暗闇を走る
回想終わり。話があっちこっちですいません。
千鶴の今までの説明を聞いて、憂里は走りながら呟いた。
「呼び出された時はわからなかったんだ。昼間だったから。でもさっき、俺が教室に戻った時、見えた。だから咄嗟にナイフ抜いたんだけど」
そう、憂里達には昼間"影"を目に映すことは出来ない。しかし今、窓から見える空は濃紺で、遠くに僅かに引きずるような夕焼けが見えた。
つまり、夜になったのだ。
そして先程の教室で麻木は突然ナイフを取り出したのだが、それに反応出来ていたのは憂里にも"影"が見えていたからだ。
「それにしてもどうして麻木先生が」
憂里は難しい顔をして独り言のように呟いた。
千鶴がそれに反応して、
「…それは後で鷹条さんが説明してくれるよ」
前を向きながらそう答えた。
***
廊下を右に曲がる。
すぐそこの階段を一段飛ばしで駆け降りて、踊り場から後ろを振り返る。
まだ姿は見えないが、すぐそこまで後に続いて急いで階段を降りる足音が聞こえた。
薄暗い校舎の中、追われる憂里、千鶴。
「千駄ヶ谷さん、こっち」
憂里は千鶴を先に行かせ、後ろを走った。正面に、昇降口が見えた。
「そのまま、外に出る!」
憂里がそう言うと千鶴は小さく頷いて、たどり着いた昇降口の重い扉に手をかけた。そして思い切り横に押しやる。
が、
「…開かない」
「え?」
その扉は開かなかった。
鍵がかけられているわけではないようだ。しかし、何度かやってみたが、変わらなかった。
何か錆び付いたような重い感触に、千鶴は眉を寄せる。
「どうしよう」
「なんで…」
憂里も千鶴に駆け寄って、同じように扉に手をかけたが、どうやっても鉄の扉は開かない。
憂里は小さく舌打ちをした。
その時。
背後で足音が聞こえ、だんだんとゆっくりになって、やがて止まった。
荒い息が、聞こえる。
「逃げるなよ…黒羽。千駄ヶ谷」
ゆらりと姿を現した、黒い"影"を纏った麻木。
いつもの笑顔は消え、どんよりと曇った表情に違和感しか感じない。
三人の息遣いだけが、校舎の中に響いていた。
憂里は走りながらポケットにしまっていた銀色のナイフを再び取り出し、パチンと音をたてて刃を広げた。
そしてそれをゆっくりと肩の高さまで持ち上げると、数歩離れて向かいに立つ麻木に真っ直ぐ向けた。
「危ないなぁ、黒羽。それをどけてくれよ」
ぎこちなく微笑んだ麻木だが、その瞳はまったく笑っていない。冷たい光を放つそれは、異様なものに見えた。
「あぁ、そこからは出られないよ。出口は塞いだ」
「え…」
千鶴と憂里はその言葉に驚愕した。
しかし、どうやって、とは尋ねない。
わからないことだらけの今、それを聞いても何もならないことは理解していた。
「なあ聞いてくれ。お前ら二人は…そう、邪魔なんだ」
「……」
「千駄ヶ谷さん、下がって」
麻木の背後には、"影"が纏わり付いている。時折それは、ぶわりと不気味な黒い翼を広げる。
憂里は千鶴の身体を後ろに押しやり、麻木を正面から睨め付けた。
理由はわからないが、麻木は憂里と千鶴が普段一緒にいることを疎ましく思っていたのだ。
そして今まさに、二人と麻木しかいないこの状況で、ナイフを持っている麻木がどう襲ってくるかわからない。
憂里もナイフを持っているが、丸腰の千鶴を庇いながら戦わなくてはならない。どちらが不利かは明らかだった。
ーー考えろ。
扉は開かない。出口は閉まっている。
何か良い案はないものか。
靴音を響かせて、麻木が一歩近づいたその時。
憂里は突然、あることを思いついた。
「…千駄ヶ谷さん」
「え?」
「出口じゃないところに逃げればいいんだ」
「は…」
そう言うやいなや、今度は憂里が千鶴の手を取って再び走り出した。
「く、黒羽君…?」
突然のことに驚いた表情の千鶴。
背後では、麻木が暗く笑いながら、
「まだ鬼ごっこを続けるつもりか?」
そう言いながら余裕な表情で歩みを進めた。
走りながら憂里は呟く。
「あそこなら…大丈夫」
暗闇を疾走する少年と少女、それを追う黒い"影"。
***
「黒羽君…っ?どこへ」
「外に行く扉は、っ何らかの理由で開かない…っ」
「それは…でも…っ麻木先生は、っ私達をどうするつもりなのかな…っ」
「俺たちが…一緒にいることを阻止したい…ってことはつまり、…身の危険」
「は…」
二人は再び走っていた。
階段を駆け下りて来たのに、また更に駆け上るという苦行とも呼べる行為。憂里が前を、そのすぐ後ろを千鶴が走っていた。
麻木は突然走り出した二人を見て余裕の笑みを浮かべていたが、その後を追ってゆっくりと歩みを進めていた。逃げられる場所など無い、というように。
それでも憂里は千鶴を伴って走る。
校舎内は相変わらず人の気配は無く、だからと言って今誰かに遭遇してもこの事態の対処のしようがないために、ある意味では幸運だった。
一気に階段を駆け上って、三階にたどり着いた。後ろを振り返るが、先ほどと同じように後に続く足音が聞こえる。誰もいない校舎内、麻木が憂里達を見失うはずもない。
憂里は小さく舌打ちをして、まだ姿の見えていない”敵”に向かって悪態をつく。
「くそ…」
そして再びくるりと踵を返し、
「こっちだ…っ!」
後ろの千鶴にそう言った。
千鶴は額から一筋汗を流しながらも、しっかりと憂里について来ている。長い階段の往復でやや息が上がってはいるが、その表情からして憂里には千鶴がまだ走れることはわかっていた。
「もうすぐそこ!」
憂里が叫んだ声は、一階分真下にいる麻木にも聞こえた。
憂里がわざと聞こえるように叫んだのだ。
「出口はもう無いのに…」
ぼそりと呟いた麻木は不気味に笑うが、そこでふと、あることを思い出した。
「…っ!」
そして突然、階段を上のぼる速度を一気に上げて憂里達を追いかけ始めた。その顔には汗が滲んでおり、表情は心なしか焦っているようにも見える。
一方で憂里と千鶴は、ようやく目的の場所にたどり着いていた。
麻木の足音を聞きながら、二人は息を整える。
その足音がすぐそばまで追いついてきた瞬間、憂里は右足を振り上げて目の前にある「扉」を勢い良く押し開けた。
それと同時に追いついた麻木が、憂里の千鶴を見て苦々しく舌打ちをした。
振り向いた憂里の、不適な笑顔。
強い「風」が、憂里の前髪を揺らし、千鶴のスカートをはためかせた。
濃紺の空。所々に星が瞬いており、やはり周囲からは物音一つしなかった。聞こえるのは唯一、時折吹く風の音だけ。
憂里と千鶴は、中央まで歩いて行った。そして振り返る。
憂里が千鶴の前に出て、ちょうど「扉」から出てきた麻木と正面から対峙する。
「先生…ここのこと、忘れてました?」
そう言って珍しくニッコリと微笑む憂里。
麻木は黙ったまま憂里を睨めつける。
走りに走った末、憂里と千鶴がたどり着いたのは三階と四階の間、鉄の重い扉の向こう、夜の風が吹く外階段だった。
細かい設定は、まあ、また…ね。←
読んで下さりありがとうございました!




