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チアガール

 家に帰り玄関のドアを開けると、アニメソングの下品な爆音が襲いかかってきた。

 おれはびっくりして、手で耳を塞いだ。

 玄関のドアや家の窓には、妹の防音魔法が張られているのでアニメソングを鳴らしてることに気づかなかった。

 なに人のオーディオ勝手に使ってるんだよ! オーオタの端くれであるおれは怒りに震えていた。

 妹の馬鹿を怒鳴ってやろうと思い、居間のドアを荒々しく開けた。

 居間で想像を絶する光景が展開されていた。

 おれの自慢のオーディオシステムの前には、レオタードを着た妹が真面目くさった顔で相撲の蹲踞のような姿勢を取っていた。

 妹の頭がおかしいのは昔からなのでこの程度の奇矯な行動では驚きはしないのだが、問題は妹の前に並んで蹲踞している大量の幼女達――。人間の幼女だけではなく、エルフ、ハーフエルフ、こびと族、猫耳族、鬼族、パンダ耳族 犬神族。そして妹の一の子分であるちぃちゃんも、真面目くさった顔で妹の真似をしていた。

 幼女たちは全員スクール水着を着ていた。

 ああ、レオタードの代わりか。おれの頭が一瞬おくれて理解に達すると、「1、2おっぱい! 3、4プルプル! あっ、草食系男子の群れがみんなの前を通り過ぎようとしている!

ハンターの構え! 行くわよみんな!大きく手を広げて!」 

 ガオぅー!、妹の間抜けな叫び声を発すると、幼女特有のの甲高い声が後に続いた。

やべえ。まったく理解できない。妹は何をしたいの? 草食系男子を食べたいの? てかガォーならハンターの構えではなく、獣の構えじゃないの?

 疑問は尽きないが、今の妹に質問する勇気はおれにはなかった。

「次は重力に負けないおっぱいを作るわよ!」

妹がハイテンションに叫ぶと、幼女達は歓声をあげた。ちぃちゃんは興奮しながら「おっぱい、おっぱい!」と叫んでいる。幼女とはいえちぃちゃんは良いところのお嬢ちゃんなんだから妹に影響されちゃダメだよ、と心の中で思った。

「まずは地球を背負うような感じで足を開いて!」

どういう感じだよ! と突っ込みたかったが、幼女達には妹の言葉が理解できるらしく皆足を広げ踏ん張り始めた。

 妹の戯言を理解できるなんて幼児の感性ってすごいなと思ったが、よく考えてみれば妹が幼児と同レベルというだけの話である。

「地球を背負ったまんま、ゆっくりと膝をまげて」

妹の指示に従い、地球を背負ったまんま膝を曲げる幼女達。

 ちぃちゃんは「――地球重たいよう」地球の重さまで感じ始めた。

「重力に負けたらおっぱいがたれちゃうから、頑張ってちぃちゃん」妹は小さな愛弟子を励ますと、「みんな足の裏から、地球の地核を感じて!」

 地球背負ってるはずなのに、なんで足の裏から地殻を感じるんことが出来るんだ?

 どうでもいい疑問が頭によぎったが、純粋な幼児達はなんの疑問も感じることなく足の裏から地殻感じはじめている。

ちぃちゃんなんか地核を熱さまで感じ取ってしまったようで、アチチと悲鳴まであげている。他の幼児達もちぃちゃの悲鳴に影響されたのか、熱い!とか、アチーとか言い始めた。

 ──魔女のサバトみたいで何だか恐いですけど。

「足の裏から地核のエネルギーを吸収して、そしておっぱいへ」

もう説明するのも面倒くさいが、地核エネルギーは皆のおっぱいに集まってるようだ。

「おっぱいをもみもみしながら、おっぱいにたまってる地核エネルギーを放出するわよ!」

妹は自慰以外にはあまり活用されない寂しいおっぱいをもみし抱きながら「アース&ファイヤー」と絶叫した。幼女達もノリノリで絶叫した。

 女達のノリについて行けないおっさんだけはは、ただ黙って見てるだけだった。

 〝なんかわからないけど、終わったのかな?〟

「おい、何してるんだ?」

「あっ、禿げにぃ帰ってきてたナリか!」

 妹は性懲りもなく語尾をアニメ化させていた。ぶっ叩いてやろうと思ったが、幼児達がノリノリでお帰りなり! 妹の真似して大声を張り上げているので何も言えなかった。

 ちぃちゃんはおれを見るなり「用務員のおじさんだぁ!」と叫びながら、おれの足下にダッシュしてきた。

 「ねぇねぇ、用務員のおじさん――」ちぃちゃんはモジモジしながら、おれの禿頭を見つめていた。

 ──またさわりたいらしい。しゃーない。

 「ちょっとだけだよ、ちぃちゃん」おれは剥げ頭を差し出すと、ちぃちゃんは嬉しげにさわりはじめた。他の幼児達も興味深そうにおれの剥げ頭を眺めている。

 猫耳の幼女が「ミミもさわっていいかにゃ?」とおねだりしてきた。

 いいよ、と答えると他の幼児達もおれの剥げ頭を触り始めた。

 「――お爺ちゃんと同じ頭だぁ」ハーフエルフの幼女が毒気のない声で、おれの剥げ頭をDISった。

 「――なんか油の匂いがするよ」犬の尻尾を生やした幼女が、おれの剥げ頭をクンクン嗅ぎながら言った。

 「養毛剤の匂いだよ」ちぃちゃんの声は何故か自慢げだった。

 「養毛剤って、なあに?」

 「無駄な努力のことだよ」ちぃちゃんは妹の教えを得意げに披露した。

 妹の野郎、いつか殺してやる。おれは妹に対する殺意を新たにしていると――。

 「みんな剥げ頭ばかり弄ってないで、カルピス作ったから飲んで飲んで」

 妹の馬鹿が声をかけると、幼児達はようやくおれの剥げ頭を解放してカルピスに群がった。

 おれはベビーカステラを皿に盛って、幼児達に出してやった。

 幼児達は歓声をあげると、ベビーカステラを手で掴んだ。

 「一人二個までだぞ、晩ご飯たべられなくなるからな」

 おれが釘を刺すと、幼女たちはハーイと返事をした。

 ベビーカステラを食い終わると、幼女達の母親が続々と娘を迎えにきた。

 幼女達が全員帰宅すると、おれと妹は遅めの夕食をとった。

 妹は地球を背負ったり、おっぱいから地殻エネルギーを放出したりと大忙しだったので、腹が空いたのか、猛烈な勢いで飯を食っている。

 おれはといえば、妹の食いぷりとあれっぷりを見せつけられたせいで、すっかり食欲を無くしてしまった。

 おれはメシをよそるのをやめ、冷や奴と茄子と挽肉の煮付けを肴に芋焼酎をちびちび飲んだ。

 「禿げにぃ、おかわり!」妹は空っぽの茶碗を差し出してきた。

おれはからの茶碗にご飯を盛りながら「なぁあ、さっきのアレなんだったんだよ?」

 「あれって?」妹は茶碗を受け取りながら、頭の上にハテナマークを浮かべた。

 「さっきのおっぱい音頭のことだよ。なに幼児まきこんで地球の地殻を感じてるだよ、お前」

 「やだなぁ禿げにぃ。あれは牛山乳子先生が開発したバストアップ体操。通称おっぱい体操よ」

 「音頭が体操にかわっただけじゃねえか。だいたい牛山乳子ってだれだよ?」

 「禿げにぃ、牛山乳子先生知らないの!? 美魔女のメイク術やセックスダイエット綺麗って気持ちいい!を書いた牛山乳子先生だよ?」

 「――おっさんのおれが知るわけないだろう。だいたいなんだよセックスダイエットって。お前そんなの読む前に、相手を見つけろよ相手を」

 「すぐおっさんはセックスって言葉が出ると、下品な反応するんだから。牛山先生のセックスダイエットっていうのは、男の人ととのエッチだけじゃないの」

 「エアセックスでもするのか?」もうダイエットというより病気レベルだぞ。

 「そんなことするわけないでしょう! 恋をしている女性はエッチしてるときと同じくらい女性ホルモンが分泌してるの! だから恋する女性が運動すれば、セックスダイエットと同じ効果がえられるの! 牛山乳子先生の美魔女の鉄則その四読んだことないの!」

 「うんなもん読むはずねえだろう」読んでた方が怖いわ。

 「うんもう、禿げにぃは育毛とオーディオ以外なにも知らないだから。そんなんだから四十二にもなって彼女の一つも出来ないのよ。牛山先生の本を貸してあげるから、少しは女子の気持ちを勉強しなさい」妹はソファーに置いてあった本をおれに差し出してきた。

 四十代でも女子宣言!

 痛い題名の下には、遠慮のないセックスが出来そうな肉食系のババアが微笑んでいた。

 「このババアが、牛山先生か。たしかにスタイルはいいなぁ」熟女物のAVに出てきそうなババアだ。

 「そうでしょう、禿げにぃ。牛山乳子先生は毎日カスピ海ヨーグルト飲んで、綺麗なバストラインを維持するためにおっぱい体操をして、夜は二十三歳の彼氏とセックスダイエットに励んでいるのよ」

 「濃いババアだな。ところでなんで幼女までおっぱい体操してるんだ。若いだから必要ないだろう?」

 「まだ小さい子供とはいえ、チアやるんだから誰に見られても恥ずかしくないスタイルにならないとね」

 「――チア?」

 まさか――。

 「チアって、チアガールのチアか?」

 「うん。蒼井君も頑張って騎士団作っただから、やすぃも負けていられないと思って、頑張ってるみんなを応援するチアガール団を作ることにしたの。名付けてちびっ子青薔薇チアガール団よ!」

 「――一つ聞いていいか?」

 「なあに禿げにぃ?」

 「お前もまさかチアガールやるの?」

 「もちろん。団長がやらずに誰がやるのよ」妹は当然といった顔で頷いた。

 妹の言葉を聞いた瞬間、芋焼酎が入っている湯飲みを落とした。

「どうしたの、禿げにぃ! いきなり湯飲みおとして!?」

「そりゃあ落とすよ! お前今年でいくつだよ?」

「――三十代だけど」

「端数誤魔化すな! お前は二十代に近い三十代じゃなくて、もうすぐ四十になる三十代だろうが! それを何をトチ狂って、チアガールなんかやるんだよ!」

年考えろ、年! おれは怒りのあまり怒鳴ってしまった。

「年なんか関係ないもん! 牛山乳子先生なんて四十六よ、四十六。普通ならもうしわしわのおばさんなのに、毎日おっぱい体操して、週三回デットクスして、素敵な女子であるための努力をいっぱいして――」妹の声に涙が混じり始めた。

おれは、妹にテッシュを差し出しながら、〝なんか泣くような場面あったか?〟 と、心のなかで自問した。

「そしてついに二十三歳の彼氏をゲットして、いっぱいデートして、いっぱいエッチをして――。凄い女性なんだよ、牛山乳子先生は!」

――はい。妹の迫力に押されて、ただ頷くしかなかった。

「やすぃもいっぱい努力して、牛山先生みたいになりたいの! そりゃあやすぃだって、自分の年ぐらいわかってるわよ。でもね、やすぃはいくつになっても女子であることをあきらめないの。牛山乳子先生のようにいっぱい努力して、蒼井君とラブラブになるの!」

おれは一瞬、牛山乳子先生だって小学生には手をださねーよ、と思ったが妹の涙を見ると何も言えなかった。

「わかった。おれが悪かった。お前も一生懸命努力してるんだよな」

おれは宥めにかかると、

「――そうよ。やすぃはいっぱい努力してるよ」妹は涙を拭きながら言った。

「気づかなかったおれが悪かったよ。とりあえず泣くのはよそうな」

――うん。妹は小さく頷く。

「ところでなんで幼女ばかりなんだ?」

 「小さい子ばかりなら、蒼井君盗られる心配ないじゃない。同じ年頃だったり中学生とか高校生だと危ないでしょう? 最近の女の子マセてるから」

「三十八のおばさんより、幼女のほうが脈があるんじゃねーか。年だって幼女の方が近いだし」おれがつい油断して本音を呟くと、妹はまた泣き出した。

「――蒼井君はロリコンの禿げにぃと違うモン~」

「おれはロリコンじゃねーよ。おれが悪かったから泣くなよ」

「――だいたい禿げにぃは、わたしの味方なんでしょう? それなのになんでやすぃの悪口ばっか言うの!」妹は泣きながら抗議してきた。

「いやまあ、お前のことが心配でな」

 おれは泣いてる妹をなだめながら、妹のチア姿だけは見たくないと思った。


 

 

 

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