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それからの学校生活は充実していた。何故なら、自分自身が休み時間、普段の授業、友達との会話、学校で起こるあらゆることに前向きになれたからだ。そうなれたのは葉山の助言のおかげだった。それが映画の紹介だとしても、僕に問い掛けるように紹介してくれたのは葉山だ。葬儀と今回の件で言葉には人を助ける力がある、と痛感せずにはいられなかった。しかし、感謝の気持ちとは裏腹に心配事ができてしまった。カラフルを教えてもらった日以来、葉山が変わってしまった。僕と話していても口数が少なく、どこか素っ気なさを感じる。悩みの解決策を提案して、葉山はそれに乗ってくれた。不満はなさそうだったし、文句も一つとしてなかった。何か悪いことをしたのだろうか。最近はそれで頭が一杯だった。一難去ってまた一難。正しくこれだった。
「それでねー、色々と大変なことになってー」
和気藹々と友達と話す葉山の声が聞こえてくる。もしかしたら、僕が深く考えすぎているのかもしれない。
寄り道がてら、波止場の灯台に足を運ぶと、そこには寝転がっている葉山の姿があった。僕に不都合があったなら、謝りたいという一心で声を掛けることにした。
「やっぱり、僕の言ったことだったら役に立てませんでしたか」
葉山は重く口を閉ざしているのか、返事はなかった。いよいよ危機感が体に付き纏い始めた。そういえば、麻衣を怒らした時も返事がなくて、同じような危機感を感じていたな。「ごめん」と言おう。それがいい。
謝罪の言葉を吐き出そうとした時、葉山の重い口が開いた。
「ふしみん、私が嘘を付いているなんて思わないよね」
「もしかして、昨日の話が嘘で、本当はもっと辛い悩みがあるとか」
嘘という言葉が物凄い速さで頭を巡り始めた。いつ葉山は僕に嘘を付いたんだ。手当たり次第、葉山が嘘を付いていそうなことを考える。
「え、何で分かったの」
「分かるも何もそれしか思い付かなかったからだ」
もっと深刻な悩みがあることは分かったけど、肝心な内容が分からない。
「でも、これを言ってしまうと色んな人を裏切ることになるかもしれないから」
「嘘の次は裏切りなのかよ」
「結果的には、そういうことになると思うのね」
本末転倒を通り越して、もはや意味不明だ。混乱するっていうのはきっとこういうことを言うのだろう。僕には葉山が何を伝えたいのか、理解できない。
「悩み続けたら……」と葉山は小声で言っていたが、聞き取ることができなかった。気になったので聞き返そうとすると、「そうそう、ふしみん。今週の休日に演奏会があるんだけど、暇かな」とチケットと思わしき紙切れを摘まみながら、笑顔でこちらに見せ付けてきた。嘘だの、裏切りだの、シリアス臭い話をして後に笑顔って訳が分からない。まあ、今はチケットを受け取っておこうか。予定も入ってないし。問題なし。
「見に行くからには、しっかりとした演奏をしてくれよ」
「任せて!」
こうして、僕は葉山の所属する吹奏楽部の演奏会を見に行くことになった。
演奏会当日、葉山から説明された通りの場所へ来ていた。街の中心部にあるホールだった。演奏会なんて生まれて初めてだから、どうも勝手が分からない。演奏会を見に来た周囲の人たちは次々と席に着いていく。見やすさを重視して、舞台寄りの席に座ることにした。
開演の時間を迎えると、ホールの照明が消灯し、徐々に舞台の幕が開いていった。舞台には綺麗に整列した吹奏楽部員がいて、楽器を構えていた。指揮者が棒を振り始めると、様々な楽器が一斉に鳴り始めた。楽器に詳しくない僕も麻衣が吹奏楽部だったこともあってホルン、クラリネット、フルート、サックスぐらいなら把握しているので、クラリネットを吹いている葉山をすぐに見つけることができた。緊張しているのか、顔が強張っていた。
壮大な曲、ポップな曲、クールな曲など、段々と演奏会は進んで行った。最後はいつもの場所に合いそうな穏やかな曲だった。今度はこの曲を聴きながら読書でもしたいな、そんな呑気なことを考えていた。ここに来て、曖昧になっていたことを思い出した。演奏会の誘いで有耶無耶になってしまった葉山の悩みを知ることができずにいたことを。
案の定、演奏会が終わった葉山に労いの言葉を掛けると、どこか浮かない表情を浮かべていた。普通なら疲れ切っていても自分の成果を出し切って、どことなく気分が良くなって、それが表情に出てきたりすると思う。けど、葉山の表情はそれとは違うものだった。
「今日は来てくれてありがとうね」と無理矢理に笑顔を作った葉山は部活仲間の方へと駆け寄って行った。訳が分からなさすぎる。
演奏会以降、まともに眠れない不眠の日が続いた。一晩中、葉山が抱えている本当の悩みは何なのか、を考えているとそうなっていた。ようやく、僕の中で出た答えは「絶対に本人から聞き出して、不安を取り除いてやる」の一つだけだった。まあ、最終的な答えが出るまでに朝を迎えてしまい、一睡もしないまま学校に登校することになったのは言うまでもない。