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Black Rumor  作者: 東
71/77

姿


足元に倒れている香坂を見下ろしながら、千鶴は小さな声で言った。


「私が話している時…“影”はどんどん小さくなっていった。最後の方はもうほとんど見えなくなってた」


憂里は黙って聞いている。


「香坂さんには明らかに迷いがあったと思う。遺書まで書いたけど、未練もあった」


香坂が最後に呟いた名前。おそらく、別れを告げられた妻と娘だろうと千鶴は思った。

だから、と話を続ける。


「説得、なんていうと偉そうだけど…もし私の話に何かを感じてくれるなら、“影”を消すこともできると思った。彼から“影”が無くなるかもしれない、って」


千鶴の読み通り、香坂の「死にたい」という負の感情は徐々に薄れていった。

完全に消し去ることはできなくても、確実にそれは減少していったのだ。

しかし、千鶴にはその様子が見えても、憂里には“影”が見えていなかった。まだ外は暗くなっていないから。

それでも、千鶴の言うことを信じて憂里は刃を振るった。わずかに残った“影”を完全に消滅させるために。



「香坂さんの記憶の底に残っていればいいんだけど」


千鶴はぼそりと呟いた。

退治人の刃で刺された者は、その少し前の記憶が曖昧になる。よって、千鶴とのやりとりも香坂は忘れてしまうのだ。

やや落ち込んだように見える千鶴を励ますように、それでも、と憂里は言った。


「きっと覚えてるよ。話の内容は忘れてしまっても、千駄ヶ谷さんと話したことで湧き出た感情は消えることはないと思う。大丈夫」


その言葉に千鶴は僅かに微笑み、うん、と頷いた。

憂里はそれに満足すると、さて、とわざと明るい声を出した。

香坂の傍らにしゃがみ込み、その顔を覗き込む。


「さて、この人をどうしようか。また捜査は振り出しにーーー」




その時、無線から声が聞こえた。


『憂里君、憂里君聞こえますか?カメラの映像が解析できました。今すぐーーー…そっちにーーー』


憂里の耳には、焦ったような真崎の声は途切れ途切れにしか入ってこなかった。


「……?」


突如として現れた嫌な感覚に、意識を持っていかれていたからだ。

薄暗い路地の角。

そこから感じた、ただならぬ気配。


憂里は足元で意識を失い倒れている香坂から視線を上げた。

そしてゆっくりと立ち上がる。

憂里の目線の先。

トンネルの向こう側。


コツコツと靴を鳴らして歩いてくる人物がいた。



「黒羽君?どうし」


千鶴はおもむろに立ち上がった憂里を不審に思い、そしてその視線の先から、数メートル先に立つ人物に気がついた。


コツ、コツ、コツ。


トンネル内に反響する音

それは徐々に近づいて来る。


やがてトンネルから姿を現したのは、全身黒い色の服を纏った一人の男だった。



「……まさか」

憂里の呟く声。


その時、雲の間から僅かに洩れる光が男を照らした。

彼を一目見た瞬間、千鶴は無言で目を見開いた。




アスファルトに立っていた千鶴は、その地面へと膝をついていた。

ガクン、と身体が落ちる。


「千駄ヶ谷さんっ!?」


千鶴はうずくまるようにして背を丸め、右手を地面につきながら、左手で口元を覆った。


「ぐぅ…っ、ゔ、えっ」

「千駄ヶ谷さん!大丈夫!?」


憂里はすぐさま千鶴の傍らにしゃがみ込んだ。そしてその細い背中に手をあてる。


「う…ぇ、っ」


当の千鶴は尚も苦しそうにえずいていた。その細い髪の毛がバラバラと頬を滑り落ち、顔全体を隠す。


「な……に…」


千鶴は肩で息をしながら苦しそうに顔を歪め、それでもゆっくりと視線を上げた。


急激に襲ってきた吐き気。

今までこんなことはなかった。

ーーーただ、それがあまりにも酷かったから。



額にかかる前髪から僅かに覗く男の姿。それを見る千鶴の瞳に映るのは、真っ黒い闇。

全身を、”影”で覆われた男。

今までで見たどんな人物よりも、この男はドス黒い”影”を纏っていた。



「ーーーなんで、」



千鶴は小さな声で呟いた。

それは目の前の黒い姿へと向けられた。

突然現れたその人物。

それはある事件の後、忽然と姿を消した、あの男だった。


「甲斐さん…」


絞り出した声が、細く震えた。




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