連れて来てしまいました」


 一変、兎は頭を深く深く下げた。


「ほんとに。ほとんど最初から無理矢理だった気もするけど」

「すいません」


 兎は一層頭を下げる。それでも被り物は落ちそうになかった。謝っている姿勢は理解出来たが、それより……。


「それよりも、私は自分の置かれた状況が知りたい」

「分かりました。まずはこの世界のことから話しましょうか」

「あともう一つその前に、その喋り方。いい加減その無理な敬語止めない?」

「無理、とは」


 兎のビー玉のような赤い眼が私を映す。どうやって紅茶を飲んでいたのか分からないけど、傾けていたティーカップを垂直に持ち直していた。


「最初は敬語で話す人かと思ってたけど、ちょくちょく敬語崩れてたし。どう見ても無理にしてるとしか思えないけど」

「今度のアリスは思った以上に鋭いですね」


 一瞬、褒められたのかと戸惑う。いや、これは逆だ。見た目に反してと馬鹿にされたんだ。


「そ、それってどういう意味な……」

「アリス……いや、彩愛がそう望むなら敬語は止めるよ」


 私が怒りを口にしようとしたところ、兎はあっさりと私の希望に従う。そのタイミングでは、私はそれ以上何も言えなくなる。何だこの兎は。分かってやっているのではないのか。そんな恨み言を内心に、さらなる要求を私は叩き付ける。


「む、ぅ……。それに、その被り物。取ってくれるって言ったでしょ」

「あぁ。そうだったね」


 今迄もったいつけていたのは何だったんだろう。そんなことを思わせる程、兎からの返答は拍子抜けするものだ。兎は手にしていたティーカップを離す。落下することはなく、私の目の前を依然浮遊するティーセットと同様に、ティーカップもふわふわと空中遊泳していた。いまだ慣れない、信じ難い光景ではあるけれど、これで兎の両手は空いたことになる。

 兎はゆっくりと場所を移動する。再び、ぎしぎしと床を軋ませながら、ベッドに腰を下ろす私の目の前まで動いた。

 感情を感じさせない作り物。それが今、本人の両の手によって外されようとしていた。

 僅かに覗く白髪。一片の淀みもない、さらさらとした綺麗な髪だった。


「ふぅ。さて、改めてはじめまして。俺の名前はアルフレッド・グラデミス。彩愛はアルとでも呼んでくれたらいいよ」


 柔らかい笑顔だった。曝け出された顔は、輝く白髪に合わせたように綺麗な蒼い眼。羨ましくなるくらいの透き通った白い肌。整った顔立ち。線が細い印象ではあるが、間違いなく美少年だった。何故、こんな兎の被り物をしていたのかと不思議に思えるくらいに……。


「な、何で、そんなものを被ってたの?」

「仮面と一緒さ。隠す必要があったからだよ」


何故、そんな必要があったのだろう。質問を続けるより先に、アルは私に尋ねる。


「隣、座っていい?」

「え、あ……ど、どうぞ」


 まさかこんなイケメンが出てくるとは思わなかった。敬語を止めるように言ったというのに、逆にこっちが畏まってしまう。そんな私の態度に気付いたアルは、クスッと笑ったのだ。


「何か今ムカついたから殴っていい?」

「何でっ!?」


 兎の被り物は床に置き、再びティーカップを手に取るアルは、私の隣に腰を下ろした。


「半ば強制的にこの世界に連れてきたことは謝るよ。でも君の力が必要なんだ。どうしても」


 神妙な顔つきになったアルは、目つきが鋭くなった。そして、ぽつりぽつりと事情を話し始めた。

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