満身創痍
すぐ更新すると言いつつ三日経ってしまった…。
「あれ。真崎さんは?」
翌々日、学校が終わって楓の事務所を訪れた憂里はソファに座る楓を見つけると開口一番そう言った。
「憂里か。あいつ今ちょっと忙しいからお前絶対声かけんなよ」
楓は手にした携帯をなにやら熱心に操作しながら、憂里の方を見ずに告げる。
「忙しい?ふぅん…」
奥にある真崎の部屋の閉じられた扉を見て、憂里は首を傾げた。
いつもは憂里が来ると進んでお茶を出しに来てくれる真崎だが、今日は姿さえ見せない。時折奥の部屋で物音がするため、楓の言うとおり何かの作業に没頭しているようだ。
部屋の中に沈黙が流れる。時計の針が進む音と、遠くで微かに真崎がパソコンのキーボードをを叩く音が響いている。
そしてしばらくした後、その音は唐突に止んで、代わりに閉じていた扉がガラリと開いた。
「楓さん…」
「おお、真崎。どうだ」
「終わりました。…終わりました」
「そうか!よくやった真崎!偉いぞ!」
興奮ぎみにソファから勢い良く立ち上がった楓をちらりと見てから、憂里は今しがた部屋から出てきた真崎に挨拶しようと視線を向ける。
「ま…真崎さん?」
「?ああ、憂里君。来てたんですね、飲み物も出さなくてすいません」
「いやいやそんなことより…すごいことになってるよ…?」
憂里は本気で驚いた様子で真崎を見遣る。
真崎の目の下には黒々と隈ができており、心なしか頬も痩けているように見えた。
いつも爽やかな笑顔を浮かべる好青年の面影はどこにも見当たらない。
「え?ああ…ちょっと寝不足で…」
それでもうっすらと微笑みながら真崎は言った。
「何の仕事か知らないけど、終わったんなら寝た方がいいと思う…」
「そうだな、そうしろ。いやほんと助かった、寝ろ寝ろ」
楓もそう言って真崎に近寄る。
すると真崎は手にしていた分厚い書類を楓に渡した。
「これ…あとで説明しますんで…」
「わかったわかった。よし寝ろ」
「すいません…ちょっと仮眠を」
フラフラと出てきた部屋に戻った真崎は、扉も閉めずにベッドへ倒れこんだ。
「…楓さん。何させたの」
「監視カメラの映像をちょっと」
「すごい量だね…」
真崎が置いて行った書類の束を見ながら、憂里はしみじみと呟いた。
「とりあえずこれは後で真崎に説明してもらうから置いておく。して憂里、千鶴を呼べ」
「へ?千駄ヶ谷さん?」
「調査報告だ。恐らく、何かわかったはずだから」
楓はそう言いながら書類へと視線を向けた。その一番上には、一昨日楓が赤いペンで丸をつけた地図が乗っていた。
「これであの男の正体がわかるかもしれない」
ぼそりと呟いた。
それから千鶴に電話をし終わった憂里は、真崎の部屋の扉を閉めようと歩み寄った。ちらりと部屋の中を覗き込んだ憂里は思わず苦笑する。
「楓さん」
小声で呼ぶと、近寄ってきた楓に部屋の中を指差す。
「ああ…無理させたなぁ」
憂里の指差す先を見て、そう申し訳なさそうに呟いた楓は足音をたてないように部屋に入ると、そこには床に座り込んだまま、ベッド代わりのソファに上半身を突っ伏して眠る真崎がいた。
楓は真崎の体を重そうに持ち上げ寝かせると、静かに毛布をかけた。
パタン、と扉を閉めると、
「さて。あとは千鶴を待つか」
そう言ってお茶の準備を始めた。
***
「こんにちは」
カラン、と入口の扉を開けて現れたのは、制服姿の千鶴だった。
「おお千鶴、帰宅途中に悪いな」
「いえ、ちょうど駅前にいましたので」
電話で憂里に呼ばれた千鶴は、楓の事務所へと出向いていた。
部屋に入ってきた千鶴は遠慮がちに辺りを見回し、
「あれ…乃木さんは?」
と不思議そうに言った。
「ぶふっ」
「お前ら揃いに揃って…」
「へ?」
きょとんとする千鶴に楓は苦笑いを返すと、珍しく自身で淹れたお茶を勧めた。千鶴はお礼を言ってソファへと座る。
「真崎は今満身創痍で寝てる。あいつのことだからもうすぐ起きてくる気はするけどな。っていうか、真崎がいないのはそんなに不自然か」
「だって俺らが行くと大体まず、真崎さんが歓迎してくれるじゃん。お客が来ても何もしない誰かさんとは違って」
「お前なぁ…」
「確かに、ここに入って乃木さんがいないのは変な感じがします」
「そうかぁ?今までだっていない時あったぞ」
「なんでですかね」
千鶴は出されたお茶を啜りながら、内心、真崎の存在はこの事務所にとって必要不可欠なのだろう、と思った。そこに居て当たり前という印象が強いのは確かだ。
「で、満身創痍っていうのは…?」
「ああ、ちょっと調べてもらってたことがあってな。千鶴を呼んだのも、もしかしたらその結果がわかったかもしれないからだ」
「なるほど」
「ちょっと調べてもらってたって…あれは“ちょっと”って量じゃないでしょ」
「うーるせーなもう!しょうがなかったの!そこは!」
そんなやりとりをする三人だが、寝ている真崎を起こさないためにあくまで小声である。
「…あの、ということはそれは重要な話なんでしょうか」
千鶴は背筋を伸ばしてそう尋ねた。
「ああ。憂里を攫った奴と、今まで起こった“影”による事件の犯人像がつかめるかもしれん」
「え…」
「とは言ってもまだ詳しいことは不明だけどな。何せ調べた当の真崎が寝てるから」
楓はそれだけ答えて、ソファへと寄りかかった。
***
それから30分後、奥の部屋の扉が開いたと思うと、先ほどよりは幾分顔色も良くなった真崎が出てきた。
「こんにちは、乃木さん」
「うわぁ、千鶴ちゃん…すいません、こんな状態で…」
寝起きの姿を恥ずかしそうに詫びる真崎だが、千鶴はちっとも気にせず首を振った。
「いいえ。お話は聞きました…お疲れ様です」
「なんだこの罪悪感。っていうかお前、まだ一時間も経ってないけど大丈夫なのか」
「ええ。もう充分休みました。もともと睡眠時間短いんですよ、僕」
若干皺のついた服を手で直しながら、真崎は笑顔で応えた。
まあお茶でも飲め、と楓が湯のみに注ぐ。
「楓さんが淹れたんですか。珍しい。ありがとうございます」
「珍しいは余計だ」
軽口を叩きながらも美味しそうにお茶を飲む真崎。
一息ついて湯のみを机の上に置くと、気合を入れるように両手で太ももを叩いた。
「さて!お待たせしてすみません…始めましょう」
真崎、寝起きの回でした。最近は彼の活躍の場ですね。
読んでくださりありがとうございました!




