呼び出し
時系列的には前回より少し前です。わかりづらいですが…
「ここ、あいつらの……憂里達の学校じゃねぇか」
真崎から渡された紙を見て、楓はそう言った。
その男の職業の欄に書かれていたもの。それは楓を驚愕させるのに充分なものだった。
職業:教師
所属:ーー高等学校
黒い文字で印刷された学校名は、確かに憂里や千鶴、伊万里らが通う高校の名前だった。
「憂里に連絡……」
楓はすぐさま携帯電話を手にすると、憂里の番号に電話をかけた。
無機質な音に続き、コール音が耳に響く。
楓は手にした紙の端を強く握った。
そして苦い顔で呟く。
「出ろよ……」
***
「…なんか音しない?」
放課後。
担任である麻木から呼び出しをくらった憂里を、千鶴、伊万里、小雪の三人は教室でその帰りを待っていた。
伊万里は突っ伏していた机から顔を上げ、キョロキョロと辺りを見回しながらそう言った。
その言葉に千鶴は耳を澄ますと、すぐ側から聞こえる音に気づいた。
「黒羽君の鞄からだ」
それは机の上に放置されており、チャックは閉まっているが確かに中から音がする。そっと鞄に触れると、かすかに振動が伝わって来た。
「携帯……かな?」
「へ?憂里置きっぱなの?もー大丈夫かよー」
伊万里はそう言うと、少しも躊躇わずに憂里の鞄に手をかけた。
「お前、勝手に」
「いいのかな」
それを側で見ていた小雪は伊万里に向かって呆れた顔をし、千鶴は心配そうにそれを見ていた。
二人の視線を受けて、伊万里はジッパーを掴んでいた手を引っ込め、
「やっぱまずいか。まあ、そのうち憂里が戻ってきたら掛け直すでしょ」
そう言って鞄を元に戻した。
それと同時に携帯の音も止み、教室は再び静かになった。
外は日が傾きかけている。
オレンジ色の夕日がいっそう濃くなり、遠くの空は既に紺色で薄暗い。
「待ちくたびれた。まだかよー。てかなんで私達も憂里待つことになってんだよー」
「しょうがないだろー。いいじゃん、俺ここで一人はさすがに寂しいぞ」
「男が寂しいとか言うなよー」
伊万里は椅子の背もたれに体を預け、伸びをする。同時に欠伸を一つ。
小雪は机に寄り掛かり、伊万里を宥めるように苦笑した。
すると、その時。
前の扉が開き、一人の人物が入ってきた。
ガラガラ、という引き戸の音に、パッと顔を上げた三人。
小雪は反射的に言った。
「おっせーよ黒羽……あれ?」
しかし扉を見ると、それは憂里ではなかった。
「ああ、やっぱりまだいた。」
扉を開けた担任ーーー麻木清水は、千鶴ら三人を見てそう声を掛けた。
***
時は少し遡る。
「失礼しまーす」
憂里は職員室の扉を静かに開けた。
既に校舎内にひと気は無く、憂里のいる廊下も閑散としていて物寂しい。
職員室は蛍光灯がついているのは外から見てもわかるが、実際中にいる教師は少ないようだ。部活に顔を出したりしている顧問もいるのだろう。
憂里は一歩入ってから、少し奥の方を覗き込むようにして背伸びをした。
今いる場所から斜め右奥。そこにいる人物の姿を確認して、後ろ手に扉を閉めてから歩を進めた。
「……先生ー。来ました」
熱心に机に向かっていた背中にそう声をかける。
椅子を軋ませて振り向いたのは、担任であると共に日本史の担当である麻木だ。右手にペンを手にしていることから、どうやら次の授業で使う資料にチェックをいれていた所らしい。
「おお、黒羽。待ってたぞ」
麻木は朗らかな笑顔でそう言った。
待ってなくていいよ、と内心呟きつつ、憂里は淡々と言葉を続ける。
「浅井君から呼び出しあったって聞きました」
「あーうんうん。呼んだ呼んだ。ごめんな、ちょっと待ってくれ。これだけ終わらせるから」
手元の資料を指差す麻木。その量は確かに、あと少しで片付くような枚数だった。
「あーはい、待ってます」
「悪いな」
一時間目から、しかもその授業全てを睡眠に充てていた憂里自身に呼び出された原因がある手前、待たないとは言えない。仕方がないので、そのまま突っ立って待つことにした。
時間にして約五分後、麻木は手にしていたペンを置いた。
「ふう。終わった終わった。待たせたな」
「いえ……」
大きく息を吐いて、椅子に寄りかかりながらくるりと回転し、憂里に向き直った。
「さて、黒羽。さっそくだがお前あれか、最近疲れてるのか」
麻木は目の前に立つ憂里を下から覗き込むようにしてそう言った。
当の憂里は両腕を後ろで組み、モゴモゴと答える。
「……いや、えーと、いえ」
「嘘つけー。大体寝てるだろう」
「…ゔ」
麻木は机に置いたペンを再び手に取り、それを手のひらの上でもてあそびながら続ける。
「学生はいくらでも寝れるから気持ちはわかるが……勉強付いていけなくなるぞ」
「はぁ……」
生返事の憂里。
「大丈夫か黒羽。先生は心配だ」
「そんな……大丈夫ですよ。俺、やれば出来る子ですもん」
「浅井みたいなこと言うなよ」
呆れたように小さく息を吐く麻木に、心外だとでもいうように憂里は唇を尖らせた。
「先生。信じてませんよね」
「やれば出来る子ってお前、だったら日頃からやりなさいよ」
「それはわかってますけど……」
出来たら苦労しない、と内心で呟く憂里。
まさか夜な夜な街中を出歩いているとは言えない。学生が深夜徘徊と聞けば教師が黙っているはずがないだろう。
ここ最近、憂里は深夜に街中に繰り出し、一人歩き回っていた。当てもなく歩くのには理由がある。
"影"を見つけるためだ。
夜、"影"は飛躍的に増加する。
それに加え、最近は自分と身近な所で"事件"が増えている。原因はわからないが、楓からも用心するように言われていた。そのため、"影"の見える夜はパトロールというかたちで街中を歩いている。勿論、警邏中の警察官に見つかるようなヘマはしない。
が、それが今学校生活に支障をきたす原因となっていることは、教師である麻木には口が裂けても言えないのである。
「一年の時からちゃんとしておかないとーー」
それにしても最近、本当に事件が多い。しかも危険な目に合うのは自分ではなく、千鶴や伊万里、一般の人々が危険に陥ることの方が多い。
そこまで考えて、憂里は気付いた。
ーーー千駄ヶ谷さんも一般人だ。
今、自分が千鶴のことを一般の人々と区別して考えたことにゾッとした。
"こちら側"にいることが多くなった千鶴。最近、そんな状況に慣れてしまっていたせいか、気づかないうちにそれが当たり前になってきていた。
ーーー危険だ。彼女にとって。
今更だが、巻き込んでしまっている。
実際、危険な目に合っているのは自分より千鶴の方だ。何故だろう、と憂里は考える。事件は増えている。しかも、千鶴の側で。
「なあ、黒羽。忙しいのはわかるぞ?だけどな、勉強は勉強だ」
「……あ、はい」
麻木の言葉が、考え事に耽っていた憂里を現実に引き戻した。
数度瞬きをして、頭を切り換える。
黙って麻木の言うことに耳を貸す。
「寝るなとは言わないが、頑張れ。せめて一時間目くらいは起きてろよ?いや、起きてりゃいいってもんじゃないけど」
「はい頑張ります」
「やる気のない返事だな……」
「えーと、頑張ります。ほんと」
憂里は抑揚のない声でそう言うと、胸の前で両手の拳を固めてガッツポーズをした。
「……うん、まあ、黒羽がそう言ってくれると嬉しいけど」
「はい。えーと、じゃあ、帰ってもいいですか……浅井君、待たせてるんですけど……」
様子を伺うように、恐る恐る小声で尋ねた憂里。
麻木は微笑したままふっと息をつくと、ペンをいじっていた手を止めた。
「悪いんだが、もう一つ話があるんだ」
憂里は予想外の言葉に、思わず間の抜けた声を出した。
「え?」
麻木は申し訳なさそうな顔で、けれど微笑は絶やさない。
「悪いな。ただ、もう一つだけ」
「……なんでしょう」
憂里は疑問に思い、正面から麻木の顔を見据えた。
その口がゆっくりと開いた。
「この話はーー」
「麻木先生、ちょっとよろしいですか」
麻木の言葉は、突然、別の教師からの声に遮られた。
「え、あ、はい!」
憂里は拍子抜けして、声のした方を振り向いた。当の麻木もやや驚いたように振り返る。
「今行きます!……黒羽、すまない。えーとそうだな……第二資料室に行ってくれるか」
「え?」
「話が終わったら行くから」
「えーと、その話は、今日でないと?」
「今日……ああ、そうだな。今日がいい」
いよいよ憂里は訝しんだ。
違う場所に移動してまで今日しなければならない話なのだろうか。
しかし、麻木がそう言う以上、断るわけにはいかない。
憂里自身も、別の日に改めて職員室に出向くというのも面倒だと考えた。
「……わかりました」
そう言って頷いてから、憂里は今しがた麻木を呼んだ教師が腕時計を見ながら待っていることに気付き、職員室を出ようと足早に歩を進めた。
「重ねてすまんな、黒羽。第二資料室だぞ」
後ろから麻木が言う。
憂里は一度振り返って無言で頷き、失礼します、と声をかけて職員室を出た。
第二資料室は三階の一番端にある。
そして今いる職員室は、一階の端だ。
要するに、すぐそこにある階段を登って行けば目的の資料室に着ける。
溜息を一つ吐き出して、憂里は日当たりの悪い階段をゆっくりと登り始めた。
小さな窓から見える校庭を、眩しいほどのオレンジ色の夕日が辺りを照らしている。そこに人影は無い。
「あ」
二階の踊り場まで登ったとき、憂里はあることに気がついた。
「荷物……忘れてた」
教室を出てくるとき、机の上に鞄を置いてきてしまったのだ。そこには財布以外の全てが入っている。
「まあいいか」
麻木の話がいつ終わるかわからないが、痺れを切らして帰っていなければ、教室には浅井がいるはずだ。
荷物よりも、憂里は浅井を待たせていることの方が気にかかっていた。
しかし麻木に呼ばれることになった非は自分にあるし、担任の言うことだから仕方ない。戻ってから謝ろう、と心の中で思っているうちに三階につき、憂里は第二準備室の扉を開けた。
埃っぽい教室内は、カーテンが引かれていて薄暗い。壁にあるスイッチを押して、電気をつけた。
目の前にある適当な席を選んで座り、麻木が来るまでの時間をどう過ごすか悩み、すぐに諦め、机に突っ伏した。
最近のことを考える。
楓の言っていたこと。千鶴のこと、伊万里のこと、そして"事件"のこと。
不可解なことばかりで、頭はついていかない。
そのうちに段々と瞼が重たくなってきて、憂里は目を閉じた。
長くなってしまいましたが読んで下さりありがとうございました。




