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学徒騎士

 妹に連れてこられたのは、よりによって第四グランドであった。

 第四グランドは、ベルナール学園が誇るゲオルギウス学徒騎士団の専用の稽古場であった。

 その広大な敷地の一角には馬場が設けられており、ウォーホースにまたがった学徒騎士達が、モーニングスターと盾で武装した稽古人形相手に突撃の練習に励んでいた。

 戦士であるおれの目には、学徒騎士達の鎧や槍が神秘的な光に包まれてるのが見てとれた。

 学徒騎士達の武具を包んでいる神秘的な光は、プラーナと呼ばれる生命エネルギーであった。

 騎士達はプラーナの力を利用して身体能力や戦闘能力を強化する。

 達人クラスのプラーナに強化された剣ならドラゴンの鱗すらも切り裂き、その光を体にまとえばバズーカの一撃すら耐えることができる。

 また達人クラスのプラーナとなれば、その美しさは宝石に例えられるほどであった。

 しかし修行中の学徒騎士達のプラーナは線香花火みたいなものであった。

 その光は若さゆえに美しかったが、鍛えなければすぐに色あせてしまう。威力の方もたいしたことあるまい。

 しかし騎士の数がそろっているので、それなりに見応えはあった。

 プラーナを見ることが出来るおれは、一般人には見ることは出来ない美々しさを感じていた。

 馬場を取り囲んでいる連中も、プラーナを光りを見ることが出来ればおれと同じ感想を抱いたかも知れない。

 しかし女生徒は別であった。

 年頃の彼女達は、若くて凛々しい学徒騎士達を応援するので忙しく、プラーナの光に見取れる暇などなかった。

彼女はお目当ての騎士のために声援を送り、若き騎士達は彼女達の声援に報いるために槍をしごいた。

 〝しかしまあ、よりによって妹のお目当てはゲオルギウス学徒騎士団の学徒騎士様かよ。〟

 おれは歓声をあげる見物人の群れに混じりながらため息をついた。

学徒騎士団とは、運営は生徒に一任されてるが、立派な軍事組織であり、犯罪の取り締まりや治安維持、そして悪魔の撃退が主たる任務であった。

これほどの組織がなぜ学生達に任せられているかというと、ある魔王のせいであった。

魔王猛鬼。六大魔王家の一つである斯波家の魔王であり、女帝晶の崩御後に生まれた魔王のなかでは最強の存在であった。安井家でさえ、斯波家に対しては媚態外交の限りを尽くした。 安井家は誇りを代償にしたが、外交には成功した。安井家は斯波家と不可侵条約が締結され、魔界の平和は保たれた。

 しかし人間界の平和は破られた。魔王猛鬼の野心は、魔界ではなく人間界に向けられたからであった。

 何故魔王猛鬼が人間界に野心を向けたのかは実のところよくわかっていない。

 人間は悪魔達のことを、つねに人間界の領土を狙っていると思い込んでるが、その悪魔を統べる魔王達は人間界にさほど興味を持っていなかった。

 魔界の勢力争うに血眼になってる魔王達にしてみれば、貴重な軍事力を人間界に削くなど愚の骨頂であった。人間界に興味を持ってるのは、魔界の商人達とごろつき悪魔の犯罪組織だけであった。

 だから当時の悪魔達は、魔王猛鬼が何故人間界征服など企むのかまったくわからなかった。

 今もよくわかっていない。

 一説では魔王猛鬼の嫁である蛟家の荼吉(だき)が人間界征服を唆したという説もあるが、当事者が死んだ今となっては確かめようがなかった。

 現代となって判明したことは一つだけあった。

 当時の安井家は、魔王猛鬼の人間界征服を支援し、資金と魔術師を提供を約束したことであった。公的な外交の席ではなく、私的な席で交わされた口約束に過ぎないが、後に正式に文書化され、公表こそされなかったが、この口約束は正式な条約とされた。

 正式な外交の席でこの話が論ぜられなかったのは、面の皮が厚い安井家とはいえども新興魔王家に顔色をうかがうために資金援助など恥ずかしくて出来なかったのだろう。

 最強の魔王家としてのプライドは大いに傷つけられたが、外交は大成功だった。

 魔王猛鬼は、安井家の用意した魔術師と資金を利用して、王城である鬼面城と配下の狂犬共を人間界にテレポートさせ、魔界を出て行ったからである。

 魔界の秩序を脅かす魔王を人間界に追い出すことに成功した安井家の外交官はほくそ笑み、そして人間界は新たな災厄の出現に恐怖した。

 人間界にテレポートした魔王猛鬼は手近な王都を焼き払い開戦の狼煙とした。 

 人間界最悪の悪夢と呼ばれる征服戦争の始まりであった。

 魔王猛鬼とその軍団は、移動すると災厄と化した。

 毎日のように街は略奪され、騎士達は殺され、女は犯された。

 この惨状を耳にした当時の法王周防・ウラジミール・一葉は、各国の王にそれぞれの利害を捨て、魔王に対抗するための十字軍の参加を呼びかけた。

各国の王も利害をすて結束することを法王に約束し、最強の騎士団を引き行って十字軍に参加した。

人間達は団結することには成功したが、魔王猛鬼の侵攻を止めることは出来なかった。

十字軍は各地で戦い、そして敗れた。

 大勢の騎士が戦死すると、騎士不足が深刻化していった。

 法王周防は心を痛めていたが、神に祈る以外手はなかった。

そんなある日、法王周防は父を亡くした少年たちを慰めるため、ベルナール学園においてミサを執り行うことになった。法王周防は説教を終え壇上を降りようとすると、少年達の一群が前に進み出た。

法王は何事かと思い足を止めると、彼らのリーダーらしき金髪の少年が口を開いた。

 この金髪の少年こそ後に英雄ゲオルギウスと呼ばれることになる蒼井・ゲオルギウス・勇気であった。

「法王猊下よ、猊下は、僕達の父が勇敢に戦い高貴なる義務を果たしたと仰いました」

「その通りだ、息子達よ。お前達の父は勇敢に戦い、高貴なる義務を果たした」

「父が亡くなった今、高貴なる義務を背負ってるのは僕達です。法王猊下よ、どうか僕達に騎士団結成の許可を与えてください」英雄ゲオルギウスは片膝をつくと法王にむかって一礼した。彼の後ろに控えていた少年達もそれに倣った。

 法王周防は少年達の振る舞いに感動し涙を流したが、まだ幼すぎるとして騎士団の許可は下ろさなかった。しかし三日後、魔王猛鬼の不意打ちによって、十字軍の中心であった王の盾騎士団が壊滅すると、法王周防は少年達の願いを叶えるしかなかった。

少年の聖名を取って、ゲオルギウス学徒騎士団と名付けられた。

 ゲオルギウス学徒騎士団は、どんな過酷な戦場においても背中を見せることはなかった。

 敵である悪魔でさえ、その勇気に感動し学徒騎士達の死骸を汚すことはなかった。

 吟遊詩人達の歌によってテラ全土に学徒騎士達の活躍が伝わると、各地の学生達は発奮し相次いで学徒騎士団を結成し立ち上がった。

学徒騎士団の活躍により、征服戦争は人類側の勝利で終わった。

 しかしその代償はあまりに重かった。学徒騎士団の祖である英雄ゲオルギウスは魔王猛鬼と相打ちになり戦死。旗下の団員の多くも鬼面城突入戦において討死し壊滅状態であった。その他の学徒騎士団も戦死率五割を超えていた。

 生き残ったすべての人々が、少年達の死に涙した。法王周防は民衆達の悲しみに応えるため、学徒騎士団の祖である英雄ゲオルギウスを列聖し、聖人とした。

 死者達の弔いが終わると、王達は戦後処理に頭を悩ませた。特に残された学徒騎士団をどうするかで、王達の意見が割れたが、民衆達は学徒騎士団存続を熱狂的に願った。

解体派は民衆の熱狂ぶりを見て学徒騎士団の解体を諦めた。

長き平和によって、学徒騎士団は軍事的組織というより貴族のステータス組織に堕落したが、それでも民衆達は学徒騎士団を愛しつづけた。

 その証拠に正月のドラマは英雄ゲオルギウスが定番であり、おれは毎年こたつの中でミカンを食いながら、英雄ゲオルギウスの一騎打ちのシーンで決まって涙を流すのであった。

 悪魔であり、この戦争の原因を作った家の魔王子であるおれが涙を流すのも変な話だが、悪魔とて武勇は尊ぶし、その気高さに涙したりもする。

 実際の所、当時の悪魔は人間の騎士達の勇敢さとその規律正しさに驚嘆したのだ。

 感心すればすぐに真似する素直さが悪魔にはあった。各魔王家は騎士道を見習って独自の戦士道を作り、軍団戦士に名誉と規律を与えた。魔界の吟遊詩人は人間達の騎士達の武勲が歌い、浪花節に弱い悪魔達の涙を誘った。

 だから皮肉な話なのだが、魔界の悪魔達――。とくに軍団に属する悪魔達は学徒騎士が好きな連中は多い。

 魔界のビデオ屋では人間界から密輸してきた学徒騎士のドラマDVDがずらりと並んでいるし、年頃の少女悪魔は人間達の少女同様、ハンサムな学徒騎士に熱をあげていた。

 だから妹が学徒騎士に熱をあげても何の不思議もないのだが、しかし護衛官であるおれとしては堕天の対象が学徒騎士というのは勘弁して欲しかった。

 前途洋々のエリートかつ少女達の憧れである学徒騎士様が、何が悲しくて妹みたいなおばさん悪魔のために堕天などしなきゃいけないんだ?

 おれが学徒騎士ならば妹の古びた蜘蛛の巣ような処女膜のために、自分の将来を手放したりはしない。


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