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ラエティティアサーガ

出来損ないの魔人 ~トラ、旅に出る~

作者: 西岡 幸

閑話として書いた物ですが、短編で出してみます。

多くの者が普通に出来ることを出来ない。


悪い言葉で言うと、出来損ない。


昔むかし、ある所に少年がいました。


彼は家族から出来損ないと罵られ、村中から嘲られ、爪弾きにされてきました。


時には死んでしまうのではないかと思うような事もありました。


それでも彼にはそこに留まる他に生きる道がありません。


なにより、どんなに爪弾きにされようとも、彼はその村を、村の景色を、村の皆の事を好きでした。



これは、出来損ないと呼ばれた魔人の物語。


そして、一つの伝説の始まりの物語。





――――――――――――――――――






 とある漁村。果てしない荒野が広がるこの地では、漁業こそが生きる糧となっています。漁師になるのが、多くの子ども達の夢。しかし、この世界で漁師になるには厳しい鍛錬が必要でした。


 海には強力な魔物がいるのです。荒野に巣食う魔物とは比べ物にならない程強力な魔物が。

 抗う力の無い者が海に出ることは、自殺にも等しい行為なのです。


 ですから、漁師は皆英雄でした。海の強力な魔物すらモノともしない猛者だけが漁師となれるのです。子ども達は漁師達のその強さに憧れました。


 ここでは強さが絶対でした。弱い者は強い者に従う他に生きる術がないのです。


 ここでは弱さが罪でした。強い者は弱い者を見下しました。


 それは子ども社会であっても同様で、こともあろうに家庭でさえも同様でした。


 “魔人族”の中でも最強の種族である“鬼人族”


 生まれながらにその身を包む“気”はあらゆるものから身を護り

 生まれながらに持つ“魔力”は頭骨に生える角から迸り、荒野の魔物を屠る程でした。


 生まれながらに戦いの術を持つ彼らにとって

 生まれながらに戦いの術を持たない者は足手まといでしかありませんでした。





 生まれながらに弱い者にとって、そこは地獄でした。




――――――――――――――――――




 村の外れに大きな木があります。荒野にも点々と生えるその木は、バオバブの木に似た大きな木です。その根元に、一人膝を抱えた少年がいました。抱えた膝に顔を埋め、ぼさぼさの金色の髪だけが存在感を示しています。


 そこへ、一人の人物が歩み寄ります。筋骨隆々の逞しい身体と、それとは対照的に優しい顔をした男。男は少年の前まで来ると、少年の目線に近づくように屈みました。憂いを帯びた眼差しが少年を見つめています。


「どうしたんだい。友達とは遊ばないのかい?」


「……」


 男の声にも少年は顔を上げません。しかし、男は多くを語らず、ただ黙って少年の言葉を待ちました。風が吹いて、少年の金色の髪を撫でます。やがて風が止むと、静寂を破るように少年が声を出しました。


「…ち…て…ない」


「ん?」


「…ともだちなんていない」


 少年の短い答えに、男の瞳は更に憂いを深くします。


「そうか…いじめられたのかい?」


 男の不用意とも言える一言を聞いた少年は顔を上げ、堰を切ったように激しい声で訴えました。


「いじめられてなんかない!ボクはみんなとちがうからしかたないんだ!

 とうさまもかあさまも、できそこないのボクなんかいらないんだ!」


 少年の言葉は要領を得ませんが、激しい感情を湛えた金色の瞳は真っ直ぐに男の瞳を見つめています。男はただ黙って、少年と同じ金色の瞳で見つめ返していました。


「ボクはできそこないなんだ…“まりょく”も“き”もわからない、できそこないなんだ!!」


 少年はそう叫び、大粒の涙を流します。


「みんな“き”をつかえるのに、ボクはつかえない!

 みんな“まりょく”をつかえるのに、ボクはやっぱりつかえない!

 ボクはつかえない!つかえないんだ!

 できそこないなんだ!…わぁーん!!」


 一度溢れた涙は留まることを知らず、少年の頬を濡らし、止め処なく地面に零れました。

 こみ上げる感情のまま泣き叫ぶ少年でしたが、目の前の逞しい男の顔に起こった異変に気付くと、ハッと息を飲みました。


 男の左頬を一筋の涙が伝っていました。


 男は何も言わず、その太い腕で優しく少年を抱き締めました。少年はそれに抗う素振りもなく、その温かさを感じ、今度は静かに涙しました。


「君は出来損ないなんかじゃない。出来損ないなんかじゃないんだ。」


 男は少年を抱き締めながら、何度も何度もそう呟きました。

 少年の肩の震えが止まるまで…


 少年が落ち着きを取り戻すと、その身を包んでいた逞しくも優しい腕はすっと離れました。


「あ、あの…ごめんなさい」

「いいんだ。君は忌み子として扱われてきたんだね…

 その術式による刻印…」

「……」


 少年は男の言葉に黙って頷きました。男の目は、少年の手の甲に刻まれた魔術による刻印を見ています。


「…君は忌み子なんかじゃない。」

「えっ」

「こんな刻印、可能性を握り潰すだけの物だ。」


 そう呟く男を見た少年は、今度は恐ろしさで一歩後ずさりました。男の顔から先程の優しさが消え、怒りに満ちた表情になっているのです。眉間と鼻に見える深い皺が、怒りの深さを表しているように見えました。


「もう一度言う。君は忌み子なんかじゃない。

 ましてや、出来損ないなんかじゃない。」


 男は怒りを押さえ込んだ真剣な表情で少年にそう言いました。更に続けて質問します。


「君は強くなりたいかい?」


「……」


 少年は無言のまま小さく頷きます。


「返事を聞かせてくれ。君は、強くなりたいかい?」


 男がそう言うと、少しの間をおいて少年が小さな声を出しました。


「…はい。つよくなって、みんなをおどろかせたい。ぼくみたいなひとたちをまもりたい。」


 男は優しい顔に戻り、より一層の優しさを込めて微笑むと、一つ頷いて少年に言いました。


「君は優しいね。強くなって皆を見返したい、やり返したいと思わないのかい?」

「えっ…ううん。ぼくはぼくがつよくなれたらそれでいい。みんなのことがきらいなわけじゃない。ぼくはよわいぼくがきらいなんだ。」

「そうか。」


 男の左目から、また一粒の涙が零れました。そして、そのまま静かに少年の手を取り、少年の手の甲に手の平を重ねます。倍以上も大きな手が少年の小さな手を覆い隠すと、ほんのりと暖かくなっていきました。しかし、徐々に手の甲が焼けるように熱くなり痛みだします。


「い、いたい!」

「大丈夫。もう終わった。」


 男の手が少年の手から離れると、少年の手の甲にあった筈の刻印が消えていました。


「あれ?いたくない…」


 男が黙って微笑むと、右頬を一筋の赤い涙が伝います。


「お、おじさん。目から…」

「大丈夫。魔力を使うと昔からこうなるんだ。それよりも、おじさんの旅に付いてこないか?家族には私から話すから。」

「で、でも…ぼく、たたかえないよ…」


「君が戦えるようになるまで私が護る。君に色んな世界を見てもらいたいんだ。色んな人々がいて色んな生き方があって、色んな強さがある。この村にいたらわからないことが、世界には溢れ返っている。大切なのは、君が村の外の世界を見たいかどうかなんだ。」


「とうさまも、かあさまも、たぶん止めないとおもう。かってにどこへでもいけって言うとおもう…」


「つまり?」


「いきたい。そとのせかい、見てみたい。」


 男は少年の言葉を聞くと、優しく微笑みながら頷きました。


「私の名前はヴァーリ=ロック。君の名前は?」


「…トラ。」


「トラか。いい名だね。

 知っているかい?名には力が宿るんだ。」


 ヴァーリ=ロックと名乗った男が「さあ、行こう。」と手を伸ばすと、トラという少年は少し戸惑いながらも男の手を取り、立ち上がりました。二人は少年の家へと向かいました。







 少年の家に着き戸を叩くと、一人の女性が戸を開きました。女性は訝しげに男を見ながら「何の用?」と聞きます。その傍らにいる少年には気付いてもいない様です。


「貴女がトラの母上ですか?」


 ヴァーリがそう訊ねると、母親はウンザリしたように溜息を吐くと面倒そうに答えました。トラには一度も顔を向けません。


「そうだけど、何?またその辺で死に掛けてた?そのまま放って置いてくれていいわよ。」


 ヴァーリはその言葉にしばし自分の所在を忘れるほど驚きました。そして、言葉の意味を理解するにつれてその顔に激しい怒りが滲み出始めるのです。


「何その顔?うちの子をどうしようが親の勝手でしょ?その子、弱いのよ。どうしようもなく出来損ないなの。恥ずかしいったらありゃしない。」


 母親の心無い言葉。しかし、ヴァーリの変化に母親は顔色を変え、押し黙ります。


「それを護り、育てるのが貴様等の使命ではないのか。誇り高き鬼人族は、我が子に力がないとみるや、魔物犇めく荒野に投げ捨てることさえも構わないと…?」


 ヴァーリの声は、先程トラに掛けられた優しい声ではありませんでした。怒りと威厳が同居し、まるで声に、言葉に力が宿っている様でした。…鬼人族は強き者の力に敏感なのです。


「この子は私が預かる。この子がここへ戻って来たいと言えば、私は再びここを訪れよう。その時にはトラは貴様の思うトラではない。それまでに、貴様も変わってみせろ。

 いや、貴様だけではない。鬼人族は変わらなければならない。

 最早、旅の者を除く鬼人族はこの村に残るのみだ。

 鬼人族はこのままでは滅びるだろう。その『傲慢』という“魔核(コア)”が自らを滅ぼすのだ。」


「…う、うるさいわね!たかが人間族が、魔人族の中でも最も高潔な鬼人族にお説教?そんなの連れて、さっさと消えてよ!」


 トラの母親は、そう言うと戸をピシャッと閉めてしまいました。


 ヴァーリがちらりとトラを見ると、トラは無表情に戸を見つめていました。


「すまなかったな、トラ。

 行こう。広い世界へ。」




 トラは静かに、しかし力強く頷きました。決意の篭った瞳は果てしない荒野の先に広がる世界を見据えているようでした。

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