幼馴染のための模範解答
只今リハビリ中
「お前が好きなんだけど」
あたしたちの他には誰もいない教室で彼は静かに言った。
彼の名前は羽鳥 慶 通称けーちゃん
10年前は泣き虫で、いつもあたしの後をついてきてた可愛い幼馴染。
現在は、来る者は拒まず去る者は追わずな女泣かせの学校一のイケメン。
本当にどうしてこうなった・・・。あの頃に戻れるなら、全力で進化キャンセルのボタンを連打したい。ていうか、かわらずの石を持たせたい。
まぁ、ただの独占欲だけどさ。
そんなけーちゃんに教卓の前で告白されているあたしは三原 さおり。
特に美形でもなければ、可愛くもない月並みな女子高生。
しかし、本当に久しぶりだ。こうやってけーちゃんをちゃんと見るの。
中学校に入学してから、けーちゃんとの接点が減りどんどん疎遠になっていった。高校はなぜか一緒だったけど、今まで全く関わりなかったのに。友達経由で呼び出されて現在に至る。
窓から差し込む夕日をバックに立つ幼馴染は、昔の可愛らしさなど微塵も残さずカッコいい男になっていた。アイスで顔中ベトベトになってた子が、今やこんな素敵な美青年に・・・劇的すぎるビフォーアフターだよ、ほんと。
ちょっと下を向いて苦笑いを隠して一呼吸。
「うん。あたしもずっと好きだったよ」
ちゃんと目を見て言えた。出だしは上々。
初めて会ったのが高校だったら、なにこの軟派男ってドン引きして一切関わろうとしてなかっただろうに。それこそ、あの黒光りしてる虫並みに毛嫌いしてたに違いない。
だけど、あたしは知っている。泣き虫で臆病なけーちゃんが成長していく中で一生懸命変わろうと努力してたこと。勉強も運動も人一倍頑張って、いじめられてもあたしの後ろに隠れるのをやめて一人で立ち向かっていくようになった。そして少しずつ皆に認められ、クラスの人気者になっていった。
すごいなぁと思う気持ちが、好意に変わったのはいつだったんだろう・・・もう覚えてないけど。自覚した時には、もうけーちゃんは遠い人になってたな。高校に入ってからは、すごく美人な女の子と一緒にいるところをよく見かける。しかも、いつも違う子。そんな節操なし早く見限るべきだって自分でも思うんだけどね。誰よりも傍にいた経験からくるうぬぼれや誰よりもけーちゃんの過去を知っていることからくる優越感が、それを許してくれないんですよ。まったくもってたちの悪い。
照れたのか手で口を隠しながら、けーちゃんは言う。
「・・・それじゃ、付き合って・・・」
「うん、それは嫌」
笑顔ではっきり答えた。
「・・・はぁ!?」
怪訝そうな顔をして睨むようにあたしを見るけーちゃん。怖い顔できるようになったんだねぇ・・・。だけど、任侠映画が大好きな私には全くもって効果がない。対抗して、あたしがヤンキーにからまれた時用にあみだした最強の怖い顔をしてみようか・・・うん、確実に逃げられるから止めとこう。それは人外の顔だって言われたことあるしな。
「一か月ぐらい前のあたしならすぐにOKして、泣いて喜んでたんだろうけどね」
ちゃんと笑えてるといいんだけど。
「最近あたしの友達が、同じクラスの男子といい感じでね。二人とも桃色オーラが常に全開で、誰がどう見ても両想いなのに、鈍感だから一歩進んで二歩下がる状態で、クラスの皆も担任も全員、生暖かい目で見守ってて・・・」
「それがどうしたってんだよ!」
けーちゃんイライラしてるな。カルシウムが不足してるに違いない。煮干しあげた方がいいかな。多分、カバンの中に入ってるはず。なんで入ってるかって?女子高生にもいろいろあるのさ・・・。
うん、話を戻そうか。
「二人ともさ、呆れちゃうくらい相手のことで必死なんだよ。なにすれば喜んでくれるかなとかいつも真剣に考えてる。まぁ、あんまりかみ合ってないんだけどね」
どっちもマイペース過ぎて、どんどんよくわからない方に話が飛んでいくんですよ、あの二人は。そして、いつも軌道修正させられるのはこのあたし・・・。なんど爆発しろ!って言いそうになったことか。
「・・・」
「それ見て思った。あたしもああいう恋がしたいって」
貴重な青春時代。どうせするならさ、いい恋がしたいじゃないですか。
さて、突然ですがここでけーちゃんに質問です。
「羽鳥君は付き合った彼女たちを喜ばせようとか楽しませようとかしたことある?」
一瞬、面食らったような顔をして目をそらしながらけーちゃんは答える。
「・・・当たり前だろ」
聞いといてなんだけど、けーちゃんの答えは割とどうでもいいんだよね。あたしの答えはすでに出てるから。
「うんうん、そうだよね。でも、あたしが見る限り羽鳥君の歴代彼女さんたちは、全然桃色オーラが出てないんだよ」
好きな人が好きになった人だもの、そりゃ、気になっちゃうさ。
けーちゃんに反論させる暇を与えず、あたしは続ける。
「どちらかというとね、いつも不安そうなんだよね。傍にいる時は常に羽鳥君の機嫌を伺って、傍にいない時は羽鳥君に近づかないように周りの女の子たちを牽制してる」
「・・・それは、あいつらの性格が悪いから・・・」
さっきからけーちゃんはあたしの顔すら、まともに見てない。うつむいて、両手をギュッと握る姿は10年前のけーちゃんとダブってなぐさめてあげたくなる。・・・はぁ、幼馴染ってこれだから厄介。
「そうかもね」
あたしの言葉に勇気づけられたのか、けーちゃんはさっと顔をあげた。
「・・・それが嫌になって別れたんだ。あいつら、いつもまとわりついてくるし俺が違う女と少ししゃべっただけで嫉妬して怒りだすしさ、もう最悪なんだ」
うん、最悪なのはけーちゃんだよね。
彼女たちが、まとわりつくのも嫉妬するのも不安で仕方ないからだろうに。そして、それが自分のせいだとは全く思ってないところが救えない。
「その点、さおりは昔っからさっぱりした性格だから上手く付き合っていけると思うんだ」
いきなりの名前の呼び捨てにイラッとした。最後くらい可愛い女の子気取りたかったけど、ちょっと殴っていいですかね、このイケメン。
「うん、無理。あたしも羽鳥君と付き合ったら確実に彼女たちと同じようになるよ」
今にも殴りかかろうとする右手を何とか抑えつつ、答える。
けーちゃんは、少し驚いたような顔をしていた。
「そんなこと・・・」
「彼女がどんなに必死で話しても、携帯いじりながらずっと適当に相槌打つだけ。彼女が傍にいても関係なく違う女の子とも親しくする。そんな男と付き合ったら誰だってそうなるよ羽鳥君。」
「・・・っ」
好意には同じくらいの好意で返してほしい、そう思うのは自然なこと。それが、ちゃんと返ってこないから彼女たちはずっと不安そうな顔してたんだと思う。
「あたしはね、羽鳥君。そうなりたくないんだ」
あたしは自分のためにけーちゃんへの思いを捨てる。
これがあたしの答え。ファイナルアンサーだよ、けーちゃん。
「だから、けーちゃんとは付き合わない」
これで見納めとけーちゃんをじっと見れば、けーちゃんもあたしを見ていた。その顔が今にも泣きだしそうに見えたのは、あたしの願望か逆光のせいだろう。
うん、満足。あと、最後にこれだけは言っておかなくちゃ。
「羽鳥君がどんなつもりで言ったのかは知らないけれど、好きだって言ってくれて嬉しかったよ。じゃ元気でね」
言い終わると同時にあたしは足早に教室を出た。
ふぅ。なんだかスッキリしたような空っぽになったような不思議な気分だ。
しかし、本当になんでけーちゃんはあたしに好きだなんて言ったんだろう。
あたしがけーちゃんのことを見ていても、視線が合うことなんて一度もなかったし、すれ違っても無反応だし、けーちゃんがあたしのことを意識してたはずがない。多分、今までの美人系女子に飽きて、暇つぶしがてらモテない幼馴染の相手でもしてやるかって感じだろう。
・・・やっぱり戻って、一発殴っておこうかな。
「さおりちゃん!」
真剣に殴るべきか殴らざるべきか悩んでいると後ろから声をかけられた。振り向けば、あたしの答えを変えてくれた友達がいた。
「あれ、こゆりちゃん。まだ帰ってなかったの?」
「うん。さおりちゃんが羽鳥君に呼び出されたって聞いて心配で・・・大丈夫?なにもされてない?」
「大丈夫だよー」
むしろ、こっちが何かしでかしそうだったよ。
「・・・大丈夫じゃないよ。さおりちゃん、全然笑えてない」
・・・やっぱり、この子はごまかされてくれないか。
あー・・・我慢してたけど抑えるのが難しくなってきたよ。
もう笑顔を作る気力もない。
ごめんね菅原君。今日はこゆりちゃん貸して。
「・・・こゆりちゃん、話・・・聞いてくれる?」
いっぱい話して、いっぱい泣いて。
あたしはこの初恋を終わらせる。
誰がそう簡単にくっつけるかこのイケメン(設定)がっ!!とか考えてる自分に落ち込むこともあるけれど私は元気です。