矛盾
「ずっと気になってたことがある」
それまで黙っていた憂里が、甲斐へと尋ねた。
「あんたが俺を拉致した時、言ってたよな。俺と千駄ヶ谷さんが、世界に与える影響とかなんとか」
憂里が何者か―――その正体は結局甲斐であったが―――に、事務所近くの空き家に拉致された際、その犯人であった甲斐はあの場で憂里に言った。
『君と彼女。二人の関係がこの世界に与える影響について知りたい』と。
そして彼は加えて、それを「化学変化」とも言った。
そのことがなにを意味するのか、あの時はわからなかったのだ。
「言っただろう?一般人であるにも関わらず“見える”彼女の異端な点と、退治人である君が接する中で、悪にまみれたこの世界がどう変化するかを見てみたいのだと」
「だからそれはどういうことなんだよ?あんた、俺と千駄ヶ谷さんが最初にあの場所で出会ってから、高校でもまた再開したことについてやけに感動していたけど」
千鶴が襲われた場所でたまたま憂里と出会い、それから行動を共にするようになったことについて、甲斐は「世の中というのは面白い」と述べていた。それはやけに抽象的で、なにを意味するのか。
「あんたが“奇跡”とまで言ったのは、理由があるんじゃないのか?」
憂里の問いに、甲斐は笑った。
「そう。そうだよ。偶然とは素晴らしいものだ」
そして、教えてあげよう、と彼は話し始める。
「今まででも言ったように、私は、君が彼女を助けた所を見ていた。自分が嗾けた人間が暴走する所を感じ取ってね。ただその時は、君たちの存在は私の中で単なる被害者と退治人でしかなかった。その件はそこで終わったんだ。しかし、それからしばらく経ったある日だ。その時わたしは例の腹を刺された事件のために病院で療養中だった。だが、夜になって何かとてつもない大きな気配を感じた。そう、まるで空気が揺れるような。おそらく病院からそう遠くない距離だった。だから誰にも勘付かれないように抜け出し、その場所へ行ってみた。しかし私が来たのは少し遅かったらしい。事態は収束に向かっていた。私が見たのは、君たちの後ろ姿だった。足を引き摺って歩く彼女と、それに寄り添う君。私はそこで気付いた。あの時の二人だ、と」
憂里は甲斐が見ていたという状況を頭の中で思い出す。
「ただ、その日私はまだ傷が癒えていないのに病院を抜け出したりして無茶し過ぎたらしい。まあ二つの意味で自業自得なんだけれど。だからその日から数日間は動けなかった。おとなしく病院にいたさ。そしてそれからしばらくして退院し、自宅で療養できるようになってから再度調べた。あの夜、あそこにいたのは誰だったか。何が起きたのか。やはりあの場にいたのは君たちだった。私は驚き、同時に興奮もした。最初の事件―――彼女が襲われ、君が助けたあの事件。あれは偶然起きた出来事だったのに、まさか再び二人が出会っていたとは。しかも、蟲型に襲われたあの夜には、二人は十分に親しい印象を受けた。ということは、もっと前に出会っていたのだと私は考え、そして色々な手段で調べた。すると、君たちが同じ学校で、同じクラスだというじゃないか。“影”を通じて二人が出会い、関係が続いていくということに私はほとんど感動すら覚えた。―――私が言った“奇跡”とはそういうことだよ、黒羽君。偶然に偶然が重なった奇跡、だ」
憂里は驚きの表情を浮かべた。
それは、甲斐が言う「奇跡」の理由が判明したからではなく、もっと別のことについてだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。あんた、蟲型って言ったな?あんたが病院で気配を感じて見に行ったっていうのは、千駄ヶ谷さんが蟲型に襲われていた所……?ということは…」
後半はほとんど自分自身に問いかけるようにして呟く憂里。
それを見ていた甲斐は、憂里の疑問に気付いた。
「そうだよ?…ああなるほど。君は、私が全ての事件の犯人だと思っていたのか」
甲斐はそう言いつつ憂里を見た。
その目は、この矛盾した状況を面白がっているようでもあった。
彼はゆっくりと、そしてはっきりと聞こえる声で言った。
「それは違う。蟲型を操っていたのは私じゃない」




