敵
今回は割と珍しく急展開…?です。どうぞ!
「先生。遅かったですね」
入口に立って不機嫌そうな声で麻木を呼んだのは、ズボンのポケットに右手を入れた憂里だった。
(黒羽君…!)
千鶴は携帯を握り締めたまま段ボールの陰から僅かに身を乗り出して、その様子を伺った。
「…黒羽」
麻木は憂里の声に驚いて振り向いた。
「長かったですね、お話」
「ああ、すまなかった。お前、どこに行ってたんだ」
「トイレ。反対側まで行かないと無いんですよ、この階」
憂里はドアを振り返って廊下の奥を指差す。
麻木はなるほどと頷くと、軽く頭を下げて遅れたことを詫びた。
「…そうか。遅くなって悪かった」
「いいですけど。で、話って何ですか?」
憂里は扉を閉め、教室の中へと足を進める。同時に壁際のスイッチを押して、明かりを付けた。
麻木もそれを見て、近くにあった椅子を引いた。そして憂里にも椅子を勧める。
千鶴は教室内が明るくなったことで、乗り出していた身体を静かに引いた。再び段ボールの奥へと隠れる。二人が座った状態から千鶴が見えることは恐らく無いが、蛍光灯に照らされた中、油断は出来ない。
憂里と麻木は二人して向き合うように座った。憂里は右手をポケットに入れたまま、麻木を見つめていた。
麻木はおもむろに、小さく息を吐く。
「ああ…話というのはな、」
そこで一旦言葉を切り、すぅっと息を吸い込んだ。ゆっくりと吐き出しながら、言った。
「千駄ヶ谷のことだ」
***
「千駄ヶ谷さん?」
憂里は突然出てきた聞き慣れた名前に、ハテと首を傾げた。
(え、私…?)
物陰に隠れたまま様子を伺う千鶴も、突然自分の名前を出されたことに驚き、訝しんだ。
「…ああ。黒羽、お前千駄ヶ谷とはどういう関係なんだ?」
麻木はごく真面目な顔で、憂里にそう尋ねた。
「は?どうって…友達、ですけど」
憂里は首を傾げたまま、当然と言ったようにそう返した。後ろで聞いている千鶴も、誰も見ていないにも関わらずうんうんと一人頷く。
一方の麻木は、固いとも言える表情のまま続ける。
「そう…そうか。中学は違うんだよな?」
「…違いますけど…先生、何ですかいきなり?」
麻木の意味不明な質問に憂里は眉間に皺を寄せて訝しみ、麻木を覗き込むようにしてその顔を見た。
「…先生?大丈夫ですか?」
青白くも見える麻木の顔。それは蛍光灯の色のせいだけではない。
「ああ…大丈夫だ。千駄ヶ谷とはいつ知り合ったんだ?」
「あの…どうしてそんなことを?」
麻木の意図の見えない質問は、ますます憂里を困惑させた。後ろにいる千鶴も例外では無い。
(私と黒羽君のことを知りたがってる…ってことはやっぱり)
千鶴は黙ってそっと腰を上げると、慎重に麻木の全身が見える角度へと移動した。そして内心で独りごちる。
(まだ…このタイミングじゃない…)
携帯はスカートのポケットへと突っ込み、千鶴は右膝を立てた状態でしゃがみ込んだ。
「先生?あの」
「高校に入ってからだよな?二人が出会ったのは」
俯き加減に小さな声でそう口走る麻木。それは憂里へ尋ねるというよりも、むしろ独り言のようだった。
「先生」
憂里は麻木を真っ直ぐ見据えながら、そう呼びかけた。
「なんだ?」
「どうしてそんなことを知りたいんです?そのために俺を呼び出したんですか?」
「あの人は気にしている」
「え?」
憂里の問いかけに、麻木はぽそりと言った。やはりそれは独り言のように、教室内に静かに響く。
「お前と千駄ヶ谷…二人がどうして一緒にいるようになったのか…」
「先生?何を」
何かに取り憑かれたように喋り続ける麻木。向かい側に座る憂里は、奇妙なものを見るような目で麻木を見つめた。
(まだ…まだ…)
「はっきり言うと」
「?」
麻木は急に顔を上げて憂里を見ると、静かに、ぽつりと言った。
「お前達が一緒にいることはあの人とって邪魔なんだ」
憂里は目の前の麻木を見つめていた。
麻木がゆっくりと立ち上がり、徐にスラックスのポケットへと手を入れるのを。そして、その手が「あるもの」を掴んでいるのを。
「ーーーっ」
そしてそれと同時に、憂里もまたズボンのポケットへ入れたままの右手を素早く出した。
ガキィン!
と、嫌な音がした。
(今‼)
千鶴は左足で床を蹴ると、段ボールの陰から飛び出した。
「ーーえ?」
先にそう声を発したのは、恐らく憂里だったはずだ。
千鶴は、不気味に黒光りする刃とあの銀色の刃とが交わっている中へと勢いよく飛び込み、右手にナイフを持った麻木の横へ回って、思い切り体当たりをした。
「ーー千駄ヶ谷さん⁉」
「なっーーー」
憂里はあのナイフを強く握ったまま、突然現れた千鶴に向かって驚きのあまりそう叫んでいた。
ええと、千鶴ちゃんが出て行った瞬間、麻木と憂里の二人はそれぞれナイフを手にして突き合わせて(接触させて?)います。ガキン、という音は刃同士がぶつかった音ですね(わかりづらくてすいません)。
読んで下さりありがとうございました。




