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プロローグ 

 ──魔界統一。 

 魔王ならば誰しもが一度は抱く野望であった。

 事実、魔界戦国期の魔王達は群小を問わず、その夢を実現しようと覇を争った。

 ある魔王は剣をもって。ある魔王は魔力をもって。ある魔王は策略をもって、ある魔王はそのすべてをもって、魔界の統一に凌ぎを削った。

 しかし魔王達の野心を叶えるには、魔界はあまりに広く、そして魔王の数は多すぎた。

 戦に疲れた魔王達は魔界統一を夢物語とし、領土の拡張や弱小魔王家を支配することで、その旺盛な征服欲を満足させようとした。

 その結果、魔界は十三人の魔王達の手によって分割統治される事となった。

 十三魔王家の誕生である。

 十三人の魔王達は広大な領地と、弱小魔王家を支配した。

 広大なる領地からもたらされる富と、弱小魔王達の追従と献上品は十三魔王家の魔王達をしばしの間満足させた。

 あくまで暫しの間であった。

 魔王とは、強欲な者であり、そして争いを欲する生き物であった。

 平和にも栄華にも飽きた十三魔王家の魔王達は、敵を欲した。

 敵はすぐ見つかった。

 敵は己と同じく魔界を分割統治する、十三魔王家であった。

 魔界は再び戦乱の時代へと突入した。

 同盟や裏切り、そして下克上。

 十三魔王家の大半が滅び、新たな魔王が十三魔王家入りを果たしたが、十三魔王家のすべてを支配するほどの強力な魔王は現れることはなかった。

 一時的に強大な勢力となった魔王家もあった。事実、十三魔王家最古の家柄を誇る九鬼家が魔界全土を支配しているといっても良い時期があった。

 しかし長くは続かない。

 魔界を統一するほどの強大なる魔王家が登場すると、他家の魔王達は同盟を組み引きずり下ろした。

 十三魔王家の争いは、戦争というより他家の足の引っ張り合いと化していった。

 この不毛な足の引っ張り合いは三千年にも及んだ。その結果戦争はいつの間にか予定調和となり、新興魔王家が下克上を起こすようなこともなくなり、慢性的に戦争が続いているにしろ、魔界に秩序が誕生したのである。

 秩序の誕生は、魔界を分割支配する十三魔王家に安定と繁栄をもたらした。

 十三魔王家の悪魔達は、自分達こそ支配者階級であり、その支配は永遠に続くと信じていた。

 しかし何事にも終わりはやってくる。十三魔王家の一つ、梶本家に従属していた安井家が反乱を起こした。梶元家の魔王九郎は、弱小魔王家の分際で主家に刃向かう生意気な魔王を叩きつぶそうとしたが、潰されたのは生意気な弱小魔王家の方ではなく梶本家の方であった。

 梶本家を滅ぼしたのはたった一人の魔王であった。

 その瞳は狂気と暴虐によって輝き。

 その身には圧倒的な魔力を宿し、その妖艶な唇からは禁術が漏れた。

 しかも女性であった。

 彼女こそ後に帝位を贈られることになる、女帝晶であった

 梶本家を滅亡させた魔王晶は、夫である堕天使ルシフルを従え、十三魔王家の制服に乗り出した。

 統一戦争の始まりである。

 十三魔王家は一致団結して、魔王晶に対抗したが、魔王晶の魔力はあまりに強く、そして夫である堕天使ルシフルの剣技は無敵を誇った。

 つがいの獣──。

 その数を六家までに減らした十三魔王家は、ありたけの憎悪と恐怖──。

 そして敬意を込めて魔界最強の夫婦に異名を贈り、そして降伏した。

 統一戦争終結後、魔王晶は帝位を創設し、堕天使である夫の手によって戴冠した。

 女帝晶の統治は峻烈かつ残酷ではあったが、魔界から戦争を一掃した。

 女帝の治世の元、安井家は栄華を極めた。

 安井家の栄光の絶頂は、女帝晶の崩御まで続いた。

 女帝晶が崩御すると、安井家内部で皇帝位を争う継承戦争が勃発。

 内乱に疲弊した安井家は帝位を手放し、臣従を誓った六大魔王家の独立をも許してしまった。

 それでもなお安井家は強大であった。

 安井家の軍事力は六大魔王家すべてを敵に回して戦争出来るほど強大であり、その経済力は魔界の土地をすべて買い占めることが出来るほど豊かであった。

 

 ──これがおれの実家である。


 つまりおれは魔界に生まれし悪魔なら誰もが羨むであろう安井家の王族。

 しかも長男であった。

 安井家は魔界でも珍しい女系の一族であるから、長男だからといって魔王となることは出来ない。しかし魔界最強最悪の安井家の王族であることには変わりはない。

 栄光と栄華は約束されているようなもんである。

 おれの人生がもし順調であれば、今頃城にハーレムを築き女とやりまくり、女に飽きたら軍を率いて弱小魔王家相手に戦争を起こし、その王都を略奪し、悲嘆にくれる女共に強き子種を恵んでやる、という安井家の王族ならではの楽しみに耽っているはずであった。

 しかし現実は違っていた。

「用務員のおじさん、さようなら」礼儀正しく挨拶する少女の声で、物思いから覚めた。

「おう気をつけて、帰れよ」条件反射で挨拶を返した後、ふと小学生相手に気軽に挨拶する自分が嫌になった。おれは頭こそ禿げているが、これでも魔界最強の魔王家の魔王子である。

 本来なら挨拶をする方ではなく、挨拶をされる側の人間であった。

 少なくても人間界に来るまではそうだった。下級悪魔はおれの姿を見れば膝をつき、中級悪魔は廊下ですれ違うたびに米つきバッタの如く深々と頭を下げ、普段は威張り散らしている上級悪魔もおれの姿を発見すればカモを見つけた商人の如くすっ飛んできて、掌がすり切れるじゃないかと心配になるほどゴマをすったもんだ。

 若い頃のおれはそれがごく自然な事として受け入れていた。

 今のおれは昔とは違う。挨拶をする方であった。

 惨めだ。惨めすぎる。

 おれがなりたかったのは子供の成長を暖かく見守る気のいい用務員のおっさんではなく、数多の敵を殺し数多の未亡人を作り出す、残虐非道な悪魔の戦士であった。

 しかし現実は・・・・・・。

 たんなる用務員のおっさんであった。ため息がこぼれた。

 こうなったのも全部あの馬鹿女のせいだ。あの馬鹿が――。

「あに様お疲れなり!」

 若作りをした痛いおばさんが甘ったるいアニメ声を垂れ流しながら、おれの前を通り過ぎようとする。おれは無言でおばさんの頭をブッ叩いた。

「あに様なにするナリか!」

 痛いおばさんは上目使いでおれのことを睨みながら抗議してきた。

 心の底から怒りが沸いてきた。こいつが赤の他人なら生暖かい目で見守ってやれる。

 しかしこいつは――。

 おれの妹で、安井家の魔王であった。

「なにするナリかじゃねえよ、馬鹿女が! 語尾をアニメ化させるじゃないと何回言ったら理解できるだよ、このクソボケが!」

「可愛いのになんで使ちゃダメナリか! せっかく百万円も出して声優学校卒業したんだから、少しぐらい日常で使ったってバチは当たらないナリよ」

 おれは妹の耳たぶを引っ張った。

「――お前年幾つだ?」妹の耳元で囁く。

「――年は関係ないナリよ、禿げにぃ・・・・・・」年を聞かれた途端、塩をぶっかけられたナメクジのように弱気になる妹。

「関係大ありだよ! お前今年で三百八十才だろう? 人間年齢に換算すれば三十八歳の立派なおばさんじゃねえか。お前二百八十年間も人間界うろついて、身につけたことといえばアニメ声だけか?」

「・・・・・・友達だっていっぱい出来たナリよ。声優学校でたくさん良い人と出会ったから・・・・・・」

「――あんな夢見がちなクソニート共と友達になるためにお前は人間界に来たのか!」

「あに様酷いなり! 友達を悪く言うなんてたとえあに様でも、やすぃプンプンなんだからね」

 妹は自分でプンプンと効果音を呟きながら、手をバタバタ振った。

 このクソババアは自分の年齢を忘れて、アニオタぐらいしか見ることはないクサレ深夜アニメのキャラに成り切っているのである。

 しかも腹立たしいことに、妹はアニメキャラに成り切っている自分が死ぬほど可愛いいと信じ込んでいるのである。自分が萌えアニメのキャラの真似をすれば、そのあまりの可愛さにおれが悶絶し怒れなくなる──。

 そう妄想しているのである。

 その証拠に妹はさっきからおれの顔をチラチラと盗み見て、実の妹に不覚に萌えてしまった四十二歳の兄の姿を探していた。

 ――三十八歳の妹に萌えるわきゃねえだろう。

「――おい、おれの怒りが爆発する前に、語尾を戻せ」

 おれは静かな――。これ以上にない静かな声で妹を諭してやった。妹のためにも、偉大なる祖先のためにも、語尾のアニメ化だけは絶対に阻止しなければならない。

「――でもせっかく声優学校通って声が可愛くなったんだから、語尾だって可愛くしたほうが似合うナリよう・・・・・・」

 妹は三次元のしかもクソババアにすぎないのに、声優学校に通ったぐらいで二次元星人に生まれ変わったつもりでいるらしい。そんなんで生まれ変われるのならば、全国にいるキモオタ共はとっくの昔にエロゲーの主人公に生まれ変わっている。

「言ってる側から語尾をアニメ化させてんじゃねえ! いいかよく聞けよ、安井家の歴代魔王に語尾がアニメ化している魔王はいたか?」

「・・・・・・ここにいるよ――」妹はボソボソと呟いた。

「テメー一人だろうが! いいかお前は頭はパーであるとはいえ魔界最強の安井家の魔王には違いないのだから、ちょっとは威厳というものを持って、威厳を」

 おれは大事なことなので二度言った。

「――わかったよ、禿げにぃ」妹は渋々と同意した後、「でも可愛いいのになぁ」と呟いた。

 まだ妹は語尾のアニメ化に未練があるらしい。

 おれはさらなる怒りの鉄槌を妹に下そうとしたとき、「わぁあ安井先生だぁ!」大きなランドセルを背負った幼女が妹の元に駆け寄ってきた。

 妹のことを慕っているちいちゃんである。

 妹は精神年齢が小学生レベルなので大人の男には敬遠されるが、子供とか幼児にはわりあい好かれる。

「安井先生、桃色めがねの真似して。ちい、今日はまだ見てないよ」

「まかしてちぃちゃん!」

 妹は鞄から瓶底眼鏡を取り出すと、「ある時はド近眼の委員長!」と叫びながら瓶底眼鏡を装着。「またある時は三角眼鏡をかけた女教師!」妹は叫びながら瓶底眼鏡を三角眼鏡に交換した。

「しかしその正体は!」妹ではなくちぃちゃんが叫んだ。

「小さなお友達と、大きなお友達の味方。桃色めがねだぜぇ!」

 妹が決めポーズを決めると、ちぃちゃんは目を輝かせながら熱烈な拍手を送った。

 下校途中の高学年の生徒達はクスクスと笑いながら妹の痴態を見物していた。

 受けていると勘違いした妹は、決めポーズをキメながら悦に入ってる。

 ――ダメだダメすぎる。

 おれは地べたに座り込み、絶望のあまり頭を抱えた。

 この痛い性格をなんとかしないかぎり、妹は魔王の試練を一生クリアーすることは出来ない。

 〝始祖晶よ、どうしてこのような試練をおれ達に科したのですか?〟

 魔王の試練。それは魔王の実力を証明するための試練であった。

 実力至上主義の魔界において、魔王を名乗るにはその身体に流れる血だけではなく実力、それも圧倒的な実力を家来共に見せつける必要があった。

 いにしえの頃は魔界も大らかであったのか、敵国の魔王の首が定番であった。しかし複雑な外交関係が展開される中世になるとそれはさすがに無茶苦茶である──。と言うことになって魔王の試練の内容は、各魔王家が定めることになった。

 古い家系を誇る九鬼家ではドラゴンスレイヤーを称号を得ることを魔王の証とし。

 際物で有名な羽黒家は一度死んで不死王として蘇ることを魔王の証とし

 そして我が安井家は人間に転生した天使を堕天させて夫とする──。

 というふざけた試練が魔王の証とされた。

 安井家の悪魔。特に魔王になる権利を放棄することになる安井家の男達は大反対したが、この試練を考えたのが始祖晶などで大声で反対した者は、女帝の手によって粛清された。

 これによって安井家の魔王はすべて女となり、安井家の男は魔王となること出来なくなった。

 魔王となる道を絶たれた安井家の男性王族は、軍の出世に望みをかけた。

 軍での最高の出世コースは、魔王候補者の護衛官を得て少将に進み、適当な戦果をあげて大将となり頃合いをみて元帥となる、というのが定番である。

 運と実力に恵まれさえすれば、男性王族でも魔王に次ぐ地位である<魔王の影>になることさえ出来た。

 安井家の野心溢れる魔王子であるおれは最高の出世コースに乗るために護衛官レースに名乗りを上げた。そこでおれは実の弟や妹達と血で血を争う戦いを繰り広げ、その戦いの最中実弟の一人を切り捨て、数人の弟を再起不能に追い込み、見事護衛官の地位を獲得することに成功した。

 天使の転生体を見つけに人間界に旅だったあの日、おれの人生最良の日であった。

 あの頃の妹は可愛らしく、これなら楽勝で天使をこませると思った。

 人生勝ったも当然だと思った。

 しかし王族の習いとして兄弟とはいえ別々に育てられていたので、妹の痛い性格などおれは知りもしなかった。

 妹は出会う転生体のすべてに的外れなアタックを仕掛け、そのことごくを外した。おまけに人間界で流行っているオタク文化にどっぷりとはまり込み、最近では転生体ではなくアイドル声優のケツを追いかけるのに夢中になっていた。

 これが普通の兄弟なら妹を見捨てるところであるが、悲しいかなおれは妹の護衛官であった。

 妹が魔王の試練をクリアーしないかぎり、おれはこいつと離れることできなかった。

 軍での最高出世コースとはいえ、護衛官の待遇はたかが少佐である。安井家の魔王子であるおれが、少佐待遇のまま人間界で四十二歳の誕生日を迎えてしまったのである。

 魔界に置いてきた愛人は、べつの男を捕まえて二人の子供を産んでそれなりに幸せにやっている。

 一方おれはと言えばいい年こいて、痛い妹と一緒に暮らし細々と暮らしている。

 〝これというのも妹が全部わるい〟

 妹がまともであってくれさえすれば。妹が転生体をさっさと捕まえてくれさえすれば。

 おれはバラ色の人生を送れていたはずなのに──。

 ――腐れ妹めっ!妹に対する憎しみを新たにしていると、誰かがおれの首筋を指で突いた。

「――なんだってんだよ馬鹿女!」おれは後ろをふり返り怒鳴り散らした。

 てっきり妹かと思ったのだが、おれの後ろに立っていたのはちぃちゃんであった。

「――ちぃ用務員のおじさんがウンウンしてるから風邪引いたのかと思って、心配になってトントンしただけなのに・・・・・・」ちぃちゃんは大声で泣き出した。

「――おじさんちぃちゃんに怒ったわけじゃないだよ。ちょっと苛々して怒鳴っちゃただけだからだ」幼女に泣かれ狼狽しまくるおれ。

「おにぐぁら、おにぐぁら。用務員のおじさんがおにぐぁらになってちぃのこと怒るぅぅぅう」ちいしゃんは恐怖のあまりドモリまくっていた。多分、鬼瓦と言いたいのだろう。

 おれそんなに恐い顔しているか。――まぁ悪魔なんだけどさぁ。

「ちぃちゃん、おじちゃんは鬼瓦じゃないよ。どこにでもいるありふれた禿げだから。ほら頭つるつるでしょう?」

 おれはちいちゃんにむかって剥げ頭を差し出した。

 ちぃちゃんは泣きながらもおれの剥げ頭を興味深げに眺めた。よしあともう一押しだ。

 おれはちらりと妹を見た。妹に頼るのはシャクだが、おれは子供の涙が苦手であった。

「やすぃに助けて欲しいの? ――もう、しょうが無いな禿げにぃは」妹は肩をすくめると、「小さなお友達と、大きなお友達の味方、桃色めがね参上! そこの禿げオヤジ! たんなる禿げオヤジのくせに鬼瓦のふりして小さい子いじめたら、めっ! でしょう」妹はおれにむかってビシッと指さした。

「泣かないでちぃちゃん。あれは鬼瓦ではなくてどこにでもいるありふれた禿げ親父だから。その証拠に剥げ頭触っても平気だよ」

「――本当に?」ちぃちゃんは顔をあげ目を輝かせた。

「――おじちゃんの頭さわっても大丈夫だよ」

 おれはちいちゃんの前に座り込んで、剥げ頭を弄りやすいようにした。

 ちぃちゃんはしばしの間、おれの剥げ頭を見つめた後、恐る恐る手を伸ばした。

「――べとべとしている」ちぃちゃんの声は何故か嬉しげだった。

「毎朝育毛剤ぬってるからね。それでべとべとしているのよ、ちぃちゃん」

妹の馬鹿がいらん解説をした。

「育毛剤って?」

「――簡単に言うと無駄な努力の事かな」

 〝テメーこそ、毎朝毎朝小顔ローラーで伸びもしねえ小皺のばしてるだろうが!〟

 おれは心のなかで毒突いた。ちぃちゃんがいなければ面と向かって怒鳴っているところである。

「うふふふ」

 ちぃちゃんはおれの育毛剤まみれの剥げ頭をニコニコ笑いながらさすってる。おれの剥げ頭には幼女にだけ通じるフェロモンでも発しているのだろうか?

「用務員のおじさん、息ハァーしてもいい?」

「・・・・・・いいよ」

 ちぃちゃんは嬉しそうに剥げ頭に息を吹きかけた。おれがロリコンなら嬉しいシチュエーションなのかもしれないが、残念ながらおれのストライクゾーンは二〇代後半から三十代前半の熟れた女性であった。

 ──てかおれ、泣く子も黙る安井家の魔王子なんだよな。今じゃあ泣く子に剥げ頭を提供する愉快なおっさんに成り下がってしまった。

 おれは心のなかでため息をついていると、ちぃちゃんはおれの剥げ頭をハンカチで磨き始めた。 

 ――好きにしてくれ。

 おれの剥げ頭が神々しい輝きを放つようになると、ちぃちゃんは満足して帰っていった。

「よかったね、禿げにぃ。頭ピカピカになって」

「――うるせえ。それよりお前天使の転生体みつけたのかよ」

 戦士であるおれには天使の転生体を探すことは出来なかった。

 天使の転生体の証であるアストラルの翼は、高位魔道師である妹の目にしか見えないからだ。

「――見つけたよ、禿げにぃ」妹は恥ずかしそうに呟いた。

「本当か!?」おれは驚きのあまり声をあげた。こんなに早く見つけるとは思わなかった。

「・・・・・・うん」妹は小さく頷いた。

 嬉しい反面、心配になってくる。おれと妹が今潜り込んでる聖ベルナール学園は、古い格式と伝統を誇る貴族と金持ち専門の名門校である。当然妹の相手は人間のエリートである。

 ――相手は銀の匙を咥えて生まれた貴族のボンボンか金持ちの息子。

 たいして妹は行き遅れの年増悪魔。

 どう考えても無理っぽい。本来ならこんな無茶な勝負を挑みたくもないが、人間の指導者を気取る天使共は人間の貴族に転生する事を好むので仕方なかった。

「よし! 今度こそ天使をこますぞ!」己を励ますため、わざと大声をあげた。

「禿げにぃ、コマすなんて言わないでよ。やすぃ恥ずかしくて、顔が真っ赤かになっちゃうよ」馬鹿女は本当に恥ずかしいらしく、頬が赤く染まっていた。

「いい年こいて、カマトトぶるんじゃない。三十八にもなって結婚してないほうが恥ずかしいだろうが!」おれが怒鳴り飛ばすと「年のこといわないでよ! 禿げにぃだって、頭ピカピカだし、年だってやすぃよりも取ってるでしょう!」生意気にも妹は反撃してきた。

「おれはいいだよ! 魔界に帰れば禿げてても年食ってても、女は寄ってくるんだから」

「そういう女の人は、禿げにぃに寄ってくるじゃなくて、お金や権力に寄ってくるんじゃない」 妹は非常に痛いところをついた。

「・・・・・・うっせえな」

 おれは負け惜しみにもならない言葉を呟くと「とにかく、その天使とやらを見に行くぞ」と言って誤魔化した。


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