気付く
カツカツ、雨が窓を叩く。
降り出した雨はどんどんと勢いを増していて、周囲には雨粒が窓に当たる音しか聞こえない。
まるでたった一人取り残されたような、孤独感。
あれから、真っ直ぐ家に帰った。
途中、予報通り雨が降ってきて、千鶴はやっぱり素直に傘を持って来るんだったと後悔しながら家に着いた。
遅かったねと言う母親に生返事をしつつ、夕食もそこそこに風呂に入り、布団にもぐりこんだ。
(何だったんだろ……あの子、一体何者……)
千鶴は瞼を閉じ、先程の情景を思い浮かべた。
黒い少年、ナイフ、銀色の刃、流れない血、
ーーー殺人鬼。
(……寝よう)
思考を無理矢理シャットアウトして、千鶴は再び瞼を閉じた。
***
1週間後、朝の教室。
相変わらず喧騒に包まれたこの教室の中央左、前から三番目の席に座った千鶴は、もう癖になりつつある溜息をついた。
朝から気分はどんよりとしている。かといって晴れ晴れしている日など稀だが、それでも今日は一段と気分がのらない。
原因は、一つ。
あの出来事のせいだ。
その日は結局、熟睡できなかった。いや、あの状況にあってそれでもぐっすりと睡眠をとれる人は中々居ないだろう。それは真性の馬鹿か、あるいは感覚が麻痺しているのか。
「はぁ……」
続けざまに陰鬱な表情で溜息をつく千鶴を、側にいた女子生徒がちらりと見たが、何も言われなかった。
時刻は8時20分。
1時間目は確か数学だ。千鶴はロッカールームに教科書を取りに席を立った。
一番後ろの席を左に曲がる。と、その時、足元に何かが当たった。
「?」
見るとそれは消しゴムで、ちょうどその席から落ちて来たものだった。
屈んで、消しゴムを拾う。
「あの、落としたよ」
その席に座る男子生徒に、消しゴムを差し出した。
「……ありが、ーーー‼」
千鶴に気づいて消しゴムを受け取ろうとした男子生徒は、弾かれたように勢い良く立ち上がった。
椅子が派手に音をたてる。
千鶴はその音に少なからず驚いて、男子生徒の顔を見た。
「……?」
何だか、違和感を感じた。
黒髪に色白。中性的な顔立ちで、怪我でもしたのか、頬には絆創膏が貼られている。
なんだろう。なんだろう、この感じ。
まだ名前すら曖昧なこの男子生徒に、千鶴は奇妙な感覚を覚えた。
「あの、その頬の傷ってーーー、っ!」
千鶴は頬を指差そうと腕を上げて、机に勢い良く指先をぶつけた。
「痛……」
「あの……大丈夫?」
顔をしかめて指を押さえる千鶴に、男子生徒が気の毒そうに声をかけた。
「あ、ごめんなさい、だいじょうーーー」
"ーーー大丈夫?"
千鶴は息を飲んだ。
そうか。そうだ。
千鶴はようやくこの奇妙な感覚の正体を思い出した。そして訝しげに千鶴を見つめる男子生徒の、目を見て言った。
「あの、君は、この間のーーー」
"殺人鬼"。