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Black Rumor  作者: 東
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Sweet ×× Day

今日はチョコレートの日ということで……!

番外編です!



「あ、そうだ師匠!私、来週のこの日は絶対任務入りませんから」


2月のある昼下がりの午後、廃ビルの屋上から聞こえたのは、一人の少女の声だった。

栗色の長い髪を高い位置でツインテールに結った、大きな瞳の少女。近隣の高校の制服にキャメル色のコートを羽織り、黒い布に包まれた細長い棒状のものを背負っている。


「あ? 何の話だ」

不機嫌な声を隠そうともせずにそう答えたのは、目付きの悪い灰色の髪の男。咥えていたタバコをコンクリートの地面に捨て、足で揉み消してから吸殻をポケット灰皿へと落とした。

「もともと非番だろ。ーーーでもまあ緊急時はんなこと言われたってどうしようもできねぇな」

「えーー!!そこは師匠一人で頑張って下さいよ!私は絶対に無理なんです!どーーしても外せない予定が入ってるんです。緊急呼び出しかかっても行けませんから!」


大きな声でそう叫ぶ少女ーーー七尾 伊万里は、知らん顔で新しいタバコに火を点けた男ーーー京馬 行ーーー師匠ーーーをポカポカと叩いた。


「ヤメロ。俺に言うな。だったらここいらの人間が心穏やかに過ごせるような策でも練ってろ。そうすりゃ俺たちの仕事も減るだろうよ」


京馬は暴れる伊万里を意に介さずぶっきらぼうにそう言うと、タバコの煙を細く吐き出し、屋上の錆びついた鉄柵に寄りかかった。眼下に広がる人々の群れを見下ろす。その中にはぽつりぽつりと、黒い靄のようなものが漂っている。



黒い靄。

それは人間の「負の感情」。人々の内にある、妬み、憎しみ、怒りーーー人の心を暗く黒くする、悪しき感情。人間の心には常にそれらが巣食う。それらの感情は"黒い影"を生み、人間の心理状態に影響を及ぼすようにもなる。

“影”は時に自我を飲み込み、覆い尽くす。


そんな人間の「負の感情」から生まれる“影”を滅するのが「退治人」と呼ばれる人々であり、その一員である京馬と伊万里の仕事であった。



「……次行くぞ」

京馬は黒い靄の進む方向へと視線をやりつつ、文句を言いながらもばたばたと後ろを付いてくる伊万里を連れて廃ビルを出た。



***



一週間後。

非番の京馬は、自宅でコーヒーを飲みながら何をするでもなくソファに腰を下ろしていた。

部屋の中には、年代物のソファとテーブル、小さな棚があるくらいで、室内を彩るインテリアの類はいっさいない。テレビもなく、棚の上には無骨なラジオが置いてあるだけだ。無機質で殺風景な部屋の中で、隅に置かれた観葉植物だけが唯一生気を帯びていた。


いつもの険しい表情はどこかへ消え失せぼんやりと窓の外を眺めていた京馬だったが、その時突如としてテーブルに置いていたスマホがけたたましい音を立てながら振動した。


非番の日は電源から切っておきたいといつも思うが、いつ召集がかかるかわからないことから、常に対応できるようにしておかなければならなかった。

ディスプレイに表示された文字を見て、京馬は眉間に皺を寄せ、小さく舌打ちをした。穏やかな休日が一変する。それは予感などではなく、確信だった。


「……なんだよ」

不機嫌な声を隠そうともせず、電話の向こうの相手へそう尋ねる。

『あーーもしもし?俺。非番のとこ悪いんだけどさ、ちょっと今から来てくれない?人手が足りないんだわ。場所は××区のーーー……』

「おい。ちょっと待てなんで俺がーーー」


電話は唐突に切れた。

ツー、ツーという無機質な音が耳元で響いている。相手の一方的な調子に、京馬はいつもながら苛立ちを覚えずにはいられなかった。

何度目かの舌打ちをし、画面を操作してアドレス帳からとある電話番号を探し出す。番号を押そうとして、はたと気付いた。


「……ドンピシャじゃねえか」


京馬は画面に表示された日付を見て、今日が伊万里の言っていた日だということを思い出した。


『どうしても外せない用事が入ってるんです!』


先週伊万里がそう叫んでいたことを思い出す。

いつもは非番の日でも緊急となれば呼び出し、共に現地へ向かう。そういう時は文句を言いながらも必ず出てきていた伊万里だが、先週の様子を見るに、よほど大事な用事があるのだろう。


京馬はしばらく考えてから、番号を押そうとしていた指を離すと、何も言わずにスマホを仕舞った。



***



教えられた場所へ急行すると、そこにはいつもの見知った顔がいくつかあった。


「よーう行ちゃん。悪いな」


そう言ってへらりと笑いながら右手を上げたのは、同じ退治人の鷹条楓だった。

電話で呼び出して来たのは他ならぬこの男で、それが京馬をいっそう苛立たせていた。二人は昔から犬猿の仲なのだ。


京馬はツカツカと無言で楓に近寄ると、素早く右手を引きながら上半身を捻り、その拳を繰り出した。

「おわっ!?」

楓は驚いた声を上げながらも、即座に膝を曲げて重心を踵へ移し、軽いステップでパンチを避ける。


「突然なんだよ!?」

「突然はお前だ。あと無性に腹が立った。代わりにぶっ飛ばそうかと」

「誰の代わり!?」


事情を知らない楓は困惑しながら問いかけるが、説明する義理はないし、第一、おちょくられるのが目に見えている。京馬は空を切った拳をプラプラと振りながら、もう一発くらい入れておくかと考えた。


「あのさお二人さん、仲が良いのは結構なんだけど、そろそろ仕事、しない?」


その時、少し離れた位置から少年の声がした。京馬がそちらを向くと、制服の上に黒いパーカーを羽織った黒髪の少年が立っている。呆れたような表情で二人を見つつ、京馬と目が合って小さく手を上げた。


「こんにちは京馬さん。楓さんが急にごめんね」

「……憂里か」


少年ーーー黒羽憂里は薄く微笑んだ。

彼もまた退治人の一人で、若いながらも第一線で戦っている。伊万里と同い年で、同じ高校に通うクラスメイトだ。


「お前も鷹条にこき使われて大変だな。……千鶴は元気なのか」

「元気だよ。京馬さん、千駄ヶ谷さんのこと結構気にかけてるよね」

「別にそんなことねえ」


千駄ヶ谷千鶴というのは、伊万里や憂里とクラスメイトの少女だ。彼女は「退治人」とは違って一般人でありながら、“影”を目に映すことのできる特殊な人間だ。それは幼少期に体験したある出来事がきっかけだったのだが、それから何年もの間、“影”が見える生活を送って来た。

高校で憂里や楓、伊万里、京馬と出会い、その力を活かし方を模索しながら日々を過ごしている。


京馬も千鶴には何度か会っているが、芯の強い少女でありながらどこか危うげであり、放っておくと自ら危険に踏み込んで行ってしまうような雰囲気がある。伊万里と同い年ということもあり、憂里が言うように少しは千鶴のことを気にしているのであった。


「さて。おふざけはこれくらいにして、仕事にとりかかろう」


ようやく本気になった楓が、手のひらをパンと合わせた。集まった各人に担当区域の割り振りをし、2月という時節柄、特に受験などで精神的に不安定な若者が多い旨を告げる。“影”は不安定であればあるほど増幅する。手につけられなくなる前に、退治人によって滅せられなければならない。


それからそれぞれが“影”を見つけに散らばり、京馬も自分の仕事をするべく、夜の街へと足を踏み入れた。



***



翌日。

前日に夜遅くまで「仕事」をしていた京馬は、昼過ぎまで惰眠を貪っていた。深い眠りについていたにも関わらず、またも楓から「夕方に事務所に来るように」との連絡で起こされた京馬は、もはや殺意を抱きながらも楓の事務所を訪れた。


何発かぶん殴るつもりで足を踏み入れるも、そこには学校帰りと見られる制服姿の伊万里と千鶴、憂里が座っている。楓の向かいには、事務所の助手である乃木真崎もおり、さながら全員集合、といったところだった。


入って来た京馬を見た伊万里は、顔を見るなり素っ頓狂な声を上げた。

「あれ?師匠怪我してるう。なんで?」

「……うるせえ放っとけ」


実は昨日の任務で、少々面倒なことが起きた。“影”が増幅しつつあった少年が、持っていたカッターナイフで切りつけてきたのだ。無事に取り押さえはしたものの、地面へと組み伏せる際に暴れられ、手にしていたカッターの刃が頬を掠ったのだった。大した傷ではなかったが、おかげで頬にはテープが貼られ、楓にはイジられる始末だ。何という体たらく、と京馬は舌打ちをしたのだった。

そんな顛末をまったく知らない伊万里は、無邪気な声で笑っていた。


「わかった!また鷹条さんとケンカでもしたんでしょ。ダメですよーいい大人が」

「……このお子様は人の気も知らねえでまあ……」

「なんか言いました?」

「なんも」


このクソガキ、と口にしたいのをどうにか抑えていると、「あっそうだ」と不意に伊万里が思い出したかのようにスクール鞄をごそごそと探り始め、しばらくしてから何かを取り出した。


「師匠も来て揃ったことだし……はいこれ!」


手にしたものを京馬の方へ差し出す。

手を伸ばして受け取って見ると、それはオレンジ色の星柄の袋に入った小さな包みだった。


「あ?なんだこれ」

「いつもありがとうございまっす!感謝の気持ち!」


にこにこと微笑みながらそう言った伊万里。しばらくその言葉の意味を考えていると、伊万里の横から千鶴がひょいと顔を出し、


「今日はバレンタインデーなので。私からも京馬さんに、これ」


そう言って薄いピンク色のハート柄の包みを手渡した。


「もちろん鷹条さんにも憂里にも乃木さんにもありますよ〜〜!」

「え、まじで?」

「いいの?ありがとう」

「ありがとうございます」


楓、憂里、真崎も同じものを受け取り、包みを開けている。京馬もリボンを解くと、そこには星形とハート形のクッキーが入っていた。


「昨日、伊万里ちゃんと一緒に作ったんです」

「ちゃんと一から手作りしたんですよ!」


えっへん、と胸を張る伊万里を見て、京馬は思わず拍子抜けした。


「……お前、入れねえって言ってた理由って……」

「へ?なんの話ですか?」


きょとんとした表情の伊万里。そんな伊万里を見て、京馬ははたと思った。そもそも昨日は元より非番であり、緊急招集がかかったことも告げていないため、何もなかったと思うのが当たり前だ。

京馬はそう納得して溜息をつき、二人が一緒に作ったという菓子に視線をやった。


「師匠が甘いもの苦手っていうから、甘さ控えめにしたんですよ!」

「伊万里ちゃん、お砂糖とお塩間違えそうになったんだよね」

「千鶴ちゃんそれ言わないで!!」


肩を寄せ合いながら楽しそうに話す伊万里と千鶴。普段から、人間の内側を垣間見る機会の多い殺伐とした“戦いの場”に身を置いている二人だが、中身は至って普通の女子高生なのだ。


まあ、たまにはいいか。


京馬は笑い合う二人を見ながらそう心の中で呟くと、星形のクッキーを一つ掴み、口へと放り込んだ。


「……甘ぇ」




久しぶりに彼らを書くことができて楽しかったです……!イベント毎に番外編を書くのもいいなあ(*^^*)

読んでくださりありがとうございました!

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