崩れぬ者
血を流しすぎて意識を失ってしまった師の体をゆっくりと地面に下ろした。
〝よかった。比留間先生はまだ死んではいない〟
微かだが脈は動いてる。しかしこのままほっておけば本当に死んでしまうかもしれない。
なんとかしなければ。
〝しかし僕に何ができる?〟
敵は自分よりはるかに強く、頼りになる従者は屍肉巨人と闘っているため、援護も期待できない。安井先生も、呪文を維持するので精一杯であった。
僕は一人でこの状況を背負わなければいけなかった。
僕は一人で自分よりも遙かに強い敵と闘わなければいけなかった。
〝怖い〟逃げ出したくなるほど怖い。しかし逃げるわけにいかない。
覚悟を決めると、近くに転がっていた光剣を拾い上げた。
「──何故襲ってこない?」
絶好のチャンスだというのに、敵は突っ立ったまんまだった。
「策を使わずともお前は倒せる。お前の師は策を用いられなければ殺せなかったがな」
悪魔は人語で答えた。
〝よかった。悪魔は、比留間先生が死んでると思っている〟
これで比留間先生が狙われる恐れはなくなった。安心して戦える。
「悪魔よ! 師の仇を取らせてもらうぞ!」あえて師の仇を強調した。
「我が名は尖角だ。小僧、覚えとけ。この名がお前の師の仇であり、お前の死神の名だ」
尖角はドリルのような角をこちらに向け構えた。
「僕の名、蒼井ゲオルギウス翼! 貴様の首を師の墓前に捧げてやるから覚悟しろよ!」
僕も光剣を構えた。
「我が角を前にして、よく大言した! 我が突撃を前にしても同じ言葉を吐けるか!」
尖角は地を蹴った。巨大な鉄球が猛スピードで転がりこんでくるかのような猛烈な突撃。
そのあまりの迫力に押され、すぐさま避けた。尖角の角は、僕の体ではなく後ろに立っていた大木を刺し貫いた。
「逃げ足だけは速いようだな。その逃げ足の速さは師の教えか?」
「師に対する侮辱、高くつくぞ尖角」
光剣を構えなおす。尖角は首を横にグイッと振るうと、大木はへし折れた。
「死ね、小僧!」尖角は再び突進を仕掛けてきた。
〝敵の突撃は早いし威力も凄まじいが、軌道は直線。避けるのはそう難しくない〟
尖角の突進を避けざま、敵の肩に光剣をたたき込む。
「やった!」
〝いけるかも!〟このまま突撃を繰り返してくれれば、攻撃を避けながら一撃を加えることが出来る。僕の攻撃力では一撃のダメージは少ないが、数を当てさえすれば敵を倒せるかもしれない。
僕の希望を叶えるかの如く、尖角は突撃を繰り返した。尖角の攻撃を避けるたびに、光剣をたたき込んだ。
しかし尖角にダメージを与えることは出来なかった。僕の攻撃は、すべて尖角のプラーナと硬い外皮によって阻まれてしまう。傷をつけるどころか体力すらも削れていない。
それに比べて僕の方はといえば、ダメージこそたいしたことないが、無駄な攻撃を繰り返したせいで、体力もプラーナもかなり消耗してしまった。
屍肉巨人と闘っている瑞樹も、僕と似たような状況に陥っていた。
瑞樹は足を使って果敢に攻撃しているが、屍肉巨人の圧倒的な体力と回復力の前に、致命傷を与えることが出来なかった。このままでは屍肉巨人に捕まるのは時間の問題だった。
──くそ、なにかいい手はないのか?
「どうした小僧? 腰の引けた攻撃をする気力すらも失せたか?」
尖角は嘲笑った。僕はある事に気づいた。
〝そうだ。僕の攻撃は全部こしが引けてたんだ〟
尖角の突撃を恐れるあまり、光剣を振るうことよりも先に避けることに意識がいってしまう。
そのため避けるのは楽になるのだが、どうしても打ち込みが甘くなってしまう。
こんな手打ちの攻撃じゃダメージを与えることは出来ない。
尖角の突撃をもっとギリギリまで引きつけて、カウンター攻撃。
これだ! これならダメージを与えるどころか、倒すことも出来るかもしれない。
「──なにやら思いついたようだな、小僧。それがおれに通じるのか、ためしてみろ」
尖角はこれまで以上に低く角を構えた。
突撃が来る! と思った瞬間には、尖角は走り出していた。
尖角の攻撃があまりに突然だったので恐怖を感じる暇さえなかった。
気づいたら目の前に角が迫っている状態であった。
避けなければ!
──いやまだだ。ギリギリまで引きつけろ。角の先端が額に触れたかと思えるほどまで近づくと、腰を一気に落とした。
角の下をかいくぐり、すれ違いざま尖角の胴を払った。
「──見事だ、小僧」尖角の声には血が混じっていた。
〝やったか!?〟。
敵の傷を確かめるため素早く向き直る。尖角は腹から大量の血を流し、僕を睨んでいた。
「小僧──。いや蒼井よ。おれの攻撃をギリギリまで引きつけてのカウンター攻撃。敵ながら見事であった」尖角ははじめて僕の名を口にした。
「──本気でためす価値があるようですよ、絶望の主よ」
尖角は角を構えると、僕の目をにらみ据えた。
「我が主から授かったのは、この捻れた角だけではない」
尖角の太ももに蛇のように太き血管が浮かび上がり、脹脛が膨張した。
「我が主に授かりし脚力に恐怖し、そして絶望するがよい」
尖角はニヤリと嗤ったかと思うと、雄牛のように地を蹴った。
今までの突撃の数倍のスピード──。
攻撃を引きつけるなど、そんな余裕などない。転がるようにして避ける。
攻撃を避けられた尖角だが、その強化された脚力を利用してブレーキをかけた。
すぐさま方向転換して、再度突撃してきた。
連続突撃。
威力の強化、スピードの強化よりも、それははるかに恐ろしい出来事であった。
尖角は森の中を縦横無尽に突進し、僕を追い詰めていた。
〝なんとか攻撃しないと・・・・・・殺られる!〟
そう思った瞬間尖角の角は目の前に迫っていた。
咄嗟に身をかわしたおかげで、角に貫かれることこそ免れたが、尖角の肩まで避けることはできなかった。
僕の体は高く舞い上がり、地に墜ちた。意識はまだ失ってないが肋の骨も何本か折れてる。
立ち上がろうとしたが、口から血を吐き倒れてしまった。ダメだ、肋も折れてるし、意識も朦朧としている。
〝ゴメンみんな・・・・・・。
「蒼井!」倒れた僕を見て瑞樹が悲鳴を上げる。屍肉巨人は瑞樹の隙を逃さなかった。瑞樹は、敵の拳に跳ね飛ばされ巨木にぶつかり動かなくなってしまった。
「よくもみんなを! やすぃ絶対許さないだからね!」や安井先生は何か呪文を唱えようとしたが、尖角の突撃の方が早かった。安井先生は尖角の突撃をもろに喰らって跳ね飛ばされた。
「安井先生・・・・・・!」と叫んだつもりだが、血が絡まってうまく声がでない。
尖角は倒れてる安井先生の髪の毛を掴み荒々しく持ち上げた。
「ほう、まだ生きているのか──。攻撃呪文をキャンセルして高速無声詠唱で防御呪文を展開したか。さすがは安井家の魔王と言うべきか。しかしもっと早く攻撃呪文を唱えられたらよかったな?」
尖角は安井先生の顔をのぞき込みながら侮蔑した。
〝まだ生きている!〟
あれほどの攻撃喰らっても、安井先生は生きていた。
瑞樹もきっと生きている。
アンリエッタだって気を失っているだけだ。
比留間先生だって、僕よりもはるかに酷い傷を負っているの生きている。
ここで僕が闘うことを諦めたら、みんな殺されてしまう。
闘わなければ──。僕は立って闘わなければいけない。
地に手をつき、むりやり起き上がろうする。折れた肋が悲鳴をあげた。
膝が崩れそうになる。
「──その両膝はけっして崩れぬ正義の砦なり」
学徒騎士頌歌の一節。悪魔の侵略から人類を護った学徒騎士達が歌ったうた。
立たねばならない。
学徒騎士である以上、僕は立たねばならない。
崩れかけた膝に手をあてる。
「──我が背中は弱き者を護る盾なり」
曲がっていた背をただした。
「我が剣は、力なき者達の剣なり」
光剣にプラーナを送り込み、青き刃を生み出す。
「我が瞳は、悪を射る矢なり」
光剣を構え、尖角の目を射貫くかの如く睨み付けた。
「信じられん。掠っただけとはいえ、おれの突進を喰らって光剣を構えるだと──」
尖角の顔にはじめて怯みのよう表情が浮かんだ。
「子供とはいえ、学徒騎士というわけか・・・・・・。お前達の祖先は、その不屈の闘志で、我々相手に奇跡的な勝利を収めたというが、このおれが相手である以上、奇跡など起こさせはしないぞ!」
奇跡か。立ったこと自体すでに奇跡に近い。
手には力がなく、足も動かない。
「──尖角。お前は言葉で僕を倒そうというのか? いいからかかってこい!」
──足が動かないなら挑発して、カウンター攻撃を狙うしかない。
「おれを煽って攻撃を誘っているのか? 狙いはおれの攻撃をカウンターすることか。その闘志賞賛に値する。その闘志に敬意を称して、お前の望み通り突撃してやるぞ」
──全力でな。尖角は唇に笑みを浮かべると、安井先生を投げ捨て角を構えた。脹脛が膨張する。
敵の攻撃に神経を集中しようとしたが、失血と疲労のため目がかすんでよく見えない。
膝も崩れ落ちそうだ。
一撃。なんとかして一撃をくわえなければ。薄れゆく意識の中、ただそれだけを願った。
尖角が地を蹴る。光剣を振りかぶり迎え撃つ。
〝ダメだ意識が持たない──〟
このままだとカウンターどころか、尖角の突撃をまともに喰らってしまう、
これまでか。悔しさと絶望で歯を噛みしめた瞬間、奇跡が起こった。
尖角が突進するのを止めたのだ。尖角は驚いた顔で夜空を見上げていていた。
「絶望の主よ、貴方はこの餓鬼を助けることがお望みなのですか!?」
何が起こったんだ。僕にはわからない。
「──戦場とは何が起こるかわからぬものですね、比留間先生・・・・・・」
暗闇が訪れ、そして僕は意識を失った。