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カラフル  作者: 東山千秋
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 無事に冬休みを迎えるかどうかを決める期末テストが終わり、リアルが充実している人たちが過ごすクリスマスが終わり、世間は一年の締め括りである大晦日を迎えていた。大晦日は紅組と白組に分かれて歌合戦をする番組、お笑い芸人たちが揃いに揃って笑わせてくるバラエティー番組など、大晦日だけの特別な番組が放映され、それを炬燵に入って見ながら年越し蕎麦を食べる日だ。だけど、そんな日に僕は家の居間ではなく、いつもの場所に来ていた。時刻は零時手前。灯りは外灯のみ。沖から吹き抜ける風が体の熱を奪い去って行く。待ち合わせだけなのに、何でここを選んだのだろうと自分でも馬鹿すぎて少し笑えてくる。もっと頭を使うべきだったんだ。

 零時を少し回る頃に、葉山はやって来た。

「ふしみん、お待たせ! ちょっと準備に手間取ちゃって」

 鼻を赤くしている葉山を見て、ここを待ち合わせ場所にしたことを後悔した。やはり、駅前とか近所の公園とかにしておくべきだった。

「全然、待ってない」

「嘘でしょ。だって、めちゃくちゃ鼻赤いし」

「そんなこと言ったら、葉山だって赤いだろう」

「私はそんなことないから」

 強がるような口調で言う葉山。そんな姿を見て、僕は微笑ましい気分になった。

「こんな寒い所にいるわけにはいかないし、初詣に行きますか」

「行こう行こう。今年こそは大吉を引いてやるんだから」

 談笑を切り上げ、目的地に向かうことにした。どうやら葉山はおみくじを楽しみにしているらしく、張り切っていた。


 零時を回っていたこともあり、目的の神社は人で溢れ返っていた。この神社は初詣目的で利用する人と学業の神様が祭られていることから、今年に受験を控えている学生が来ているため、毎年毎年、人が多い。

 神社の本殿まで続く道は石畳で舗装されていて、脇にはベビーカステラやフランクフルト、じゃがバター等を販売している露店が並んでいる。人気の露店には長蛇の列ができていた。

 本殿に着くと、早速、僕と葉山は財布から五円を取り出して賽銭箱に向けて投げた。

「今年も仲良くできますように」

「葉山、普通に口から出てるよ」

「今のなし!」

 願いが口に出ると人を初めて見た。まあ、このことは忘れてやろう。

参拝時のルールである二礼二拍手一礼を守り、事を済ませた僕たちはおみくじを引きに行った。


 今年に入って最初の運試しに思うところがあるのか、懇願しているような表情を浮かべる人が山のようにいた。しばらくして僕と葉山にも順番が回ってきた。巫女さんに渡されたおみくじ筒を振った。全力で振った。何しろ、凶を引いて今年一年に絶望するのだけは避けたかった。それにしても深夜なのに、巫女さんたちは元気を絶やさず笑顔で接客をしてくれる。

「ふしみん……私の一年がもう終了を迎えました。」

「奇遇だな。僕も終了のお知らせを食らったよ」

 お互いに紙を見せ合った僕たちの結果は両方とも凶だった。とてつもなく不愉快だった。あれだ、大吉を引くこと自体にも今年一年の運を全て使っている可能性があるわけだし。今の僕はそれだ。大吉を引いて運を使い切ってしまっただけなんだ。凶なんて最初からなかったんだ。飛んだ事実の捻じ曲げだった。


 「何か食べたいよー」と葉山が小腹を空かしたようなので、本殿に行く途中に見た屋台を見回ることにした。それに丁度、僕も小腹が空いていた。タイミングが良いとは正にこのことだ。

「ベビーカステラにしようっと」

 葉山はそそくさとベビーカステラの売っている露店に向かって走って行った。

「甘い物じゃないのがいいんだよな」と思った僕の目に飛び込んできたのはじゃがバターの五文字だった。味も醤油と塩とマヨネーズの三種類があるらしい。よし、ここにしよう。迷うことなく僕はじゃがバターの醤油味を買った。

「先に行っちゃったかと思ったよ」

 小走りでこちらに向かってきた葉山の手にはしっかりとベビーカステラが入っていると思われる袋が握られていた。

「そんなに早く買い終わると思わなかったから、僕も何か買っておこうと思って」

 買ったじゃがバターを見せ付けてやった。

「一言ぐらい声を掛けてくれたらいいのに」

 ぷくっと顔を膨らました葉山の姿を見て、少し可愛らしいと思ってしまった。


 お腹が満たされた僕たちは、日の出を見るために神社を後にして、いつもの場所に来ていた。おそらく、真面目に話をできる機会があるとしたら今しかない。できることなら、日が見えるまでには話を終えて、互いに納得した状態で日の出を見て、一年の始まりを締め括りたい。

「なあ葉山、ちょっと話を聞いてもらってもいいかな」

 心臓の脈を打つ速度が早くなる。この感覚は久しぶりだった。

「そんなに改まらなくても、聞くってば」

「それはありがたい」

「今さらな感じで何か違和感あるけど、どうぞ話しちゃってください」

「お言葉に甘えて。葉山はさ、僕にカラフルのことを教えてくれたよな」

 こくりと頷く葉山。

「実は教えてもらった次の日にレンタルしに行って見たんだ。そしたら、本当に物語の主人公の過程と僕のしてきたことが同じみたいだった。だから、僕は色んなことを受け入れて、真っ直ぐ進んで行けばいいって思い直すことができた。そうしようと思った。けどさ、カラフルの最後は主人公が友達を助けるんだ。僕だけが助けられても、僕に助言をくれた葉山が何かを抱えたままなのは腑に落ちなかった。葉山を助けたいと思ったんだ。だけど、葉山の本当の気持ちや悩みを知って、僕が曖昧な答えを出しても葉山のことを助けられないと思った。ちょっとした好意では駄目だったんだ。だからこそ、麻衣とのことに区切りを付けようってなった。忘れようとしたわけじゃない。あくまでも区切りを付けようってことだ。病院を抜け出した日、僕は麻衣と一緒に行った場所を巡ったんだ。何せ、葉山は優しくて、何度も何度も僕を助けてくれたからな。けど、だからと言って、僕のちょっとした好意を伝えるわけにいかなかった。まだ曖昧で友達としてなのか、異性としてなのか分からなかったし、本当の意味で心から葉山と向き合うにはそうするしかなかった。色んな場所を巡る内に記憶を沢山思い出した。でもな、最後に行った場所で麻衣の言っていたことが頭を過ったんだ。『今、自分を大切にしてくれる人は自分も大切にするべきだと思うんですよ』って。葉山は僕のことを大切に思ってくれたから、今の僕がある。これで僕の曖昧な好意がどっちなのか、がはっきりしたんだ。それを今から伝えようと思う」

「ちょ、ちょ、ちょっと待って。ふしみんも麻衣ちゃんもこんな私のこと……」

 不安げな表情を浮かべる葉山に僕は向き合った。真っ直ぐ向き合った。

「葉山が僕をここまで来させたくれた。本当に感謝しているよ。それにさ、いくら言っても麻衣は戻って来ない。嘆いていても今はすぐに過ぎていく。そんな今なら意味がない。だから、麻衣の言った通り、今を大切にしてくれる人を大切にしようと思ったんだ」

 間髪入れずに僕は続けた。止まるもんか。

「それでやっと気持ちがはっきりしたんだ。僕は葉山咲良のことが友達としてじゃなく、異性として好きだってことに。こんな僕で良ければ付き合ってほしい」

「え、それ、本当に言ってるの、嘘じゃないよね」

「心の底から言っているんだけどなあ」

「あー、えー、だったら、そ、その、よ、よろしくお願いします」

 慌てふためく葉山はどこか可愛らしくも見えた。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「ありがとうね、ふしみん」

「別にありがとうって、言われることはしてないけどな」

「んもう!かっこつけちゃってさ!」

怒るような口調だったが、葉山はどことなく嬉しそうだった。そんな姿を見ているだけで僕も幸せな気分になれた。

 しばらくしてから、日の出が始まった。眩しい陽の光は祝福してくれるかのように僕たちを包み込んでくれた。僕に前を向くきっかけをくれた彼女のためにも前へ前へ進んで行きたい。そう、以前の僕とは違う。今の僕はカラフルなのだから。


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