少女の電話
お久しぶりです。
憂里は必死で考えを巡せる。
なぜ男の口から千鶴の名前が出てきたのか。
その理由を考えると、千鶴が普通の人々とは異なる人物であるということがまず一番に思い浮かぶ。
その目に”影”を映す少女。
今憂里の目の前に立つ見えない敵は、千鶴が”影”が見えることを知っているのか。
すると男は独り言を呟くようにそう言った。
「千駄ヶ谷千鶴。彼女、珍しいね」
その言葉に、憂里は後ろ手に回されたままの拳を強く握った。
ーーやはりそうか。
この男、麻木に千駄ヶ谷さんことを監視する仕事を与えたと言っていた。ということはこの男はあらかじめ調べたていたのか。彼女のことを。
小さく息を吸い込む。
「千駄ヶ谷さんは確かに俺の友達だけど、それが?」
「しらばっくれても無駄だよ。彼女、”見える”んだろう?」
「…」
「沈黙は肯定の証、だ」
憂里のことを連れ去った時点で、この男は”影”のことや退治人のことを知っているのだろう。
そうすると白を切るのはもはや無駄である。
憂里は何事もなかったかのように開き直った。
「…どうして千駄ヶ谷さんを?」
麻木に続いて、この男。
敵の狙いはまたしても千鶴だ。
「千駄ヶ谷さんを調べてどうする気?」
麻木を使ってまで千鶴のことを調べさせるということは、余程の理由があるのだろう。だからこうして憂里に直接接触して来た。
この男が何を企んでいるかはわからないか、きっと何か大きな策略があるはずだ。
すると憂里の問いに、男は答えた。
「どうする?どうする気もないさ」
「は?」
それは、憂里にとってまったく想定外の答えだった。
驚きを隠せずに、憂里は尋ねる。
「じゃあなんのために…?」
「そんなこと」
男はコツコツと足音を鳴らして室内を歩き回った。無論、憂里にその姿は見えていないが、足音が円を描くように離れ近づき、そしてピタリと再び憂里の前で止まった。
「興味があるから知りたい、それだけだ」
本当にそれだけ、と男は手を振った。
「それだけ…?それだけで、麻木を使って俺達…、千駄ヶ谷さんを危険な目に合わせるのか」
「さっきも言ったが、あれは麻木が勝手に暴走した。私は確かにあいつに監視の指示を与えたが、それ以上は」
「…そん」
そんなこと、と言おうとした憂里。だが反論しようと口を開いたところを、突然遮断された。
憂里の言葉を遮ったのは、適当に放置された携帯電話の鳴る音だった。
「おや」
男は音に気付いてスタスタと歩いてそれを取ると、画面を見た。そしてそれを憂里に向ける。勿論彼にそれは見えていないが。
「噂をすれば、だ」
男が開いた画面は、千鶴からの通話を示していた。
「電話だよ。可愛い彼女から」
男はそう言ってから、憂里に近付き告げた。
「何もないことを装え。君にはまだ聞かなければいけないことがあるから。…ヘタなことはしない方が賢明だ」
そうして通話ボタンを押し、憂里の耳元へ近付ける。
『あっ、黒羽君?やっと繋がった…メールもしたんだけど、気付かないかと思って』
電話口から聞こえる千鶴の声に、憂里はゆっくりと息を吸い込むと、平静を装って答えた。
「…ごめん、鞄の中に入れてて。…どうかしたの?」
『さっき鷹条さんから電話がかかってきて、黒羽君の居場所知らないかって。今どこにいるの?」
「今…今ちょっと、手が離せない状態で…あとで掛け直しておくよ」
『そう?無事ならいいんだけど」
「うん、大丈夫。それじゃあ、また」
自分でもぎこちなさが目立っていると分かっていたが、早々に通話を終わらせようと憂里はそう言った。
『あっ、ちょっと待って』
「…?」
『さっき、中津川さんに会ったの。街で、偶然』
「ーーえ」
『今日は非番らしくて、それでーー」
プツッ。
「⁉︎」
その電話は、唐突に切れた。
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