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河原

 川から少し離れた森のなかにキャンプ場はあった。

「おお、ここか。お前が選んだにしてはいいところじゃないか」

 列車のなかでは暗く沈んでいたおれだが、自然豊かな林道を歩いているうちに、末妹に対する恐怖も、蒼井に対する罪悪感も薄らいでしまった。

 今ではすっかり旅行を楽しむモードに切り替わっていた。

「そうでしょう、そうでしょう。喪吉さんに相談してネットで穴場の場所捜したんだから」

 喪吉さんとは妹のネット友達である。

「ネットって凄いですね。なんでも調べられて」蒼井は羨ましげに言った。

「あれ、蒼井君ネットしないの?」

「僕はまだ小学生ですから、ネットは校則で禁止されてます」

 馬鹿真面目な蒼井らしく、律儀に校則を守っているようだ。

 たしかに校則で小等部の生徒はネット禁止をされているが、あんまり守られていないのが現状である。家から通ってる連中は家でやるし、寮生は寮生でスマホを隠し持って部屋でこそこそネットをやっている。

「蒼井君が中学生になったらやすぃがネット教えてあげるね」

 自分の得意分野だけあって妹がさっそくしゃしゃり出てきた。

「その時はよろしくお願いします。 ――ところで喪吉さんて変わった名前の方ですね」

「あっ、本名じゃなくてハンドルネームだから」

「あっ、なるほど。その方は男性の方なんですね。安井先生の彼氏の方ですか?」

「やすぃに彼氏なんかいないから蒼井君! それに喪吉さんは女の子だから」

 妹は慌てて否定した。蒼井に彼氏だと勘違いされたくないようだ。

 別に彼氏であっても、蒼井にはなんの動揺も与えないところが悲しい。

「なんで女性なのに、喪なんてつけたのでしょうか?」

「――男性に縁がないからじゃないですかね」それまで黙って聞いていたアンリエッタがぼそりと呟いた。

「じゃあボクもハンドルネームつけるときは喪瑞樹にしないといけないのかな?」瑞樹が話に加わってきた。

「瑞樹は男に縁があるだろう。蒼井の従者してたんだから」

 おれがからかうと、「そっ、そういうじゃないから蒼井は。蒼井なんてボクよりも女の子ぽいから男のうちに入らないし」瑞樹は手をばたつかせながら必死に否定した。

 わかりやすい奴め。

「――大きなお世話だ。瑞樹だって胸薄いし肩幅だって広いから男みたいだろう」

 主が言い返すと、元従者もすぐに反論した。二人の主従は低レベルの口喧嘩に突入していく。

 ラブコメは少年少女に任せて、おっさんであるおれは受付を済ませに行った。

 戻ってくると、妹の馬鹿が部屋割りをアミダクジで決めようと喚いていた。

 おれは妹のデカイ尻に蹴りを入れた。

「イターイ! いきなり何するのよ禿げにぃ!」妹はケツを押さえながら抗議した。

「何がアミダで部屋を決めるだ! もう部屋は決まってんだよ、男は男同士。女は女同士。以上だ」

「なんで禿げにぃと蒼井君が一緒の部屋なの! ズルイ!」

「・・・・・・なんでそこでズルイという言葉が出てくるですか?」アンリエッタは妹の発言に若干引いていた。

「――へんな意味でとらないで、アンリエッタちゃん。先生はただみんなにアミダという無限の可能性を与えてあげたかっただけだから」

「なんだよ、無限の可能性って。可能性を考えるまえに、まず現実を考えろ現実を。おれとアンリエッタが同じ部屋で寝泊まりしたら、速攻で新聞ネタになるだろうが」

「まぁそうかもしれなけど。でも蒼井君と禿げにぃの組み合わせだって危ないわよ。獣のような性欲をもつ禿げにぃのことだもの。蒼井君の穢れなき裸身を目にしたら野獣のように襲いかかって、それはもう口にはできないような事を・・・・・・」

「なにっハァハァ言いながら気持ち悪いこと言ってるんだテメーはっ!」

 おれは妹の正気を取り戻すため、ケツに本日二度目の蹴りを入れた。

「ちょっと冗談いったぐらいでいちいちお尻を蹴らないでよ、禿げにぃ!」

「お前がへんなこというからだよ」

「美少女のような蒼井君の顔みれば、乙女ならちょっとはそういう妄想しちゃう

「――そんなに僕って、女の子みたいな顔してますかね・・・・・・」蒼井は顔に線が入るレベルで落ち込んでいた。

「そんなに落ち込むな、主よ。ボクだってしょっちゅう男の子と間違われてるんだから、蒼井が女顔でバランスが取れてるんだよ、きっと」瑞樹は励ましてるのか、からかってるのかわからない慰め方をした。多分後者の意味合いの方が強いだろう。

「そんなバランス取りたくないよ、僕は」蒼井はすねた。

「蒼井、顔が女ぽいぐらいそんな気にするな。行動さえ男らしかったら、自然と顔つき男らしくなっていくもんさ」おれは蒼井を慰めた。

「禿げにぃの言う通りよ、蒼井君。顔が女の子ぽいってぐらいで悩んでいたら、中学生の頃から禿げはじめた禿げにぃなんてどうするの!? 死んじゃうしかないじゃない」

「勝手に殺すな」

 おれは三度妹のデカケツを蹴り飛ばすと、妹は頭からこけた。

「アホはほっておいて、とっと部屋に荷物を置いて川へいくぞ、川」


 水着に着替えて河原に降りると、案の定女どもの姿は見えなかった。

「女って奴はどうしてこう着替えに時間がかかるもんかね」

 おれは胸毛をポリポリとかきなが、隣にいる蒼井にぼやいた。

「あの、一つ質問していいですか比留間先生」

「一つと言わず、何個でも質問してくれていいぞ蒼井」

「──今日は稽古やらないですか?」

「稽古? 夕方からやるに決まってるだろうが。クソ暑い昼間にやったってバテバテになるだけだからな」

「そうですよね、夏合宿に着たのに稽古しないはずないですよ」

 蒼井は、両手に釣り竿と缶ビールをぶら下げてるおれの姿を見て、このおっさん稽古をつける気ないじゃないかと不安を抱いていたようだ。

 この際はっきり言おう蒼井。その心配は大正解だ。てかさ、合宿初日から無理して稽古なんかする必要ないじゃない? 

「蒼井君、禿げにぃ。お待たせ」

 後ろから妹の声がしたので振り返ると、いい年こいて際どい水着を装備した妹と、学校指定のスクール水着を着たアンリエッタ達が立っていた。瑞樹だけは、水着の上からパーカーを羽織っている。

「おう、おそかった・・・・・・」

 おれはそこで、ある事に気付いた。重力に負けたはずの妹のおっぱいが、上を向いている。しかも心なしか、バストアップしているような気がする。

「――お前、水着の下に矯正ブラでもしてるのか?」

「そんなわけないでしょう、禿げにぃ。やすぃのおっぱいがパワーアップしたのは、おっぱい体操のおかげよ」妹はドヤ顔で、体を反らしパワーアップした胸を見せつけた。

「禿げにぃも、やすぃを見習って毛根体操でもしたら」

 ――もっとも毛根体操なんてあればの話だけど。そう言うと妹は口に手を当てせせら笑った。

 〝我が妹ながらに殺してやりたい〟おれが怒りで震えていると、

「安井先生、おっぱい体操ってなに? それやるとおっぱいがボヨヨンになるの?」

 このメンバーのなかで一番の貧乳である瑞樹が食い付いてきた。

「もちろんよ、瑞樹ちゃんの貧しい胸も地殻エネルギーを注入しながら適切な刺激を送れば、牛さんもびっくりの巨乳小学生に変身できるから」

「地殻?」

「そうバストアップには地殻エネルギーが重要なの。まず腰をこうどっしり落として、足の裏に神経を集中して地殻を感じるの」

 妹はやらんでもいいのに、おっぱい体操をやりはじめた。

「こうですか」

 瑞樹も小学生らしい素直さで、妹の真似をし始める。

「そうそう。だんだんと足の裏が熱くなってきたら、そのエネルギーを胸に流し込んで、アースウィンド&ファイアー!」

 妹が絶叫した瞬間、川遊びを楽しんでいた家族連れが一斉におれ達の方を見た。

 さすがの瑞樹もこの状況に恥ずかしくなってしまったらしく、小声で「アースウィンド&ファイアー」と呟いた。

「声が小さいわよ、瑞樹ちゃん。もっと地殻が唸るような声でアース&――」

 おれはそこで妹の後頭部を引っぱたいた。

「痛ーいぃ! なにすんのよ、禿げにぃ」妹は後頭部を手でさすりながら抗議した。

「小っ恥ずかしいから、やるなら家でやれ家で」

 いや、家でもやめて欲しいが、妹はやめまい。

「ふん、やすぃの魅力がアップしたからって焼き餅やかないでよね、禿げにぃ」

「焼かねーよ」それだけは断言できる。

「そういえば、アンリエッタは?」

妹の奇行に目を奪われてたせいで気づかなかったが、アンリエッタの姿が見えない。

「あれ、一緒に来たはずだけど――」

 妹がそう言った瞬間、足下から呻き声が聞こえてきた。

 何事かと思い視線を落とすと。、アンリエッタが蹲りながら呻いていた。

 「――何してるんだ、アンリエッタの奴?」

 「笑いをこらえているだよ、比留間先生。アンリエッタちゃん、笑い上戸だから」

 笑いの発作を堪えているアンリエッタのかわりに、瑞樹が答えた。

「えっ、なんか笑うところあった?」妹は不思議そうに呟いた。

 妹は自覚のない馬鹿という、馬鹿の中でも一番手に負えない馬鹿なので、己のしでかした行動を馬鹿な事だとも、恥ずかしいことだとも思っていない。

「アンリエッタちゃんなんか笑って苦しそうだから、禿げにぃはどうせ釣りするんでしょう?アンリエッタちゃんのこと見てあげて。やすぃは蒼井君と泳ぎに行ってくるから」

 行こう、蒼井君! 妹は蒼井の手を取ると、川にむかって走り出そうとする。

 妹の足首に手がの伸びた。

「ふんぎゃあ!」

 足首を捕まれた妹は派手にこけた。

「痛ーい! 誰よ、やすぃの幸せを邪魔する人は!」

「安井先生、私も泳ぎに行くんで置いていかないでください」

 妹の足首を掴んだのはアンリエッタであった。

「あっ、あれ。もう笑い納まっちゃたの、アンリエッタちゃん?」

「はい、安井先生の非常識な行動のおかげで、笑えなくなりました」

 アンリエッタは怨念と嫌みをたっぷり込めて言った。

「えっ、やすぃなにか非常識な行動した?」

「恋人を連れて行くようなノリで、蒼井様の手を引っ張らないでください。非常識です!」

「えっ、やすぃはただ可愛い教え子と水着でスキンシップを図ろうとしただけなのに・・・・・・」

「なんですか、水着でスキンシップて。もう非常識というよりスクハラで訴えられるレベルです!」

 アンリエッタが怒り出すと、「そんなに怒ってないで、アンリエッタも一緒に泳ぎに行こうよ」と言って蒼井はアンリエッタの手を握った。

「・・・・・・はい」とこちらも恋人にプロポーズされた彼女みたいな顔で頷いてる。

「なんでそこでアンリエッタちゃん、顔を赤らめるのやすぃ全然わからない!」妹が喚いた。「いいからみんなで泳いでこい!」

 おれが怒鳴ると、ハーフエルフの美少女とおばさん魔王はいがみ合いながらも、川に泳ぎに行った。

「さて、うるさい連中もいなくなったし、釣りでもするか」

 ──うん。ふと横を見ると浮かぬ顔をした瑞樹が立っていた。

「なんだ瑞樹、みんなと泳ぎにいかないのか?」

「──泳ぐの好きじゃないから先生の釣りをみている」

「──そっかぁ、釣りなんか見ててもつまらんぞ」

「──別にいい」

 瑞樹から、ボクのことはほっておいてオーラが出てるので、とりあえず無視して釣り糸を垂らした。

 二十分が経過。ウキがぴくりとも動かない。瑞樹はぶつぶつ言いながら小石を積み上げはじめる

 四十分が経過。流木をつり上げる。瑞樹は川辺に打ち上げられた弱った魚を枝でつつく。

 一時間が経過。ようやくHITしたかと思ったら糸が切られてしまう。瑞樹は世界を呪い始めた。

「・・・・・・・・・・・・おい」

「──えっ、なに比留間先生」

「うっとおしいだよ、おれの隣で腐られちゃあ! 釣りの邪魔だから腐るならよそで腐れ、よそで」

「・・・・・・ごめんなさい」瑞樹は立ち上がろうとする。

「──で、なんでみんなと泳がないだ? まさかカナヅチか?」

「ボク釣りの邪魔じゃないの先生?」

「このまま消えられたら、それこそ心配で釣りどころじゃなくなる。何か悩みがあるなら、おれに吐き出してみろ」

「比留間先生・・・・・・」

 瑞樹の声が途切れたかと涙が零れた。「──やだ。ボク泣くつもりなんてなかったのに・・・・・・」瑞樹の声を裏切るかのようにたくさんの涙が零れた。

 人生経験だけは無駄に積んできたおれだが、少女の涙を止める方法も慰めの言葉も知らなかった。

 仕方がないので言葉をかける変わりに、瑞樹の背中を撫でた。

「──比留間先生。ボクお腹のところに刀傷があるんだ」瑞樹は涙混じりの声で告白した。

「傷? 誰かと真剣で闘ったのか?」瑞樹は首を横に振った。 

「違うよ、比留間先生。ボク真剣で闘ったことなんてないよ。お腹の傷は、ボクが望んで出来た傷なんだ」

「瑞樹が望んでつけた傷?」

「うん。昔ね、蒼井の従者になりたいって爺ちゃんに言ったら、爺ちゃんが凄く反対したんだ。従者とはいえ騎士。そして騎士とは、傷を背負う者なり。女がなるもんじゃないって」

「――厳しいが正論だな」

 女尊男卑の安井家のおれが言うのもなんだが、戦場は女や子供が出るべきもんじゃない。

 女子供が立つには、あまりに戦場は残酷で無慈悲であった。

「ボクもわかってる、わかってるつもりだった。だから傷つけられてもいいって、爺ちゃんに言ったら、本当か? お前が頷いたら儂はその覚悟、本気かどうか試すぞ、て言われて──」

 ──頷いたらお腹を斬られた。

「──気がついた時には、ボクのお腹には一生消えない傷が残っていた。その傷を見たとき、ボクは絶対後悔なんかしない。こんな傷跡へっちゃらだと一生懸命自分に言い聞かせていたんだ。でも、そんなの嘘だったんだ。蒼井がアンリエッタちゃんや安井先生と水着姿で仲良くしているの見たら、ボクすごくむかついてきて。なにへらへらしてるだ。ボクはお前を助けるために傷まで負ったんだぞ、て怒鳴り散らしたくなって──」

 瑞樹は再び泣き始めた。

「──比留間先生、ボク厭な奴だよね。蒼井は何も知らないのに。蒼井は一言たりとも頼んでないのに。ボクが勝手に望んでつけた傷なのに。それなのに一人でドロドロしてて」

「瑞樹、そこまでしてまで何でお前は蒼井の従者になろうと思ったんだ?」

「蒼井を守ってあげたかったから。蒼井を助けてあげたかったから。蒼井は小さな頃から体が弱くて、剣の修行をすれば血を吐いて倒れるような子だった。ボクは何度も何度も剣の修行を辞めるように言ったけど、いくらいっても剣を振るうことを辞めなかった。この頑固者の蒼井を支えるには、同じ場所に立つ必要があると思って蒼井の従者になろうって決心したんだ」

 思った以上に重いな。蒼井も瑞樹も、まだガキだというのに重たいモンを背負っていた。

 いやガキだからか──。瑞樹が、おれのようなおっさんが持つ老獪さを身につけていたら、己の純情や激情を上手く飼い慣らすことが出来たかもしれない。

 それにしても蒼井の奴、どうしてそこまでして騎士になりたいのか?

 英雄の家に生まれた重圧か。それとも別の重たいもんか。

 付き合いの短いおれにはわからない。瑞樹なら何か知ってるだろうが、蒼井の深い事情を聞くのは後だ。今は瑞樹をなんとかしてやらないと。

 しかし御年四百二十歳のおれには泣いてる少女の慰め方なんて知らない。

 〝ガキの一人ぐらい作っておきゃあよかったな〟

「──なあ瑞樹。俺の頭がいつから禿げたか知ってるか?」

 おれの唐突かつ間抜けな質問に瑞樹は戸惑ったが、顔を横に振って答えた。

「中学一年の時だ。おれの毛根の野郎、中学一年のときに軟弱になりやがった」

「・・・・・・中学一年!?」

「ああ。いくらなんでも早すぎんだろう? おれのお袋もそう思ったらしく、息子の禿頭を見たとき、みっともないと呟きやがったんだ」

「みっともない、事ないよ先生」瑞樹は慰めてくれた。

「いややっぱみともないよ。少なくともおれはそう思った。だから禿頭を隠すために毎日帽子かぶって生活してたよ。でも剣の師匠に叱られてな。一生帽子をかぶって生きていくつもりか! 戦士なら帽子ではなく、剣で己の名誉を護れって。おれはその場で帽子を捨てたよ。翌日から禿頭さらして学校通った。おれのことを慰めてくれる奴もいたが、笑う奴もいた。むかつく奴を半殺しにしたり、禿げを理由で好きな女に振られたこともあったが、そのうち禿げであることになれちまってなぁ、今じゃあ禿げにぃ呼ばわりよ」

 瑞樹はおれの話にどう反応していいか戸惑ってた。

「まあ、何が言いたいかというと。いつまでも傷隠して生きててもつまらねえぞ。瑞樹だって女の子の端くれなんだから、大きくなれば蒼井に大切なモンをあげる場面もあるかもしれないだ。そんときパーカー着たまんまじゃ、格好つかないだろう」

「・・・・・・女の子の大切なモノ? ────まさか先生!?」

「なんだ小学生の癖に知ってるのか、瑞樹? 女の方がマセてると言うが本当だな」

「先生のエッチ! 変態! スケベ!」瑞樹は真っ赤な顔して怒った。その顔には涙は流れていなかった。

「そう怒るな。瑞樹だって女の子なんだから蒼井の恋人になったっておかしくないだろう? 恋人になったならそういう事だって、そのうちやるんだから」

「恋人って、ボクは別に蒼井の事なんて・・・・・・」少女はこの後に及んで、恋心を隠した。

「わかってるわかってる。別に蒼井のことは男として見てないだろう。それなら蒼井に傷見られたって大丈夫だろう?」

「うん、まあそうだけど・・・・・・」瑞樹は急に歯切れが悪くなる。

「瑞樹、蒼井は人の傷を見て笑う男じゃないだろう。それはお前が一番よく知っているはずだ。もし傷みて笑う男だったら、おれが蒼井の事を叩き伏せてやる。だから少し勇気だしてみろ」

「──うん。わかった。でも蒼井の所行く前に比留間先生、ボクの傷をグロくないか見てみて」

 おれがわかったと頷くと、瑞樹は恐る恐るパーカーを脱ぎ捨てた。瑞樹は学校指定のスクール水着を着込んでいた。スクール水着といってもどこぞの有名デザイナーが作った奴だから、オタクしか喜びそうにないダサいスクール水着ではなく、スポーティーな感じのするしゃれたスクール水着である。

 ただし旧来のスクール水着と違って腹のところが丸見えなので、瑞樹の傷を隠すことはできなかった。

 〝思ったよりも深いな〟女ならたしかに見られたくない傷だ。

「――どう先生グロくない?」瑞樹は不安そうに尋ねた。

「おれの頭にくらべりゃ全然平気だよ」

「それってあんまり安心できないよ、比留間先生」

「なかなか言うじゃねえか。しかしなんでまたスクール水着なんか着てきたんだ? 傷を隠せるような水着なんていくらでもあるだろう」

「校則で決まってるだよ。たとえ学校の外であったとしても、学校指定の水着を着用しろって」

「だからアンリエッタの奴もスクール水着着ていたのか。しかし馬鹿らしい校則だな。うんな校則だれも守ってないだろう?」

「そうだけど、蒼井がうるさいだよ。学徒騎士たるもの、皆の範になる生徒じゃないといかんて」

「蒼井らしいな。というか、アンリエッタも瑞樹も本当に蒼井にメロメロだな」

 どいつもこいつも蒼井の言葉に律儀にしたがいやがって。惚れた弱みというやつか。

「だからなんで先生はそういう方向に話もっていくの。ボクと蒼井は――」

「たんなる主従なんだろう? わかったから、先に進めないからさっさと蒼井のところいくぞ」

 おれは渋る瑞樹の手を引っ張ると、川遊びしてる蒼井達の方へむかって歩き出した。

 

 妹たちが遊んでいる河原に着くと、恥知らずの妹が「先生恐いなり! 蛇がへびがいるナリよ!」語尾をアニメ化させながら川の中に立っている蒼井に抱きついていた。

「大丈夫ですよ、安井先生。蛇なんか泳いでませんから」

 蒼井は妹に押し付けられたおっぱいに苦しみながら諭した。

「安井先生! 蛇なんかいないですから、早く離れてください! 不謹慎です!」

 アンリエッタは己の主を救おうと、発情する雌豚の腕を引っ張っていたが、妹はスッポンのように蒼井に食い付いて離れない。

 〝なにやってんだ、こいつ〟男ならとっくにポリスメンのお世話になってるぞ。

「――蛇なんかいないよね、比留間先生」瑞樹は穏やかな水面を眺めながら呟いた。

「妹の見間違いだろう、どうせ」

 言い終わると同時に、おれは面倒くさげに手を振った。

 穏やかだった水面に波紋が生まれたかと思うと、波紋は波と化し、妹と妹の腕を引っ張ってたアンリエッタを飲み込んでいた。

「ブベッポ!」

「キャアぁああ!」

 二人は悲鳴をあげ波に飲み込まれた。勿論間が抜けた悲鳴の方が妹である。

「あっ、アンリエッタまで巻き込んじまったか」

 どうでもいいと思ったので、適当に技を放ってしまった。

「まあ、いいか」妹も一緒だから大丈夫だろう。

 蒼井は驚きの顔で、妹とアンリエッタが流されていいった川下を見つめていたが、河原におれ達がいることに気づくと駆け寄ってきた。

 蒼井が近づいてくると、瑞樹は、おれの手を握りしめた。

 蒼井に傷を見られるという緊張で、誰の手でもいいから手を握りしめたくなったようだ。

「――凄いですね比留間先生。今の技、なんて技ですか?」

「魔界一刀流波頭。いわゆるデーモンアーツってやつだ」

「――これがデーモンアーツ。僕初めてみましたよ、先生!」

「そうか。お前も学徒騎士ならいつか悪魔とやり合うことになるかも知れないからな。いい勉強になったろう」

「はい先生。いい勉強させてもらいました」

 蒼井の目は、おれへの尊敬で光り輝いていた。

 〝やべえちょう嬉しいだけど〟魔界では王子様でも、人間界では職を転々とかえるダメデモニアである。人の尊敬というやつに飢えていたので、素直に嬉しかった。

 おれが照れまくっていると、蒼井は家来の存在に気づいた。

「いないと思ったら比留間先生と一緒だったのか」

「・・・・・・うん」瑞樹は、傷のことを思い出して、急にトーンダウンした。

「どうしたんだ瑞樹その傷は!?」蒼井はようやく瑞樹の腹の傷に気づいた。

「――昔、お爺ちゃんと稽古したときにちょっとね」

 瑞樹はおれの手を強く握りしめた。

「ちょっとねで済まされる傷じゃないだろう──。まさか瑞樹、この傷を気にして川に入らなかったのか?」

「えっ?・・・・・・。あっ、うん。ボクもほら一応そのう女の子の端くれだからね。あんまり人に傷を見られるのは・・・・・・」

 瑞樹の瞳から大粒の涙がポツリポツリと零れる。

「あれ、やだな。なんでボクないてるだろう。傷なんて全然気にしてないのに・・・・・・」

「瑞樹。瑞樹がどうしてこの傷を背負っているのかわからない。でも瑞樹の傷を笑う奴がいたら、僕が名誉を護る」

「なっ、なに格好つけてるだよ。ボクより弱いくせに・・・・・・」

 感極まった瑞樹は、蒼井に抱きついて泣きじゃくり始めた。

 蒼井は黙って、瑞樹の頭を撫でた。

 〝おっさんの出番はこれで終わりだな〟

 おれは釣りを再開するために、その場から静かに立ち去っていった。

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