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乱入

二日後の放課後。おれは第四グラウンドでトンボをかけていた。

 本来のおれの仕事は校内の雑用なのだが、妹が校長にチャームの呪文をかけ強引に説得した結果、おれは第四グランド専属用務員という訳のわからない役職についた。

 妹の方も第四グラウンド専任保険医というおれ以上に訳のわからない役職をねつ造し、蒼井のケツを追いかけまくっていた。

 今もグランドで汗を流してる蒼井にむかって黄色い声援を飛ばしている。

 蒼井ファン達は場違いかつ図々しいデモニアのおばさん追い出そうと色々と嫌がらせしたが、場の空気を読まないことに関しては天才的な才能の持ち主である妹そのすべてを完全にスルーして図々しく居座っている。

 〝妹を追い払いたかったら裁判所から接近禁止命令を貰ってくるんだな〟

 妹は昔、大学生の転生体に熱を上げすぎてストーカー化し、裁判所から接近禁止令を出されたことがあるという筋金入りのストーカー気質であった。

 少々嫌がらせたところで退くようなヤワな玉ではない。

 しかしよく考えてみれば、今回も危ないじゃないか。相手が小学生なぶん、接近禁止程度じゃすまないかもしれないぞ。下手すれば新聞の三面記事を飾りかねない。

 人間界侵略を企む憎き魔王として紙面を飾るならともかく、小学生男子のストーカー容疑で捕まるなんて、恥さらしなんてレベルじゃすまない。割腹自殺モノのネタである。

 どうしよう、護衛官として責任を取れとか言われたら?

 やっぱ止めとくべきかな──。おれが悩んでいると、

「どけどけ、貴様等!」辺りに怒鳴り声が響いた。

驚いて怒鳴り声がする方を見ると、学生服姿の三人組が蒼井ファンを怒鳴り散らしていた。

 三人組の襟章にはゲオルギウス学徒騎士団の紋章である鷲が誇らしげに翼を広げていた。

 そして首元には高等部最上級生である赤いネクタイが締められていた。

 ゲオルギウス学徒騎士団を引退したはずの高等部の三年どもだ。

 突然の乱入者に、蒼井ファン達はブーイングを浴びせたが、三人組の一人が軽く腕を振るうと突風が巻き起こり、抗議の声をあげた蒼井ファン達を吹き飛ばされてしまった。

〝田宮陰陽流・木枯らし〟目録レベルじゃないと使えない技だ。

 おっと感心している場合じゃない。あの様子じゃ確実に一悶着がある。

 おれはトンボを放り出すと、稽古場にむかって駆けた。

怯える蒼井ファン達をかき分け妹の所にたどり着く頃には、三人組はすでに柵のなかに入っていた。蒼井と一緒に剣を振るっていた幼き学徒騎士達は、突然の上級生の乱入に呆然としていた。

「蒼井はいるか!」

 三人組の先頭に立っているのび太をマッチョにし、目に険を加えた奴が怒鳴った。

 マッチョのび太の襟章には双頭の鷲が翼を広げていた。

 こいつ、ゲオルギウス学徒騎士団の特待学徒騎士か。

 マッチョのび太は素振り稽古用の木刀を肩に担いでいた。木刀の先は血で黒ずんでいた。

 〝素振り用ではなく、制裁用の木刀だな〟

 学徒騎士団は表向きは顧問や先輩の体罰を禁止していたが、制裁や教育という名で体罰は残っていた。

「蒼井! いるならとっとおれの前に出てこい」

 マッチョのび太は怒鳴りながら幼い下級生達を睨め回した。

 さすが特待学徒騎士だけあって、かなり怖い。

普通の人間なら簡単に足がすくんで動けなくなる場面だが、蒼井は迷うことなくマッチョのび太の前に立った。

「小長井先輩、僕に何か用ですか?」

「何か用かじゃねーよ、蒼井。貴様も栄光あるゲオルギウス学徒騎士団の一員なら、部のモットーは知ってるよな?」

「我が魂を汚さず、です」蒼井は静かに答えた。

「知っているなら何故、その魂を黒魔術によって汚した?」

「禁呪ではないかぎり、魂が汚れることはありません。教会も――」

 小長井は、蒼井の言葉を遮った。

「教会は関係ない。正文化されてないがゲオルギウス学徒騎士団は伝統として、黒魔術の使用もその効果を受けることも禁止されている。蒼井、貴様はゲオルギウス学徒騎士団の伝統よりも自分の信条を優先させるのか? 入団したばかりのお前にそんな資格があるのか、蒼井?」

蒼井は何も答えることが出来なかった。

「貴様の軽率な行動によって、誰が一番の被害を被るのかわかっているのか蒼井? それは今年教会騎士団の入団試験を受けるおれ達三年だ」

 蒼井は目を伏せた。痛いところを突かれたのだろう。

 〝蒼井は、自分に対する苦痛ならいくらでも耐えることが出来る男のようだが、他人に迷惑をかけることに耐えられる男ではない〟それは強さでもあるが、弱さでもあった。

「おれ達が落ちたらどうしてくれるんだ、蒼井? おれ達はお前のような上級貴族のお坊ちゃんじゃない。貴族とは名ばかりの下級貴族だ。お前のようなぼっちゃん騎士と違ってコネも金もなにもない。実力で入団するしかない。おれ達はその実力を得るために血反吐を吐きながら修行してきた。それをお前邪魔するのか? うん」

小長井は肩に担いだ木刀を蒼井の額に当てると、剣先でグリグリとこすった。

蒼井の額から血が滲む。蒼井の同輩達も、蒼井のファン達も息を飲んだ。

「小長井先輩の仰る通りです。僕の行動はたしかに軽率でした」

「認めたか。それでどうする? 土下座でもするのか?」

「──小長井先輩が流した血と同量の血を流します。小長井先輩、その木刀でどうか気の済むまで僕を打ってください」

 なっ──。小長井は絶句した。蒼井は本気で言っているからである。

「ばっ、馬鹿な事を・・・・・・」

 蒼井の言葉に押され、小長井はうろたえ、傷口を嬲っていた木刀は動きを止めた。

 おれの隣にいた妹が柵を乗り越え、蒼井の元に向かって駆けていく。

 〝あの馬鹿。お前が出て行った所で、事態はこじれるだけだろう〟

 思わず舌打ちしたが、もう妹はおれの隣にはいないのでどうしようもない。

妹の馬鹿はよほど慌てたのか、蒼井の元に駆け寄るなり転んだ。

妹は急いで身を起こしたが、顔は砂と土で汚れている。

「――小長井君、ごめんなさい。何も知らなかった先生が悪かったの」

「――だ、そうだ? 蒼井、このおばさん魔女に責任を取ってもらうか? うん?」

妹の馬鹿な行動はかえって小長井を勢いづかせる結果となった。

 小長井は再び木刀で蒼井の傷口をいたぶり始めた。

「――安井先生は関係ありません。責任は僕にあります」

 蒼井は額から血を流しながら断言した。

 それまで成り行きを見守っていた瑞樹が主の隣に駆けよる。

「従者の身でありながら、主の行動を止めなかった自分にも責任はあります。処分するなら、ボクもお願いします」

家来であるアンリエッタも主の片側に並んだ。

「小長井様、これ以上やれば後輩を指導したでは済まなくなりますよ? それこそ教会騎士団の入団に差し障りが出てくると思いますが」

「脅してるつもりか、ハーフエルフ?」小長井は片眉を跳ね上げた。

「――わたしはただ忠告を申し上げたまでです。学徒騎士様」

 小長井はアンリエッタを憎々しげに睨みつけると、木刀を降ろした。

「よかったな、お坊ちゃん。家が名家で。何かあれば家紋の影や、女の背中に隠れればいいのだから」

 小長井の言蒼井のプライドを貫いた。蒼井は顔を伏せた。

 蒼井は屈辱に堪える事ができず、顔を伏せたまんま泣いていた。

 おれは視線をそらした。

 〝蒼井も泣き顔なんぞ見られたくあるまい〟

「――ごめんね、蒼井君。先生が馬鹿なせいで、こんな目に合わせちゃって」妹は涙を流しながら、蒼井を抱きしめようとした。

「――魔女め! 汚らわしい手で、騎士の体に触れるな」

 小長井は妹を蹴り飛ばし、その顔に唾を吐いた。

 小長井の取り巻きどもは、妹の間抜けな姿を嘲笑った。

〝野郎!〟思わず腰に手が伸びたが、悲しいことに用務員のおっさんには名誉を守るための剣はなかった。小長井達は高笑いを上げながらその場を立ち去ろうとした。

「待ってください! 小長井先輩」蒼井の声が響き渡る。

 何事かと思い小長井が立ち止まって振り返ると、その傲慢な面にハンカチが叩きつけられた。 騎士でなくても、男なら誰でもわかる。

 決闘の合図だ。小長井は顔面にへばりついたハンカチをむしり取った。

「冗談でした、じゃ済まされんぞ。蒼井?」小長井の顔は怒りと屈辱で歪んでいた。

「騎士は己の名誉と、そしてか弱き女性の名誉を守るために命をかけて戦うものです、小長井先輩」

「そうかよく言った。ならばおれも己の名誉を守るとするか」小長井は木刀を放り投げ、光剣を抜いた。光剣に内蔵されたアンプによって増幅されたプラーナが、その赤い刃を生み出した。

 赤い光に照らされた小長井の顔は凶悪であった。

 〝こいつ人を殺したことがあるな〟

 殺人という経験がなければ、これほどの殺気を目に宿すことは出来ない。

「――蒼井、ナイトスキルの使用は禁止だ。おれとお前とは実力はかけ離れすぎてるからな。ナイトスキルなど使ったら一瞬で勝負がついてしまう。それじゃあ面白くない」

 蒼井は黙って頷いた。

「承知したか、馬鹿な奴め。これですぐには楽になることは出来なくなったぞ」

 小長井はニンマリと嗤った。

 〝野郎、蒼井を痛ぶるつもりだな〟

蒼井にとっては名誉をかけた決闘なのかもしれないが、小長井にしてみれば公開リンチにすぎないのだろう。

アンリエッタは決闘を止めようと、小長井と主の間に入った。

「小長井様、貴方は何を考えているんですか! 小学生相手に決闘だの、正気の沙汰ではありません」

「女郎、勘違いするなよ。おれが決闘を申し込んだのではない。蒼井が決闘を申し込んだのだ。決闘を取りやめさせるつもりなら、おれではなく蒼井を説得すべきだろう。蒼井が決闘を取り消すと言うのなら、おれもガキではない。それまでの経緯は水にながしてやる」

 ──もちろん、蒼井には手をついて謝罪してもらうがな。

小長井は口元には嘲りの笑みが浮かんでいた。アンリエッタは悔しげに小長井を睨んだあと、主の説得にかかった。

「蒼井様、ここは悔しいかもしれませんが堪えてください。高校生である小長井様と決闘などしたら、怪我するだけではすまなくなるかもしれません」

「蒼井君、やすぃ全然気にしてないから、こんな無茶な決闘なんて止めて」

妹も涙と鼻水を垂らしながら、蒼井にすがりついた。

蒼井は困った顔で、二人の女を見つめた。

 とんだ愁嘆場だ。事態は女の涙でどうにかなる場面ではない。

 我慢できなくなったおれは柵を乗り越え、泣きじゃくる妹の肩に手を置いた。

「小学生とはいえ男が決めたことだ。泣くのを止めて見送ってやれ」

「何言ってるのよ、禿げにぃ! 蒼井君が大けがしたどうするつもり!」

「そん時はお前が癒やせ」

「たかが用務員の分際で、口を出さないでください!」アンリエッタがおれを睨みつけた。

 家来であるアンリエッタの本音としては、そもそもの厄介事の種を持ち込んだのは、おれ達馬鹿兄弟なのである。ある意味でいえば小長井以上に憎いのかもしれない。その気持ちもわかるし、その通りだとも思う。

しかし蒼井は学徒騎士であり、年少の身ながらも男であった。

 決闘を申し込んだ以上、送り出すより仕方はなかった。

「アンリエッタちゃん。ここは用務員のおじさんの言う通り、蒼井を見送ってあげようよ。どうせ止めたって、蒼井のことだから絶対行くだろうからね。そうだろう、蒼井?」

「――ありがとう、瑞樹」主は従者に礼を述べた。

「蒼井、妹の名誉を守ってやってくれ」おれは小さな騎士に頭を下げた。

「頑張ります」蒼井は微笑みを浮かべ答えると、おれ達に背を向け小長井の方にむかって歩き出した。

「――何故、止めてくれなかったのですか瑞樹」アンリエッタは従者をなじった。

「蒼井相手じゃ止めても無駄だよ」

「瑞樹なら腕ずくでも止められたはずです! もし蒼井様の身になにかあったら──」

 家来はその残酷な想像に耐えられなくり泣き崩れた。

「その時はボクが征くよ」

 瑞樹はそう言うと、泣いてるハーフエルフの背中を優しく撫でた。

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