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決闘

 決闘は、公開私刑であった。

 小長井は嘲笑を浮かべながら、ただ一方的に蒼井を攻めた。

蒼井は歯を食い縛り懸命に防戦するも、小長井の光剣を防ぎきることは出来なかった。

小長井が一太刀振るうたびに、蒼井の体から血が流れた。

〝小長井の野郎、加減しやがって〟 小長井の腕なら、蒼井を一撃で葬ることなど容易いはず。それなのに腐れのび太の野郎、わざと手を抜いて蒼井を痛ぶってやがる。

「蒼井、大振りになってるぞ。脇を締めてもっとコンパクトに受けろ!」

おれは柵を握りしめながら怒鳴った。反撃しようとする気持が空回りして、蒼井の剣は大振りになっている。あれでは小長井に撃ってくれ、と言ってるようなもんだ。

 おれの予想は現実となってしまった。小長井がわざと作った隙に誘われて、蒼井が光剣を大きく振りかぶった瞬間、小長井はがら空きになった蒼井の胴に必殺の一撃を叩き込んだ。

蒼井は吹き飛ばされ、おれ達のいる丁度反対側の柵にぶつかり、血を吐いたあとそのまま地面に倒れ込んだ。

 〝肋が何本か折れたな〟

 折れた肋が内臓に刺さってなければいいのだが──。

「蒼井君!」「蒼井!」「蒼井様!」三人の女が悲痛な声をあげた。

誰もが、決闘は終わったと思った。女達は柵を乗り越え、倒れてる蒼井の元に駆け寄ろうとした。だがおれは女達を制した。

「何故止めるのですか!」アンリエッタは激高し、おれに噛みついてきた。

「まだ、終わちゃいねえよ」

アンリエッタはおれの言葉に驚くと、倒れているはずの主に目を移した。

蒼井は全身の力を振り絞って立ち上がろうとしていた。

「――蒼井様」アンリエッタは何か言おうとしたが、声ではなく嗚咽となっていた。

蒼井は何とか立ち上がること成功すると光剣にプラーナを送り込んだ。光剣は主の闘志に応え青き刃を生み出した。

〝一種の化け物だな〟 

 立った事に驚いたのではない。立ち上がることならおれでも出来る。

 おれが驚いたのは、蒼井の瞳が憎しみで曇っていない事に驚いてしまったのだ。

 おれが蒼井なら、怒りと憎しみで目が真っ赤になる。

 これが天使、いや蒼井という男の生き様なのか。

「――寝てればいいものを。馬鹿な奴だ」

 小長井は地面に唾を吐くと、蒼井に挑みかかった。

「ならばもう一度眠らせてる!」

倒れろ、倒れろ、倒れろ! 小長井は怒鳴りながら、蒼井にむかって光剣を乱打した。

蒼井はかろうじて凌ぐも、力押しに切り替えた小長井の一撃を受け切ることは出来ない。

受け太刀の上からもダメージを受けてしまう。小長井の光剣を受けるたびに、蒼井は血を流し膝が崩れそうになる。蒼井は自分の持っているすべてで、崩れていこうとする膝を支えた。

 あまりの惨状に、誰もが息を飲んだ。アンリエッタや瑞樹でさえも、声を出すことができない。妹は涙と鼻水を垂れ流しながら崩れていく蒼井を見つめていた。

 妹の口から呟き声が漏れる。 呪文だ。妹は呪文で蒼井を援護しようとしている。

 おれは妹の肩を掴んだ。

「禿げにぃ!?」

「呪文じゃねえだろう! 頑張れだろう」

「――無理だよ、やすぃもう耐えられないよ」

「馬鹿野郎! 蒼井はお前の名誉のために、自分の誇りのために、あれほどの痛みに耐えているんだぞ。それをおれ達が――」 

そこで絶句し、目から塩辛い汗がボタボタと落ちてきた。畜生年を取ると目玉の野郎が汗っかきになって仕方ない。

 妹は目から汗を垂らしているおれを、惚けた面でマジマジと見つめた後、あらん限りの声を振り絞って、「頑張れ! 蒼井君!」と絶叫した。

 妹の大声が静寂をぶち壊す。

 アンリエッタも、瑞樹も、そして蒼井ファン達も妹に続いた。

 蒼井は声援に励まされたのか、崩れかけた膝に力が蘇った。

「煩い連中めっ! お前等がいくら声を出そうとも、こいつはもう終わりなんだよ!」

 小長井はとどめを刺そうと、光剣を大きく振りかぶった。

「チャンスだ蒼井!」おれは絶叫した。

蒼井は曲げていた膝を思い切り伸ばし、がら空きになった小長井の胴に飛び込んだ。

完全に油断していた小長井は、蒼井の一撃に耐えきることが出来ず吹き飛ばされた。

今起きた奇跡が誰もが信じられず息を飲んだ。

 やがて衝撃が去ると怒濤の歓声が沸き起こった。

「やったぞ!」

「やったよ! 禿げにぃ」おれと妹も喜びのあまり思わず抱き合って喜でしまった。

 しかし歓声はすぐに止んでしまった。

小長井が幽鬼のようにゆらりと立ち上がったからだ。倒される前とは違い、小長井の全身からは紫色の粘っこいプラーナが吹き出ている。

「――そんなに死にたいか、小僧。ならばせめてのも手向けに山内念流の奥義で殺してやる」

小長井が決闘の誓いを破ることを宣言した。

 〝野郎、怒りのあまり我を忘れてやがる〟

「おい小長井やめろ!」さすがに不味いと思った小長井の取り巻き連中が柵を乗り越え、止めに入ろうとした。

小長井は面倒くさげに光剣を一降りすると、取り巻きどもは呻き声を漏らし倒れた。

〝遠当てか〟

 プラーナを弾丸にして飛ばす技で、難しい技ではない。

 学徒騎士ならば誰でも出来る技である。

 しかしあれほどの小さなモーションで、あれだけの速度、あれほどの威力の弾丸を打ち出せる学徒騎士となると話は別である。

 名門であるゲオルギウス学徒騎士団でも何人もいないであろう・

 〝さすがはゲオルギウス学徒騎士団の特待学徒騎士というべきか〟

 性格はともかく騎士としてはまずまずだ──。

 おれは敵の技量に感心したが、それはすぐに驚きに変わった。

 小長井の剣先が鶺鴒の尾の如く震えだしたからだ。

〝やばい。これは――〟

「小僧、勉強させてやるぞ。これが山内念流奥義、オロチだ」

そうオロチだ。太平期、戦国時代の実戦精神を取り戻すことを主張した山内一馬が編み出したナイトスキルで、剣先を小刻みに震わせることによって、敵の目を幻惑し太刀筋を読ませない。対戦相手からは不可避の魔剣と呼ばれ恐れられた。

〝のび太がこれほどの腕を持っているとは〟

予想外であった。

 しかしよりによってオロチかよ。今の蒼井にとって最悪のナイトスキルじゃねえか。

オロチは相手を殺傷するのが目的の剣技ではない。必中の攻撃を繰り出すことによって、相手に確実にダメージを与え傷を負わせるのが目的である。

 戦場では相手を殺すよりも、傷を負わせるほうが敵軍の軍事能力にダメージを与える時がある。

 死体なら捨てることは出来るが、傷ついた戦友を見捨てるのは難しいからだ。

 しかしこれは相手が大人や同格の場合の話である。

これが自分よりはるかに格下な小学生相手なら――。

 オロチは必中必殺の剣に早変わりする。当たれば確実に大怪我──。

〝いや、大怪我じゃすまないかもしれない〟

 おれは小長井の震える剣先に呼吸を合わせた。これまで蒼井の名誉のために黙って手を出さずにきたが、決闘の名誉は汚された。

 ならばおれが助太刀を遠慮する理由もなくなる。

 小長井の揺れる剣先に、呼吸を合わせていく。呼吸と剣先の震えがぴたりと合った瞬間、リズムが変わるのを感じた。

 〝来る!〟

「蒼井避けろ!」

 おれが叫んだ瞬間、蒼井は素早く反応して後ろに飛んだ。

 小長井の光剣は無数の蛇と化し、蒼井を追う。

 小さな蛇共の攻撃は届かなかったが、一匹の大蛇が蒼井の胴目がけて飛びかかってきた。

 蒼井は光剣で大蛇を払おうとする。

「蒼井違う、喉だ!」

 蒼井は強引に光剣の軌道を変え、喉を守った。

 大蛇の背中に隠れていた小蛇はその小さな鎌首をもたげた。

 小蛇の攻撃は早く、そして鋭かった。しかし蒼井の喉はすでに光剣によって守られていた。

 蒼井は何とかオロチの刃を受けることには成功したが、蒼井の小さな体ではその威力を完全に殺し切ることは出来なかった。

 蒼井は吹き飛ばされ、稽古場の柵に激突した。

 柵は木っ端微塵に壊れた、

 柵の残骸のなかで倒れている蒼井はピクリとも動かない。。

妹や蒼井達の家来は、蒼井が死んだものと思い込んで声を失っていた。

「おい、姉ちゃん達。そんな顔をするな。ただ単に気絶しているだけだ。早く行って手当してやれ」

 おれの言葉を聞くと、妹と蒼井の家来達は蒼井の元にむかって駆けだしていった。

「餓鬼が手こずらせやがて」

 小長井は女共は駆けつける前に、意識を失って倒れている蒼井の腹を蹴った。

「卑怯者!」瑞樹が怒声をあげる。

「――許さない」アンリエッタが静かに切れていた。

「喚け、喚け。お前らがいくら吠えようと、この青臭いガキが止めてくれるさ」

 小長井は蒼井の性格をよく理解していた。決闘相手である小長井に対して清んだ瞳で見ることの出来る蒼井なら、復讐に燃える家来達を止めるだろう。

 怒り狂う家来達も、主の命令とあらばその怒りを堪えるしかなかった。

 しかしおれは別だ。

 おれは地面に転がっていた小手を拾い上げると、高笑いしてる小長井の顔面に叩きつけてやった。小長井の鼻の骨が折れ、おびただしい量の鼻血が流れた。

「何者だ、貴様」小長井はすごんだが、鼻血をたらしているので間抜けだった。

「お前が唾をかけてくれたおばさんの兄貴だよ。妹の名誉を守るために、お前に決闘を申し込むぜ」

「貴様、何を考えている。誇り高き騎士が、光剣も持たぬ用務員相手に決闘できるとでも思っているのか!」

「テメーこそパーか。魔女の兄貴が普通の人間なわけねえだろう」

おれは悪魔の力を少しばかり解放した。おれの右腕の筋肉は膨張し、指はかぎ爪と化した。

 妹を除くすべての人間が息をのんだ。

 ──シフト。悪魔だけが持つ変身能力。

 悪魔はシフトすることで肉体能力を強化し、プラーナや魔力を爆発的に増大させることができる。

 デモニア達もシフト能力を受け継いでるが、己の忌まわしい姿を見せることを疎んで、他人の前でシフトすることは滅多にない。

 小長井も周囲の人間達もシフト能力を見ることはおそらく初めてのことであろう。

「おい兄ちゃんよ、神聖なる稽古場で悪魔の力が使われてるぜ」

「――黒魔術の次はシフトだと? 貴様等兄弟はどこまでゲオルギウス学徒騎士団を侮辱すれば気がすむんだ。その無礼、貴様の命で贖なってもらうぞ」

小長井は光剣を抜いた。小長井の剣先が小刻みに震えだした。

オロチか。はじめから全力というわけか。おれはシフトを解いた。

 小長井は怪訝な顔を浮かべた。シフトした腕で、おれが襲いかかってくると思い込んでいたのであろう。

 悪いが、お前の全力に応える義務はおれにはない。

 勝負は一瞬だった。小長井がオロチを仕掛ける前に、呼吸を呼んだおれが先の先を制し、小長井の胴に拳をたたき込んでやった。

「超一流相手に同じ技を二度も使うなよ」おれは崩れ落ちる小長井にむかって囁いた。

蒼井戦の時、すでにオロチの呼吸は見切っていた。勝負はもうあの時についていたのだ。

 手加減して痛ぶってやってもよかったが、そんな事をしても蒼井は喜ぶまい

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