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Black Rumor  作者: 東
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"殺人鬼"


黒いパーカー、黒いズボン。黒い手袋。

突然「降ってきた」謎の人物は、フードを目深にかぶった、全身黒色という出で立ちだった。



千鶴は突然人が「降ってきた」方に目を向けた。

二階建ての、廃屋の階段。

どうやらその人物はそこから飛び降りて来たようだった。


(怪我しなかったの……?)



怪我どころか、千鶴には着地した音すら聞こえなかった。


その時不意に、吹っ飛ばされて地面に寝そべっていた男がゆっくりと立ち上がった。

服はあちこち擦り切れ、砂埃がついている。ぶつかったゴミ箱は横倒しになり、中のものが散らばっていた。


「てめえ……なにしやがる……」


男はそう言うと、よろめきながら近くにあった鉄の棒を手に取った。

ガラン、と地面と擦れる嫌な音がした。


「……」


千鶴を庇うように数歩前に立っている黒パーカーは、何も言わずに黙って男を見据えている。その後ろ姿は、決して大柄ではなく、むしろ細身と言える体格で、千鶴は僅かに不安になった。



「……なにしやがるって聞いてんだよおおおあああぁぁぁっっ‼‼」



”影”がぶわりと広がった。

鉄パイプを手にした男が突進し、パイプを頭部目掛けて思い切り振り下ろす。


「危なっ……」


千鶴はそう叫ぼうとした。

が、黒パーカーはそれをすんでの所で避け、ひらりと身を翻した。


ガキィィン、と鈍い音。


これが頭に命中していたと思うと、冷や汗が滲む。

そんな千鶴の心配をよそに、男の振り下ろす鉄パイプを軽々と避ける謎の人物。

決して軽くない鉄の棒を無駄に振り回し、男は息が切れ始めている。


「ちょこまかと、逃げてんじゃ、ねぇよっっ‼‼」


すると、黒パーカーはその言葉に従って、ピタリと動きを止めた。

男はそんな様子を見てニヤリと薄く笑うと、再び鉄パイプを振り上げ、距離を詰めた。

一方黒パーカーの人物はというと、ただ何もせずに突っ立って、突進して来た男の手元を見つめている。


「危ない……っ」


思わず千鶴がそう叫んだと同時に、男がふたたび鉄パイプを振り下ろした。



「死ねぇぇええっっ‼」



瞬間、黒パーカーの人物は右手を素早くポケットへと滑り込ませた。

迫り来る鉄パイプをギリギリでかわし、その棒が地面を打つ鈍い音が響いたと同時に右手を再び素早くポケットから出し、一歩強く踏み込んだ。

そしてその手を男の無防備な腹へと突き出した。



「あ…………?」



ガラン、と音がして、男の手から鉄パイプが滑り落ちる。


「え……?」


千鶴は思わずそう呟いた。

男の腹には、あるものが突き刺さっていた。



「ナイ……フ……?」



男はゆっくりと自分の腹へと目を遣ると、驚いた顔をしてそう言った。

そしてそれから、ガクッと地面に両膝をついた。

それと同時に、黒パーカーはそのナイフと思しきものを、何の躊躇いもなく引き抜いた。



「あ……ああ……、か……はっ」



男は呻くと、前のめりに倒れ伏した。




男を見下ろすようにして立つ黒パーカーの手には、つい先程男の腹から引き抜かれた鋭い銀色のナイフが握られている。



「何で……?」



千鶴は知らないうちにそう呟いていた。


銀色の、刃。

そう。引き抜かれた刃の色は銀色だった。



「血が付いてない……」



刃には血が付着していなかった。

腹に突き刺したというのに。

一点の曇りもなく、刃は銀色に輝いている。

よく見ると、地面に倒れている男の身体も、どこからも血など出ていない。

あれだけ深く鋭い刃を突き刺し、あれだけ躊躇わずに刃を引き抜いたというのに。

そういえば。

”影”が見当たらない。



「あなた…もしかして……」



千鶴がそう呟くと、フードを深くかぶった謎の人物は、ゆっくりと振り返った。



フードの隙間から見えるその口元は、満面の笑みで覆われていた。




「"殺さない殺人鬼"……」




黒パーカーの人物は、呆然とする千鶴に向かってニッコリと微笑んだ。



***



「大丈夫?」



その声を聞いて、千鶴は少なからず驚いた。

少年の声だったのだ。

それも自分とさして変わらないであろう、若い声だ。


座り込む千鶴に差し出された手。

黒い手袋から覗く手首は、白くて細い。


「あ、ありがとう……」


手袋越しのその手を掴むと、思ったよりゴツゴツしていた。

千鶴はそっと少年の顔を見遣る。

フードに隠れて、表情は見えない。


(あ……)


フードの隙間から僅かに見える頬に、うっすらと血が滲んでいるのがわかった。


「あの、血……」

「……え?ああ、掠ったかな」


千鶴が指差すと、少年はそう言って手の甲でその頬の血を拭った。


「助けてくれて、ありがとう」

「いいえ」

「あなたって、あの……」

「?」

「"殺人鬼"、なの?」


千鶴の直球な問いに、少年は肩を震わせて静かに笑った。細い肩と、頭にかぶった黒いフードがそれに合わせて小刻みに揺れる。


「……ストレートだね」

「あ、ごめんなさい気になったから」


少年はまたも笑うと、


「そうだよ。俺が"殺人鬼"」


あっさりとそう言った。


「"殺さない殺人鬼"。誰が名付けたのか知らないけど、結構的を射てる表現だよね」


少年はまた、クスクスと笑った。

千鶴はそれを不思議そうに見て、それから地面に倒れ伏して起きない男を見遣った。

そんな千鶴の内心を悟ってか、少年は言った。


「大丈夫、気絶してるだけ」

「……あの、一体何を」


この少年は、確かにあの男を刺した。

鋭いナイフで。

しかし、あのナイフには……



少年は質問には答えずに、


「気を付けてお帰り。それじゃあ」


立ち尽くす千鶴に背を向けて大通りへと続く道を走って行った。

裏路地に一人残された千鶴は、走り去る少年の、パーカーのフードから覗く風に揺れた黒い髪が視界から消えるまで、いつまでも見つめていた。



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